水魔法しか使えないので追放されましたが、日本の知識と魔法技術で異世界を支配します
やすたか
外れスキルと罵られ、追放される
――砂が、焼けた地面を這っていた。
空は雲ひとつなく、太陽の暴力的な光が皮膚を焦がす。
「……くそ、出ない……」
レオン・フィリオネスは両手を差し出し、水魔法を試みる。
しかし、乾き切った空気には、水の気配など一滴もなかった。
喉は渇き、唇は割れ、兵たちの目はすでに怒りと苛立ちに満ちていた。
「これが……王都の“貴族様”の実力か。水魔法が使えないなら、ただの荷物だな」
「補給担当がこれじゃ、俺たちが死ぬ!」
周囲の兵士たちが、陰口を隠そうともしない。
「やれやれ……だから言ったんだ、連れてくるべきじゃないって」
その声は柔らかくも、冷たく響く。
風のように静かで、氷のように鋭い。
声の主は――次兄、レイナード・フィリオネス。
王国参謀本部の筆頭戦略士官、そして王族すら一目置く若き天才魔導士。
表向きは温厚で理知的な人格者だが、レオンは知っている。その笑みの裏に潜む本性を。
「やめておけ、レイナード。あまり責めすぎると、可哀想だろう?」
軽く肩をすくめて声をかけてきたのは長兄、アーヴィング・フィリオネス。
王国騎士団の将軍。火属性最強と呼ばれる男であり、民衆人気も高い。
だが、レオンには見えていた。
この二人の“笑顔”が、どれだけ計算され、演出されたものか。
(あいつら……最初から、俺を潰すつもりだったんだ)
砂漠遠征。補給が困難なこの地において、水魔法が唯一の鍵になるはずだった。
それは、レオンにとって最後のチャンスだった。
「なあ、レオン。お前、自分が一族の恥だって自覚あるか?」
アーヴィングが、小声で、だがはっきりとそう囁いた。
「……なんだと……?」
「俺たちはな、フィリオネス家を王国の頂点に立たせるつもりなんだよ。
たかが騎士の血筋? だから何だ。力と実績で王族を食ってやる。
そのために、俺もレイナードも、今までずっと“優等生”を演じてきたんだ」
ぞくり、と背筋に冷たいものが走る。
「だが、お前がいると、一族の“平均値”が下がる。水魔法しか使えない無能がいるってだけで、
“フィリオネスは外れも出す”って思われる。……だから、今日ここで、お前に失敗してもらわなきゃ困るんだよ」
全ては、仕組まれていた。
レオンを遠征に同行させたのも、役に立たないと知りながら、あえて。
「失敗させることで、処分の大義名分を得る」
――それが兄たちの狙いだった。
レイナードもまた、小さく耳打ちしてきた。
「レオン。君の追放は、王家も、貴族たちも納得するだろう。
無能な弟を切り捨てた私たちは、“判断力のある兄”として評価される。
わかるかい? 君は、“必要な失敗”だったんだよ」
______________________________________
王都へ戻って数日後。
王宮の裁定の間には、フィリオネス家の三兄弟が並んでいた。
ただし、その中心には、レオンだけが“罪人”として立たされていた。
「王国南方遠征における補給失敗の責任は、補給役であった三男レオンにあると判断される。水を出すことができるなどと虚偽を申し向け、多くの兵士を危険にさらしたことは、軍紀違反に値する。」
「お言葉ですが、虚偽を述べたのではありません。確かに王都で試したら水が出せるのです。砂漠に行った途端に使えなくなるなどとは思ってもいませんでした」
周囲の失笑が漏れる。
「王都でしか使えない魔法だと? そのような魔法は聞いたことがないし、仮にそうであったとしても、だ。この王都イシュラントは、セリス川の河口を擁する港町ぞ。水などそこら中にあるわ。そこで水を出してどうする?」
王の冷たい声が響く。
「結論は出たようじゃな。アーヴィングとレイナードには弟を追放することになって気の毒じゃがやむを得まい。レオン・フィリオネスは、王都より追放し、孤島への流刑とする。」
裁定が下された瞬間――アーヴィングとレイナードは、わずかに視線を交わし、微笑んだ。
その笑みは、外の者には“兄弟の悲しみ”に映っただろう。
だが、レオンだけが知っていた。
それが、勝者の笑みであることを。
その日の午後、レオンは小舟に乗せられ、海へ流された。
目的地は、地図にも記されていない、名もなき孤島。
陽が傾き始め、レオンは孤島に向かう小舟の甲板に腰を下ろしていた。
「……何なんだよ、俺の人生」
かすれた声が風に流れる。
兄たちの冷たい視線。周囲の嘲笑。自分だけが“外れスキル”だと知った日。
何度も思い出すたび、胸の奥がざらつく。
その時だった。
ふと、頭の奥がズキリと痛み、次の瞬間――
目の前の風景が、切り替わった。
校舎。教室。スマホ。制服姿の自分。
渋谷の交差点、コンビニのおにぎり、黒板、数学の公式。
「……これ、夢……じゃない……」
いや、これは夢じゃない。“記憶”だ。
自分は、かつて日本という国で高校生だった。
名前も、顔も、全て違った。けれど確かに、“もう一つの人生”が存在していた。
「なんで……今、思い出したんだ……?」
あまりに過酷な現実の中で、無意識に逃げようとしたのか。
あるいは、何かが“目覚め”を促したのか。
だが、確かに言えることが一つあった。
あの世界の知識があれば、この世界を生き抜けるかもしれない。
「……そうだ、水が少しでも出せるなら……水車を作れるかもしれない」
「発電は無理でも、動力くらいなら――」
頭の中で歯車が回り始める。
諦めの中にあったレオンの瞳が、微かに光を取り戻した。
今、自分には“日本の知識”という切り札がある。
誰も知らない技術と発想がある。
追放されたなら、それを武器に生き延びてやる。
「いいぜ……やってやろうじゃねぇか、異世界」
そして、無人島にて“最弱”の少年による、異世界革命が始まる。
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