クサリ
落水 彩
第1話
散らかった机をぼんやりと眺めながら、キャスター付きの椅子に膝を抱えて座っている。
カチカチとリズムを刻む置き時計の秒針が1秒1秒を激しく誇張する。
「でさー」
電話の向こうの相手は楽しそうに話す。会話が終わる気配はしない。
聞いてるか聞いてないかわからない返事をしながら、Twitterを開く。つい先ほど食事に誘われたのだが、生憎今日は1日寝巻きのまま。メイクする気も起きず今日はゆっくりしていたかった。なんだか外に出るのも億劫で、やんわりと断った。
「先輩って、私じゃなくて自分のことが好きなんじゃないんですか。」
楽しそうな相手の声を遮ってまで聞いた意地悪な質問。なんと返して欲しかったんだろう。
少しの期待、スクロールする指を止め、返答を待つ。
「その節あると思う。」
笑い混じりに帰ってきた答えはあまりにもあっけらかんとしていて、心の中でため息をつく。
あーあ、この人は自分が好きなんだ。
このことだけがきっかけではないが、もう冷めた。さようなら。
しばらくして振った。別に罪悪感はなかった。めんどくさい。心残りもない。
私はもう恋をしない。
しないと断言しないと、ちょろい私は簡単に絆されてしまうのだ。
しばらくは、必要ない。そう言い聞かせる。
* * *
「ねぇ、今月末2人で東京に行かない?」
振ってから2ヶ月後、突然幼馴染のミオから届いたLINEに驚いた。そうやって遠くに遊びに誘ってくれる友達は少なかったので嬉しかった。予定はあったが、無理にでも空けて行くと約束した。
「ひさしぶり!」
「ひさしぶり」
数年ぶりに会う彼女は変わらず可愛くて、私の大好きなミオのままだった。
たくさん話をしたし、たくさん遊んで、食べて、楽しかった。
しかし一緒に遊んでいて不満がなかったわけではなかった。結構わがままだし、融通も利かなければせこいところもある。でもその不満も本人に直接言える。信頼してるから。
ずっと我慢してた。甘えたいときに甘えられず相手を赦して、受け入れた。
それに疲れたから振ったんだろうけど。
でもミオにならそんな不満はない。あってもお互いに言い合える、そんな関係。
あそこに行こうと手をひいてくれるミオが好き。でも、私の前を歩く彼女が道に迷わないように私は支えていたい。
この子を守りたい。隣にいたい。
ベンチで隣に座り美味しそうにクレープを頬張る彼女をぼんやりと眺める。
「……ねぇ私と付き合ってみない?」
口をついて出た言葉。言葉にして気がつく自分の異常さに膝の上で握る拳に汗が滲む。
同性からの告白。待って、今のは別に本心じゃなくて。
「いいよ」
ミオは最後の一口を詰め込んで答える。
冗談で聞いたつもりはなかった。
でも、返ってきた肯定の言葉に少し驚く。
「男子と付き合うってめんどくさそうだもん」
笑う彼女を横目に見ながら少し俯いて考える。
本当にいいのだろうか。なんだか思いを伝えたのはいいものの、罪悪感のような黒い塊が心を不安にする。
「それに、私も菜々子ちゃん好きだったよ」
そう答える彼女は恥ずかしそうに目を伏せながら答える。
もうしないと決めていた恋。ミオとならしたいと思った恋。
「ほぇ。」
拍子抜けた声。告ったのはだれだっけ。
「私もずっとずっと伝えたくてね、誘ったのだってそう、いつ言おうかドキドキしてて、でも菜々子ちゃんからそう言ってもらえて、私嬉しくって、」
「ミオ……?」
「ずっと一緒にいようね! もう誰にも渡したくないから!」
「う、うん……」
「ずっとだよ」と言って握られた手、この上なく嬉しいのに、なんだか、鎖で繋がれてしまったような苦しさを感じた。
クサリ 落水 彩 @matsuyoi14
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