着ぐるみパンチで制します!
我亦紅
第1話 ラビットパンチ?
今日もこの商店街はにぎわいにあふれている。晩ご飯の材料を買う主婦、仕事帰りにもうひと頑張りと闊歩するサラリーマン、部活帰りに立ち寄る高校生や中学生たち。小さいころからこの光景を見るのが好きだった。
商店街の入り口から少し入った場所にある「喫茶兎月」の店前で俺はぼーっとしている。
「こたろー、今日もアレ着るのよね?」
店の奥から聞こえるのは、この店のマスター代理兼俺の母親の声だ。
「アレ昨日も着たけん今日は別に着らんでいいやん。正直むちゃくちゃ恥ずかしい」
アレとは、この商店街をイメージして作られたウサギの着ぐるみだ。どういうわけかこの商店街で二番目に若い俺が着ることになり、なかなか恥ずかしい思いをさせられている。ちなみに一番若いのは俺の妹になる。
「そんな、今さらやないね、バイト代も出るんやし。そこでぼーっとせんでから着ぐるみ着て散歩してきっちゃ」
「はぁー、そこなんよな、なんでバイト代が出るんだか」
このバイトはたいして稼げるわけではないが、お小遣い程度にはなるし、何もせずにもらうよりかは気が楽なのは確かだ。
「そりゃ、あんたがしっかりこの商店街のためにやってくれることやけん会長もオッケイしたんやろ」
そう言われると俺がここで愚痴るのが無責任になってくる。さすがにそれは俺の責任感にさわってくるので歯向かえない。
「あーわかったよ、行きますよ」
重い腰をあげ、店の奥へと足を進めていく。二階の階段に上るとドタバタとせわしなくエプロン姿に着替えている妹がいた。
「お!お兄ちゃん、今日も着ぐるみ着るの?」
制服の上からエプロンを付け、髪を結びながら聞いてくるうちの看板娘は、だいぶ今の姿が板についてきた。
「そうだぞ、お兄ちゃんは今からはずかしめを受けに行くんだ」
「何それ、顔がわからないから別にいいじゃん。嫌なら琴葉がやってこようか?」
髪を結びながら俺に振り返る琴葉は、自分が言っている事の重大さをまったくわかっていない。これだから最近の中学生は。
「妹にあんなことをさせる兄がいるわけないだろう」
「はいはい、なら、頑張ってきてねー」
まるで俺の言うことをわかっていたかのように返しが早い我が妹。そんな妹は一階に降りていった。中学生ながら喫茶店を手伝う素晴らしい妹で、背中は小さいながらもたくましい後ろ姿だった。
妹に発破をかけられ、ウサギの着ぐるみをとりあえず着る。今となっては一人で着れるぐらいにはこのウサギにお世話になっている。重い足がウサギを着ることによってさらに重くなる、視界も狭くなりため息がこぼれる。
一階に降りると琴葉が常連のおばちゃんに接客しているので絡まれないようになるべく背中を向けて歩く。
「あら、こたろうちゃん! 今日もウサギ姿なのねー」
失敗か、この狭い店内でこんなウサギがいたらそりゃ嫌でも目に入るよな。恥ずかしい。
「そうなんすよー、この商店街のためにちょっくら行ってきますわ」
「お兄ちゃん今こんなこと言ってるけどさっきまでは、はずかしめを受けるんだーとか言って嫌がってたんだよ」
妹よ、今はそういうことは言わないっていうのが大人になる一つの秘訣だぞ。着ぐるみを着ているから俺が今睨んでいることはわからないだろうが。
「あらあら、でもそうね、こたろうちゃんは高校生だからちょっときついのかしらね」
さすがおばちゃん、分かってらっしゃる。
「ほら、そんなとこにいたら邪魔になるから早くいってきなさい」
コーヒーを入れながら今の状況を見ていたであろう母さんは俺を店外へと促す。
「へいへい、行ってきまーす」
「あーちょっと待った、あんた外ではそんな喋り方しないでよ。もうっちょっと愛想よくしてなさい」
「へーい」
夕日が商店街を赤く染める時刻にウサギの着ぐるみが商店街を練り歩く。もはやこの光景は商店街の風物詩的なものになっている。
「お、こたろう!今日もそれ着とるんか、たまにうちに寄っていかんね」
うちの喫茶店から少し歩いたところにある八百屋のおっちゃんが着ぐるみを着ていても大きく聞こえる声量で話しかけてきた。もちろん商店街の人はウサギの中が俺というのがわかっているので普通に声をかけてくる。
「おっちゃん、俺は今ウサギ着てるんだから名前で呼ばんでっち何回も言ってんじゃん」
さすがに名前で呼ばれるとドキッとするし、無視したらしたでめんどくさくなるので無下にはできない。
「おまえ、そんあこと言ったって、そのウサギは名前あるんか?」
うわ、言われてしまった。このウサギを着て半年ほどか、未だにこのウサギの名称を知らない。というか俺が勝手につけていいものなのかもわからない、一応この商店街のマスコット的存在だからな。
「……いや、ないけども」
「そうやろ、じゃあもうこたろうって呼ぶしかないばい。ほれこれ持っていけウサギにはリンゴやろ」
「あんがとさん」
ウサギは普通人参だろう、と軽く心でツッコミを入れる。八百屋のおっちゃんも俺が生まれたときからお世話になっている人だ。
小学生に絡まれながらも、商店街を一通り周り、店の人やお客さんの手伝いをこなす。簡単なことではあるが有意義なバイトだと俺は思う。
辺りは薄暗くなり、店じまいをするところもちらほらと出てきている。今日も一日終わったな、と家に向かって歩き出す。
「いいやん、ちょっと遊び行こうや」
「いやです、っていうか離してください」
商店街のアーケード通りから少し外れた場所から声が聞こえた、聞こえた言葉が物騒だったのであまり関わりたくはないが一応確認しに行く。
「それにしてもムっちゃ可愛いね君、高校何年生なの」
「言いませんし、警察呼びますよ」
「おっと、スマホ貸してねー」
「あ、ちょっと」
何やらいろいろとまずそうな状況だ、女の子一人に対して男三人が囲んでいる。一人に腕をつかまれて逃げれない感じらしい。大声を出せば誰かしら気づきそうなものだと思うが、その女の子はまだその手段はとっていない。というか、アレだなあの女子高生、俺と一緒の高校の制服じゃないか。
「なん見よんかちゃ!」
おっと、つい同じ高校の人と分かってから身を乗り出し過ぎた、いや、原因はこれだな。
「おいおい、なんだよそのふざけた格好は」
ですよね、俺でもそう思うもん絶対。男たちは目の前に現れたこの着ぐるみを見て笑っているが、その中でも女子高生の顔は笑っておらず、その目には街灯に照らされてか光って見えた。
「あのー、この商店街でそういうのやめてもらえます? 迷惑なんで」
チンピラたちは俺に指をさし、こちらに近づいてくる。女子高生もなんとか解放されたみたいだ。
「なんか、言いよるばい、こいつ」
「何?」
男の一人が俺の顔、いや、ウサギの顔に直接耳を当てる。この近さで分かったがこいつらかなり酔っぱらっている。見た目も俺より少し上の大学生ぐらいだろう。寄ってたかってJKを困らせるかね。
「あのー、迷惑なんでー、帰ってもらえますかー?」
目の前の男はしばらく沈黙していた。酔いで寝てしまったのか、他の二人を見ると何やら口元が緩んでいた。もともとあんな笑っていたのかわからないがどうもきな臭い。
「うるせっちゃー!」
男は急に大声を出したかと思えば、思いっきり腕を振りかぶり渾身のパンチを俺のもう一つの顔であるウサギの顔にクリティカルヒットさせた。
「うげっ」
後ろに倒れこむが、顔や体にいっさいのけがはない、着ぐるみだから、この程度なら、小学生からの嫌がらせの方がはるかにきつい。あいつら余裕で背中のチャックを開けて虫を解き放ちやがるから油断も隙もない。
「ウサギはいいサンドバックになるねー」
「ちょ、俺もやらせて」
「蹴りも入れないけんね」
このまま、俺を殴る蹴るで帰ってもらえればいいが、横たわって早く帰るのを待つ。こういうのは何もしないで時を待つのに限る。
「おりゃ」
「うっひゃ」
「おら、立てちゃ」
いやー、めんどくさいな。商店街の通路で横たわるウサギの着ぐるみ、そしてそれを殴る蹴るに至る大学生。一体、傍から見たらどう思われるんだ? そんなことを考えていると、さっきまで威勢の良かったリンチが途絶えた。そして、かすかな着ぐるみの視界から見えたのは、さっきまで泣きそうになっていた女子高生だった。
「やめてください。この着ぐるみさんがかわいそうじゃないですか!」
その足は震え、声もかすれて聞こえる。それでも俺をかばおうと恐怖に立ち向かいながら両手を広げるその背中に俺は情けなさを感じた。
まったく、ダメだ……これじゃいつもの俺じゃないか。なんでも穏便に済まそうとすると、傷つけてはいけない人まで傷つけてしまう。
もう、やめよう……こんな考えは――
「おいおい、嬢ちゃんさー、今、いいところやったんよ~」
「わからんかったかなー」
「じゃあ、そんなお嬢ちゃんもこのウサギ野郎と一緒にっ!」
頭一つ抜けた大柄な男が女子高生に向かって拳を振りおろそうとする。
「それは、ちげーだろ」
俺は、殴られそうになった女子高生の前に立ち、拳をかわすことなく、思いっきりパンチを顔で受け止めた。殴った本人は目を見開く。
「こいつ、いつの間に立ち上がったんだ? それに、なんでこのウサギ倒れねーんだよ!」
「知らねーよ! お前のパンチが甘いんだよ。俺にやらせてみろ。おりゃ!」
ボフッ
「なんなんだっ! こいつ!」
「それで、おしまいだな…… そこのやつはいいのか? やるなら今のうちだぞ」
「うるせー、やってやるよ! うりゃっ」
ボフッ
殴りが通用しないと思ったのか、俺の腹部に前蹴りを放ってきた。そもそもこいつら俺が着ぐるみを着てるってことがわかってないのか?
「はぁ、全くもって論外だな。それじゃあ、次は俺の番……シュッ、シュッ、シュッ」
「なんだよ、こいつ」
「シャドウをなんでやってやがるんだよ」
「だから知らねえって言ってんだろ!」
さっきのリンチでケガはしてないし、ふらつきや目まいもない。それにフットワークはいい調子だ。
ワン、ツー、ワン、ツー
「あのな、女に手をあげる奴は、男じゃない。そして九州男児でもねー!」
バフッ
「うっ」
目の前にいた大柄な男にウサギ渾身の右ストレートをお届けする。
「久しぶりだな、この感覚……」
腰を下げ、相手のふところへ入り込み、次は左フックを顎に打ち付ける。相手は後ろによろめき尻もちをついた。
「しばらく忘れてたわ。んで次はお前だな」
「いやいやいや、悪かった。ほんとはこんなことするつもりじゃなかったんだ。だから許してくれ」
「別に俺は自分が痛めつけられたことに腹が立ってるんじゃない」
左ジャブを入れながら、最後に右ストレート! バフッ
「ぐえっー」
蹴りの男は白目を向け倒れこんだ。最後の一人を倒した瞬間、どこからか聞きなじみ声が聞こえた。
「おーい、こたろーじゃなかった、ウサギー遅くなった」
防弾チョッキを上下に揺らし、商店街の奥の方から走ってくる警察官。
「やっと来た」
さっき、この近くの交番に勤務する人に連絡しておいた、さすがに俺一人じゃ手に負えないかもしれないからな。
「ほんとすまん、始末書に手間どったんよ」
「鉄兄遅すぎ、もうあらかたおわったよ」
鉄兄はこの商店街出身の警察官で、俺がボクシングを始めたきっかけの人でもある。そのおかげで学校では色々とめんどくさいことになってたりする。
「かあ、やってしまったかー、これって気絶してる?」
「多分? でも無傷だと思うよ。さすがにこの拳じゃどうやったってケガできんやろうし」
「お前な~、そうやって誰彼構わず殴るなって言ってるだろう」
「いやいやいや、今回は本当に守るために使ったって」
「そうやって毎回」
鉄兄は俺は正当防衛だということを認めてはくれない感じだった。
「あのー、すみません」
すっかり彼女の存在を忘れてしまっていた。それが彼女にわかったのか自分から声を出してくれた。
「この着ぐるみさんが私をかばってくれて、なので、この着ぐるみさんは決して自分から暴力は振るってないです。そもそも私があの人たちに絡まれたのが原因ですし」
「あ、君か、こた、えーこのウサギが連絡よこした女子高生って」
「あの、わたし、月志摩京子といいます。この度は助けていただき、ほんとうにありがとうございました」
聞いたことあるような、ないような名前だ。それにしてもさっきまではわからなかったが、お辞儀ひとつにしても背筋はスラっと伸びており上品といものを感じた。
「え!? あの月志摩家の方ですか?」
「一応、・・・・・・はい」
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