僕は手の繋ぎ方を知らない。
よくぼーのごんげ!
第一章 『トーカ交換・公編』
この小説を開いてくださった皆さんに、まず感謝を述べよう。
そして謝罪しよう。
第一話の冒頭は、この俺の哲学で始めさせてもらう。
いや、哲学と言っても、そんな大した物というわけではないが……まぁいいか。
それでは、どうか見ていってほしい。
△△
▼▼
――『手』というのは、やりたいことを一番体現させる部位だと思う。
感情が一番表になるのは顔だが(表情というくらいだし)、やりたいことが表になるのは、手だ。
マラソン選手は足を一番使うだろうし、凄い頭が良い人……数学者とかは頭を一番使うだろう。
けれどやはり――手は、何よりもやりたいことができる。
言葉が話せない人は、代わりに『手話』を使うだろう?
それだけじゃない。身振り手振りだってそうだ。
表現という点だとその二つが挙げられるが、手がやれることは他の部位よりも多い。何をするにも、人間は基本『手』を使う。
マラソン選手は足を一番使うかもしれないが、手(腕)を振る必要がある。
数学者は頭を一番使うかもしれないが、それを書き留めるのに手を使う必要がある。
一つ一つの事柄において、『手』を使う場面は多かれ少なかれ必ずあるのだ。
だから、俺は考えた。――『手』は、欲望を具現するのだと。
『手』は――欲望を叶えるために、必要不可欠なのだと。
わかってくれただろうか。
わかってくれると幸いだ。
して、ここからが本題。
『手はやりたいことが一番表に出る』という俺だが、ならば俺は何をしたいのだろうか。俺がやりたいこととは、何なのか。
その問いに、俺はこう答えよう。
「――俺は、手の届く範囲の人を助けたい」
△△
▼▼
「―――――」
それでは、改めてこの俺――
小野寺弥。
成績は中の上。
スポーツは人並み。
部活は無所属。帰宅部だ。
友達は普通にいる。特段ボッチというわけじゃない。
彼女はいない。誰かと付き合ったことがない。
好きなタイプは――言わないでいいだろう。
さて、こんなところか。なんてことのない――というか、つまらない自己紹介だろう? 平凡というか凡俗というか。言ったところで、別に俺への印象が変わったりするわけでもない。
そして状況説明だが、今は学校で、授業終わりに背伸びをしていたところだ。
まぁなんてことない日常である。
「なんてことない、ねぇ。よくそんなことが言えるなぁ」
「………」
「嫌な顔するなよ。少しは隠してくれると嬉しいんだけれど」
そう言って、唇を尖らせた彼は
先程自己紹介にて述べた親友である。
じゃあ何故話しかけられて嫌な顔をしたかというと、それは単純にこいつがムカつくからだ。飄々とした感じとかがうざい。それに、こいつは口から
まぁ、面と向かって嫌な顔ができるという点で、俺等の親しさ度を感じ取ってもらえると助かる。
「親しさ度…なんというか、絶妙だね。言葉として中途半端って感じ」
「うるせぇ。で、いきなりなんだよ」
「なんだよって、それは酷いんじゃない? 休み時間なんだし、親友とお話くらいさせてよ」
「えー」
「その反応は本当に酷くない……?」
というような、ただの無駄話を続けていると時間が勝手に溶けていく。
休み時間は十分しかないというのに、そんな大切な時間を大切な親友に使えるかよ。
「それはいいとして……次の授業なんだっけ」
「そんくらい自分で調べなよ。理系」
「人を学問分野で呼ぶな」
「だから彼女できないんだよ」
「おい。それはタブーだ」
「まぁ無一文じゃ仕方ないよね」
「うちは月四千円!」
ちゃんと貯金あるわ。そしてそれは関係ない!
「確かに、弥くらいの友達の量なら、そのくらいがちょうどいいかもね」
「『一緒に遊びに行くほどの友達』がいないだけだから!」
「それって同じことじゃない?」
「ぐ……」
そんな風に、特に意味もなく会話をしていると――、
「――次は移動教室。無駄話より、準備したほうがいいよ」
一人の少女が話に割り込んできた。
この少女の名は
彼女を一言で言い表すのなら――『優等生』だろう。
優しい口調ながらも多少トゲのある言い方で、このクラスをまとめ上げる。成績上位を常に維持し、先生からも信頼されている『優等生』だ。だからといって生徒から疎れているわけではなく、生徒からも好かれている。恋愛としてではなく、人間として。
そう――感称寺は、人間としてあらゆる人に好かれる。
感称寺を恋愛対象として見ている者は、少なくともこの学校にはいない。
恋愛対象にはできない存在。
それが、感称寺 冬華という存在だった。
「感称寺さん、助かった」
「助かった……助かったと言うけれど。弥、それですむと思っているのかい? もし感称寺さんが教えてくれなかったら、君はどうなっていただろうね。もしかしたら誰もいない教室に独りぼっちの可能性だってあったわけだ。だというのに、君は「助かった」の一言でいいと? はぁ、まさか僕の親友がこんな薄情な奴だとは思わなかったよ。感謝を述べるときは「ありがとう」って言わなくちゃ。「有り難し」……つまりは「滅多にないほど貴重なモノ」のことなんだよ? もしかしてだけれど、君は誰かからの厚意が当たり前のことだと思っているのかい? それはいささか傲慢にもほどがあるんじゃないかな」
「長ぇよ。それに、「助かった」も感謝の言葉でしかねぇわ」
これである。
これが、乾 咲という男の、欠点とも呼んでいいところだ。
いきなり長文でまくしたててくる。うぜぇ。
委員長は……特に困っている様子もない。流石このクラスをまとめ上げることができる、ある意味このクラスで一番濃ゆい人間だ。
困っている様子ではないけれど、彼女は不思議そうにこちらを見ていた。
「……ちょっと前から思っていたことがあるんだけど…歩きながら話そ?」
「あ、はい」
△△
▼▼
「それで、思ってたことって?」
「別にそんな大したことじゃないんだけれどね。いやほら、君達って一学期の時はそこまで仲いいわけじゃなかったでしょ? なのにいきなり仲がよくなったから、ずっと気になってたの」
「あー」
委員長として、と彼女を付け加えていた。……思ったけど、それ言えばたいていのことを知ることができるんじゃないか? 「あなたの好きな人教えて? 知っておきたいの。委員長として」みたいな感じで。
ともあれ、そう聞かれた俺は――右手を見た。
利き手の方だ。
お箸を持つ方だ。
「夏休みに、色々あってな」
「そうだねぇ。色々」
「色々……」
夏休み。それは、俺にとって――いや、俺達にとっての、悪夢。
一ヶ月という、長い長い悪夢。
その時の副産物が――副産物で、最も大切な物が――俺達の友情だ(こういうセリフは、ちょっと気恥ずかしい)。
しかしながら、それを話すことは、視聴覚室に着くまでにはできないので、するにしては長すぎるので、しない。――それを抜きにしても、とても話せる内容じゃなかった。
一方質問者の感称寺さんはそれに納得がいっていない様子だ。当然と言えば当然か。
「まぁ、人は些細なことで仲良くなるからねぇ」
と、普段うざったい咲も、この件に関しては俺に助け舟を出してくれた。
「些細なことで……なんだかうまく躱された気がするけれど、いいや」
俺等があまりに強引に話を終わらせようとしすぎたしたせいか、その空気感が彼女に伝わってしまったのだろう。
感称寺さんもまた、追求してこなかった。
「………」
「………」
「………」
やべぇ!
気まずい!
感称寺さんが話題の発端だから、喋ることなくなると俺は何も話せない。
普段話すことがあまりないからな……てか咲。お前は喋れよ。普段中身があるのかないのかわからないようなことをつらつらと話しているじゃないか。
「それにしても、感称寺さんは凄いよな。勉強できるしよ」
苦し紛れに、俺は感称寺さんを褒めた。
うまく前の話と繋げられているか不安だ。…いや、普通に繋がってないな、これ。
「それにしても」なんて、白々しいにも程がある。
「そうでもないよ」
「いやでも、十ヶ国語話せるんだろ?」
「一体誰から聞いたの…?」
もちろん口から出任せだ。
これで「そんなわけないでしょー笑」みたいな笑いを生み出す、俺の小粋なギャグ――!
「私が話せるのはせいぜい四ヶ国語」
「………」
それは普通に凄かった。
しかもこれ、冗談じゃない。マジのトーンだ。俺の小粋なギャグを、ギャグとして捉えてすらいなかった。
悔しい。きっと今、咲は心の中でほくそ笑んでいるのだろう。爆笑しているかもしれない。
「あー、それは凄いな。俺英語すらできねぇよ」
「え? でも小野寺くんって、テストの点数悪いわけじゃないでしょう?」
なんで俺のテストの点数を把握してるんだよ。
委員長だからか?
委員長はそんなことまで知れるのか?
「テストはある程度勉強してればなんとかなるからな。でも、日常会話ってなると…無理。一回駅で外国の方に道聞かれたことあるけど、早口過ぎて聞き取れなかったよ。翻訳機様々だ」
「|Sí, la conversación cotidiana es difícil《そうだよね、日常会話は難しいよね》」
「……え? は?」
「あぁごめん、うっかりしてた。そうだよね、日常会話は難しいよね」
「お前そういうキャラなの!?」
ギャグがハイセンス……と言うよりハイスペックすぎてびっくりしたわ。
つーか俺のツッコミ、キレなさすぎだ。
なんだよ。そういうキャラってどういうキャラだよ。言語が混ざっちゃう系キャラか? いやしかし、急に性格が変わったかのようにボケを入れてきたのは事実だ。
「でもやっぱ凄ぇよ」
「そうかなぁ」
「…俺は親友って呼べる人間が咲くらいしかいないけど、感称寺さんは友達いっぱいいるし。生徒からも先生からも慕われてるし」
そうしてまた、俺は感称寺さんを褒める。
このまま話を終わらせようという魂胆だ。もう目的地の教室はそこだからな。感称寺さんと話すのが疲れたからではない。
むしろ楽しかった。
それにいつも話してて疲れる奴と話しているからな。感称寺さん程度じゃ疲れない。
しかし、これまで上手いこと繋がっていた会話のキャッチボールが――地に落ちた。
「――『私』は別に、皆と仲よく無いよ」
「――――」
「――――」
唐突だった。
突然すぎて――いや、きっと突然でなくとも、俺達は言葉を失っていただろう。
まぁ、咲の野郎は最初っから黙りこくっていたわけだけれど。それでも、咲に表情の変化があった。眉を寄せ、訝しむような、そんな目。
きっと、俺も同じような顔をしているだろう。
そんな俺等二人の顔を見て、感称寺はハッとする。
「あ、ごめんごめん。なんか変なこと言っちゃったよね」
感称寺は笑った。にこりと、屈託なく。
でも――流石にそれは、取り繕っているのが見え見えだ。
そんな疑問の視線を受けながら、感称寺は視聴覚室に入る。
――『異変』が起こったのは、ここだった。
「――――あれ? あなた、誰?」
あろうことか、先程まで言葉を交わしていた俺達に対して。
いや、正確には俺に、感称寺は言った。
俺のことを――小野寺 弥のことを、全くもって知らない相手のように。
――――俺は、忘れ去られてしまった。
△△
▼▼
時は過ぎ、放課後。
俺等はいきつけの喫茶店に来ていた。
「なぁ、どう思う」
「どう思うってなんだい? そ、そりゃあ君のことは親友とは思っているけれど、そういうただれた関係になるのは少し……」
「きめぇ想像すんな! 感称寺さんのことだよ!」
わかりきった質問を繰り返す。
こいつと話すと疲労感がえげつない。
要は面倒くさい。
「酷いこと言うなぁ」
「事実だ。…で、どうなんだよ。やっぱあれ――」
「―――うん。『異変』だね」
『異変』
『怪異』
『怪奇』
呼び方様々であるが、俺達は『異変』と読んでいる。
通常とは、異なる形に変わる現象――それが『異変』
『異変』というのは、日常に起こり得る、非日常。
本来ではありえない、非日常。それでも、気にせず流してしまいがちな、非日常。
俺の、俺等の――なんてことない、日常。
そして、放置を続け、状態が悪化した結果が――感称寺さんの、あの言葉。
「……また、か」
「あぁ。まただね」
また。
そう、俺達が『異変』に出くわしたのは、これで二回目なのだ。
その一回目というのが――夏休みの、悪夢。
せっかくだ。ここで、それについても少し話しておこう。今のところ、今くらいしか機会は無さそうだし。
―――俺の手にも、『異変』が宿ってる。
手――右手。
利き手であり、お箸を持つ方。
夏休みに起こった『異変』により、俺の身に起こった『異変』により、俺は大変なことになった。酷いことになった。――最悪の結末に、なった。
とまぁこんなところだ。説明不足であるが、今は我慢してほしい。詳しい話はいつかやる。
やれたらやる。
「ちくしょう……あの時みたいに、大変なことにならなきゃいいけれど……」
「それを言うのなら、もう手遅れだね。弥はすでに――感称寺さんに、忘れられてしまっている」
そうだ。もう『異変』は始まってる。
すでに異なっているし、変わってしまっている。
あの後感称寺さんと色々話したけれど、結果として帰ってきた答えは「覚えてない」の一言のみ。あまり感称寺さんとは話さない俺だが、数分前まで談笑していた相手に忘れられるというのは精神的に辛かった。
「それよりも、今は『どうしてそうなったか』を考えなくちゃいけない」
――万物には、必ず理由があるからね、と咲。
「あぁ。あ、ナポリタンおかわりください」
「……何皿目?」
「九」
「大食いキャラは美少女じゃないと萌えないよ」
「割り勘な」
「シンプルに最低だよ! 僕はオレンジジュースしか飲んでないのに! 炎上してしまえ!」
「萌えるだけに?」
「急にボケ側に回るのやめてくれないかなぁ……」
―――閑話休題。
「俺が忘れらていってる…ってことだよな、これ」
「そうだろうね。今はまだ感称寺さんだけだけれど、これからどうなるのかわからない」
もしかしたら、いずれ世界から忘れられてしまうかもしれない。
そんな恐怖を抱えながらこれからを生きていくというのは……耐えられないな。
ただせさえ、あまり親しかったわけじゃない感称寺に忘れられただけでかなりのショックを受けたというのに、俺の友達、あまつさえ両親から忘れられたとなると、そのショックも、悲しみも、苦しみも、今とは比べ物にならないだろう。
「一刻も早く解決しねぇと……」
「その解決策が見つからないから、どうしようもないんだけどね」
頭を抱える。
八方塞がりだ。
「まぁ、まずは情報収集だ――」
それっぽいことを言って、とりあえずお会計でもしようかと席を立つ――その時だ。
「―――また、巻き込まれているようだな」
「――――――っ!?」
先程まで俺が座っていたところに、その男は腕を組んで座っていた。
四十代くらいの顔立ち。
その体躯は異常なまでに大きい。肩幅が広く、胸板も厚い。下から見たら雄っぱいで顔が見えなくなるだろう。着ているスーツが悲鳴を上げている。座っているからわかりにくいが、身長は二メートルに及ぶ。
普通なら絶対関わり合いになりたくないような、いかにも堅気じゃない彼だが、俺等はこの男を知っていた。
「切崎さん、いつからそこに?」
――
いかにもって感じだろう?
「ふむ、いつからという問いには答えられんな。企業秘密だ」
「………」
本来であれば逃げ出してもおかしくはないのだが、俺等にそれはできない。
この人とは縁があるのだ。そしてこの縁というのもお察しの通り、夏休みの悪夢繋がりである。
そして、切崎さんはこんななりだが――霊媒師だ。
霊媒師。
基本的に幽霊なんかを相手取るのが仕事ではあるが、切崎さんの場合はさらに広い範囲。つまりは『怪異』とか、『異変』とかも専門としている。まぁ、彼いわく、幽霊も『異変』の一種らしいけど。
胡散臭いって? すげーわかる。けど、実際俺達はこの人に助けられたことがある。この人のすごさ、というかやばさは、よくわかっている。わからされた。
「ていうか、巻き込まれたってどういうことですか? 僕等が忘れられているんですよ? また、僕等に『異変』が起こってるってことじゃないと?」
「知りたいか?」
「そりゃあ……」
「ふむ、なら五十万だ」
備考すると、切崎さんはビジネスマンだ。
霊媒師という職業を生業にしている。
だとしても……
「金を要求しすぎ、か? 俺としては、何かを貰うことを前提として、何かを与えることを考えない方が強欲だと思うがな」
「………」
「等価交換。むしろ、見返りが金と言っているだけマシだと思うことだ」
「相変わらずだなぁ……」
「でも、俺達そんな金持ってないから遠慮しときます」
なんなら、この喫茶店のお会計で貯金の半分が消し飛ぶ。
割り勘じゃなければ全て消し飛ぶ。
「借金は可能だ」
「まだ学生なのに、借金とか背負いたくねぇっす……」
「そうか。なら自分で調べるといい」
金にならない話だとわかり、あっさりと話を切り上げられた。
勝手だなぁ……。
勝手すぎるなぁ……。
「けどもしやばくなったら、そん時はお願いします」
まぁ、そのもしもの時、切崎さんが『異変』の影響で俺のこと忘れられているとどうしようもないのだが……
そのためにも原因を突き止めないといけない。
俺等は店を出るために、テーブルを離れる――。
「……一つ、アドバイスをしておこう」
「え?」
いつの間にかコーヒーを頼んでいた切崎さんに呼び止められる。呼び止められると言っても、彼はこちらを全く持って見ていなかったのだが。
ブラックのままコーヒーを口に含み、それから彼は言った。
「―――自分が世界の中心だなんて、そんなくだらない考えはやめておけ」
△△
▼▼
「それで、これからどうするんだい?」
「そうだな……俺は学校に戻ろうと思う」
「僕は?」
「付いてこなくていい。元々、俺の問題なんだ。俺に起こった『異変』なんだ。ここまで付いてきてくれてありがとう。……ありがとうと言っておく」
「うわー、最後惜しい! デレきらなかったかぁ……」
「お前、本当にうざいな」
人が感謝を述べているってのに、こいつは……
まぁいい。
今に始まったことじゃないしな。今は、咲がこうやって茶々入れてくるお陰で――俺は、冷静でいられる。この世の全ての人から忘れ去られるかもしれない。そんな恐怖を、忘れられる。
「それじゃあ、なにか進展があったら、僕に連絡してよ」
「おう」
そう言って、俺等は別れた。
――しかしこれは、間違いだった。俺は、咲から離れるべきではなかったのだ――なんてな。冗談だ。未来のことなんて、俺にはわかんないよ。
△△
▼▼
そうして、俺は一人学校に戻ってきたわけである。
グラウンドでは部活をしている生徒が性を出していた。
ああいうのを見ていると、俺も部活しとけばよかったって思うんだよなぁ。まぁ、運動神経も頭も平凡なので、なにかできるわけじゃないけれど。吹奏楽部とかはお金かかるし、手軽で初心者でもやりやすい部活があればな――なんて思ったことはあるけれど、そんな部活は多分面白くない。
それは置いておいて。
なぜ学校に戻ってきたか、だ。
まぁその理由は至極単純なのだけれど。
「感称寺さんはいるかなっと……」
彼女と、もっと話をしたかったのだ。
放課後で、しかも終わりの
「いないか」
教室を覗いたところ、感称寺さんはいなかった。鍵も閉まっていた。たまたまトイレに行っているというわけでも無さそうだ。
いや、まだ希望はある。職員室にいるかもしれないじゃないか。図書室という線もある。希望があるなら、それを確かめなければ―――!
――――と、意気込んで校内を探し回ったが、ついぞ見つからなかった。
「くそ……無駄な体力使った」
こんな時、咲は「無駄な体力? 「いない」ということがわかっただけで無駄じゃなかったと僕は思うけれどね。まさか、君は自分の望むように物事が進まなければ、それを無駄だと切り捨てるのかい?」といった感じで長話を始めるのだろう。
一見励ましていたり、俺を諭しているかのように見えるが、あくまで『そう聞こえる』だけだ。あいつは意味のないことをまくしたてるだけで、何を伝えたいかもはっきりしてない。脊髄で話してる。その上、いちいち煽ってくるような口調なのでうざい。
「それにしても、どうすっかな」
いないとなると、俺がここに来た意味がなくなっちまう。
無駄足になっちまう。
そんな風に困っていると――、
「あ、おい! 小野寺!」
「ん?」
背後から、俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。名を呼ばれるいわれはなかったはずなので、俺は疑問を抱きながら振り返る。
振り返って、振り返った先にいたのは、担任の
「先生、なんかようですか?」
「あぁいや、ちょうどいいところにいたなと」
「――――?」
先生の言葉の意味がわからず、俺は首を傾げる。
そしてその時初めて気づいたのだが、山海先生は封筒を握っていた。大きめの封筒を、持っていた。
それから、先生はその封筒を俺に差し出して――、
「悪いけどこれ、感称寺の家に届けてくれないか?」
と、思ってもいなかった頼みをしてきた。
「いいですけど…これ、なんです?」
「文化祭での出し物するのには色々書かなきゃいけないものがあってな。クラスを代表して委員長が書くことになってるんだ。その書類を感称寺にHRの後取りに来いって言ったんだが、どうも忘れてしまったらしい」
「忘れたって…そりゃ珍しいっすね」
あの『優等生』が……
「だろ? 俺もおっかしいなと思っていたんだけれど、教室を見ても、学校中探してもいなかったからな。それで、ちょうどいいところにお前がいたというわけだ」
どうやら、先生も無駄足仲間のようだった。
なんであれ、これで感称寺さんと話ができる。もちろん家に上がるつもりはないので、玄関先でのちょっとした話になるけれど、話ができるというだけで、何かわかる可能性は上がる。
この頼み事は、むしろラッキーだった。
「それじゃあ頼む……って、そういえば住所知らなかったよな。教えてやるから、職員室に行くか」
そうして俺は、山海先生についていく形で、歩き始めた。
職員室まで少しあるわけだけれど、同行者が先生というのは気まずいものがある。
しかしだ諸君。我らが担任である山海先生は気軽に話してくれるので、そんな気まずい空気を味わうことはないのだ! 下の名前忘れたけど!
「そういえばなぁ。あの感称寺だけれど、家では結構はっちゃけてるらしいぞ」
「はっちゃけてる?」
「あぁ。保護者面談で聞いてな。俺びっくりしたぞ? あいつの家は保護者がお姉さんしかいないんだが、お姉さんはお姉さんでびっくりしてたぞ。「妹がそんなきっちりしてるなんて…」とか言ってなぁ」
「へぇー、感称寺さんもはっちゃけたりするんですね」
え?
いや、え?
今とんでもない事実が発覚したぞ。
お姉さんしか、いない?
この担任、そんなこと世間話みたいな感じで話してるけれど、大丈夫なのか?
とまぁこんな感じで、俺等は話しながら(話していたのは殆ど山海先生だけれど)歩き、職員室についた。それから先生は俺にここで待っておくよう指示した後、職員室に入っていった。
談笑からの俺のことを忘却という、感称寺パターンが先生にも起こらないか心配したが、特に何事もなく、しばらくしてから先生は出てきた。
「はい、これ」
そう言って、先生は付箋を差し出す。
そこには簡略化された地図と住所、そして謎のモグラみたいなキャラクターが端っこの方に書かれていた。……先生、絵上手いな。確か美術部の顧問だっけ。納得である。
「それじゃあ、承りました」
「おう、すまんな」
山海先生からの軽めの謝罪を受けつつ、俺は職員室から離れた。
△△
▼▼
「ここらへんか?」
書かれている住所の辺りを、地図を見ながらうろうろとしている。
ちなみに、付箋に書かれた謎のモグラのキャラクターだが、歩きながら名前をつけた。
モグラは英語で『
「感称寺…あった、ここだ」
感称寺というわかりやすい、というか珍しすぎる苗字なので、表札で間違いなく感称寺さんの家だと断定できた。
見つかってしまえば、後はインターホンを押して、封筒を渡した後で本題に入るとしよう。
「―――――」
ドアの横についたインターホンを、俺は押した。
……なんというか、インターホンを押してから相手が出るまでの時間って、すげぇ手持ち無沙汰な感じするよな。いや、一応付箋と封筒で両手は塞がっているけれど。なんなら肩に学校指定のカバンをかけているけれど。
そんなことを考えている内に、インターホンから声がした。
「誰だテメェ! あぁん!?」
え、怖い。
これが感称寺のお姉さんか?
思ってたより乱暴な口調だな……
「えっと、軒天高校の小野寺です。感称寺さんのクラスメイトで、忘れ物を届けに来たんですが……」
できるだけ、なぜかイライラしている感称寺姉を刺激しないよう言葉を選びながら、俺はインターホンについてるカメラに封筒を映す。
けれどそんな言葉選びは、意味をなさなかったようだ。
「ふざけんじゃねぇ! アタシのクラスメイトにテメェみたいな奴はいねぇぞ! 嘘ついてんじゃねぇ!!」
そんな怒鳴り声を最後に、通話が切れた。
えぇ…嘘だろ、こいつ切りやがった。どうしたもんか………
「――――――ん?」
あれ? 今、彼女はなんと言った?
アタシのクラスメイトにと言ったのか?
待て、それだとおかしい。その言い方だとまるで、今喋っていた相手は―――、
「おらぁ!!」
「うおぉぉ!?」
バン、と大きな音を立ててドアが開かれる。思わず俺は飛び退いてしまった。
そして、中から人が出てくる。
「テメェだなぁ? アタシ――感称寺 冬華のクラスメイトを騙りやがる奴はよぉぉ! あぁん!?」
「――――――」
俺は唖然とした。
呆然とした。
いやだって、しょうがないじゃないか。
そこには――俺の知らない、感称寺 冬華がいたのだから。
―――とても『優等生』とは言えないようなヤンキー女子が、そこにいたのだから。
僕は手の繋ぎ方を知らない。 よくぼーのごんげ! @hagetyokobanana
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