タチバナ

ルン

第1話

タチバナナオトは夢を見た。


『なんだそりゃ。そんなのが名前なもんかよ』


『それでもそう呼ばれている』


『だったら俺が新しい名前をつけてやる。そうだな、んー。よし、お前の名前はーーー』

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 入学式当日。日の出前。


はっと目覚めるとそこは普段と変わらない自分の家のなかだった。約二十畳ほどの広さの家の中にベットや机など必要最低限の家具があるばかりで特段目立つようなものは何も無かった。


けれど、一つだけいつもと違う異質なものがナオトの机の上に置かれていた。


ナオトは机の上に置いてるその異質物を手に取った。それは約一週間ほど前に家に届いていた一通の手紙だった。


中には自分が王立デュミナイア学園の模擬戦の代表者に選ばれた栄誉ある人間だというような文言がつらつらと書き記されていた。


一見丁重な褒め言葉でナオトを称賛しているように見えるが、実際はそうではない。


この模擬戦というのは新たな1年生のAクラスの代表者とその他B~Dクラスの中から魔法を扱える代表者を1名選出し戦い合わせる行事だが、この対戦には絶対的なルールが存在する。


それはAクラスの人間に勝ってはいけないということだ。当たり前である。なぜならこのAクラスというのは王族たち専用のクラスだ。彼らにB~Dクラスの人間が勝つなどということはあってはいけない。


手紙の最後にも「あなたが負けることによりこの学園の偉大さ、そして魔法という王家の血を引く者のみに与えられる奇跡の力の素晴らしさを教え説くことができる。そして、それはあなたにとって最高の栄誉となる」と書かれている。


なぜ、自分が負けて最高の栄誉になるのかナオトには不明だったがこれが王族中心主義というある種差別的ともいえる考え方なのだから仕方がない。


ナオトはふぅと一息ついた。そして、手紙を元あったテーブルの上に置き戻す。それと同時にテーブルの上に元から置いてあった銀色ペンダントを首にかける。


この世界で王族以外に魔法が使用できる人間は少ない。だから確率的に自分が選ばれることがそれほど珍しい事ではないこともわかっている。


ただ、それでも、証拠など何もないが自分がこの模擬戦に選ばれた理由がただの偶然ではなく恣意的に選出されたであろうことをナオトは察っしていた。


「八百長か」


ナオトは窓の外を眺めた。外はまだ暗く夜の真っ只中だった。それでもはもう一度眠る気になれなかった。

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 入学式当日。朝


ナオトが学園へ行くために通学路を歩いていると途中で妙な光景を目にした。そこには一人の女性を複数の男が囲んでいた。


「なぁ、俺たちとちょっとお茶でもしねぇか?」


「いえ、私はこれから学校の入学式があるので」


「いいじゃねぇか。ちょっとだけだからよ!」


 男たちは女性を取り囲むようにして言い寄っていた。その様はまさにナンパだ。今より十年前の魔術大戦以前には王族たちによるナンパの行為が横行していたらしいが今ではほとんどそんな行為はみない。


「なにやってんだよ」


ナオトは男たちに声をかけた。すると彼らはナオトに一瞥し仲間たちに目を合わせるとすぐにどこかへ行ってしまった。


(なんだあいつら)


随分と拍子抜けなくらいに何事もなくその場を治められてナオトは少し驚いた。もう少しいざこざらしい応酬があるかと思った。


ただ、その事にそこまで深く考え込むことはせず、とりあえず絡まれていた女性を少し見る。彼女は艶のある栗色の髪を後ろでゆるくまとめ、耳元には小さなピアスが光っている。派手さはない。それでもワンポイントのセンスがどこか大人びた空気も漂わせる。


長いまつげの影からのぞく瞳は、怯えているのだろうかどこか不安げな様子ではあった。しかし、特段の怪我は確認できずに無事であることを確認したナオトはその場を去ろうとした。


すると突然、後ろから服を引っ張られた。振り返るとそこには先ほど男たちに絡まれていた女性がいた。


「あの、ありがとうございます」


その言葉とは、裏腹に彼女の仕草はどこかぎこちなかった。


(まあ、当然の反応だな)


突然知らない男たちから声をかけられて緊張しないわけがない。彼女反応は至極真っ当だった。


「別にたいしたことはしてないよ。それじゃあな」


ナオトはそれだけ言ってさっさとその場を去った。

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王立デュミナイア学園


デュミナイア学園に到着したナオトは

自分のクラスである一年B組の教室に向かう。


クラスの場所はよくわからなかったがそこかしこに学園の簡易地図と現在地がわかるような標識が魔法で作り出されていた。


その簡易地図を頼りに教室へ入ると、そこには横に長い机が九つ置いてある。


(ひとつの机に4~5人は座れそうだな。ってことはこのクラスは36~45人くらいの人間がくるのか?)


まだ、あまりBクラスの人は集まっておらず席はほどほどにスカスカだった。


自分が座る座席の指定があるのかはよくわからなかったが、現時点でこのクラス内にいる人達の座り方を見るに好きな所に座っても特段問題はなさそうだったので、ナオトは一番後ろの端の席に腰を下ろした。


少しするとナオトは突然後ろから肩をポンポンと叩かれた。振り返ってみるとそこには一人の女性が立っていた。


その女性は先ほど絡まれていた女性だった。


「さっきはありがとう。デュミナイアの生徒だっていうのは制服でわかってたけど、同じ学年で同じクラスだとは思わなかったからちょっと嬉しいな」


先ほどの彼女とは打って変わって彼女の言葉遣いや表情はにこやかで可愛らしいかった。もちろんこれが普段の彼女の本当の姿で、さっきのちょっと萎縮ぎみの彼女の方が珍しいことは明白だった。


「ああ、そうだな」


「その、あなたの名前を聞いてもいいかな?」


その質問にナオトは少しためらう。ただ、どうせすぐにバレることになるのは明白だっから「タチバナ・ナオト」と答えた。


すると彼女は少し驚いた様子で「タチバナ」という名字を反復した。


「ああ、そうだよ」


彼女が驚く理由は当然わかる。今までも何度も同じような表情をされてきた。気にしても仕方ない。そうは思うもナオトは少し冷めた目つきで彼女を見た。


その目つきを感じ取った彼女はすこしたじろいだ後に自己紹介をしてきた。


「あっ、えっと、私はイズミ・ユウナです。その………これからよろしく」


ユウナはつとめて明るく振る舞おうとしたが、ナオトはユウナの自己紹介に何も言わなかった。


ユウナもナオトに何の話をすればいいのか全くわからなくなってしまい、それからは終始無言のまま時が流れた。


 時計が九時を指すと、それとほとんど同じくらいのタイミングで先生が教室へ入って来た。


「これから1年間お前達の担任を務めるシラヌイ・アオイだ」


アオイ先生は簡単に自己紹介をしてこの後の入学式の説明を早々と始めた。式場である講堂までの経路やそこでの座る場所、そして流れなどをざっくりと説明する。そしてチラッとナオトの方を向く。


「………とまあ、式の流れはざっとこんな所だ。さて、入学式の中で行われる模擬戦の代表者なんだが、実はうちのクラスから選ばれている。まぁ、そんな派手なことはする必要はない。簡単にやり合う程度だ。魔法が使えれば難しくない。まぁせいぜい頑張れよ」


なにを頑張るのか詳細なことは言わなかったがそれは決まっていた。負けることを頑張るのだ。あまりにもバカバカしくてナオトは先生の言葉には何も反応はしなかった。


「さて、時間もないからな。さっさっと会場に行くから準備しろ」


アオイ先生は教室全員を引率して式場の講堂に向かった。


講堂は二階建てで、二階は一階中央にある大きなステージを中心に楕円形で形成されており、ほとんどがその一階中央ステージを見るため椅子で埋め尽くされている。


一階は中央に大きな四角いステージ。そしてそのステージに入場するためのバックヤードがある。


そして今このバックヤードにナオトはいる。ナオトとナオトの対戦者以外のデュミナイアの生徒は二階部分に座っている。


「この王立デュミナイア学園は歴史と伝統ある大いに素晴らしい学園であるーーー」


入学式はすでに始まっており先ほどから中央ステージにこの学園の長である男が学園の偉大さをつらつらと語っているがナオトは特段に聞く耳を持たなかった。


それよりこの後に控えている模擬戦にどうやってうまく負ければいいか、そのことをあれやこれやと考えていたからだ。


自分の戦闘力にはそれなりの自信があった。なおかつ相手は王族の人間だ。まともな戦闘訓練などしているとはナオトには到底思えなかった。


「ーーーでは、これから魔法という王族の血を引く者のみに使える奇跡の力をここにいる君たちに見せようと思う。この偉大なる力をとくと刮目してみるのだ!」


学園の長がそう言ってステージから退く。それはつまりとうとうナオトの番がきたということを意味する。


ナオトは心を決めてステージの中央スペースにむかって歩き出す。直後ナオトとは反対側のバックヤードからナオトの対戦相手であるAクラスの人間も現れる。


「やっぱりそうだよな」


ナオトはポツリと呟いた。ナオトの前には黒髪の女性がナオトと同スピードで歩いてくる。


端整な顔立ち。凛としたその立ち姿。おそらく背中の真ん中あたりまで伸びているだろと思われる髪の一本一本が綺麗に彼女に付き纏い一歩一歩進むたびに華麗に揺る。


「あなた名前は?」


お互いにステージ中央部でそれぞれ立ち止まる。


「……タチバナ・ナオト」


「タチバナ………」


彼女は一瞬驚いたような表情を浮かべてすぐに少し微笑んだ。


「なんだよ?」


ナオトはアズサの笑った顔が少し気に入らなかった。だから、文句でもあるのか。という意味でその言葉を少し険悪な態度で発した。


「いえ、別に。ただ、素敵な名前だと思っただけよ」


「お前、よく冗談が下手くそだって言われるだろ」


「ふふっ、周りの先生たちからは真面目で頼りになる子と言われることが多かったかしらね」


「なるほど、冗談が下手くそな典型的なパターンだな」


 ナオトの言葉に彼女は一瞬クスッと笑う。


「そうかもしれないわね。私の名前はーーー」


「知ってるよ。ミナセ アズサだろ」


そう。ナオトは知っている。いや、ナオトだけではない。この国でアズサを知らない者などいないと思えるほどアズサは有名人だ。


王族の人間は王族ではない一般的な人間より地位も権力もある。しかし、その王族内にも当然優劣はある。


そしてアズサは王族内で天上人と呼ばれる王族の最上位に位置する一人だ。この天上人というのはこの国に五人しかいない。


つまりこの国の頂点にいる五人のうちの一人だ。そんな人間を知らない人間の方がおかしい。


「まあ、知ってるわよね。私の名前くらい」


「そうだな。有名人で色々なも聞くしな」


「どんな噂か聞いてみたいところだけれど、時間も限られているしそろそろ始めましょうかタチバナ君。全力で来てもらって構わないわ」


(よく言うよ)


ナオトは心の中で呟く。


「じゃあ、お言葉通り!」


ナオトはそう言うと、アズサに急接近した。そのままアズサの顔面を横から蹴り飛ばすように足を繰り出した。


実際には顔のギリギリの所で当てないつもりだったが、その前にアズサの武器に阻まれた。


アズサは先程までは何も持っていなかった右手に氷の槍を顕現させ、その柄の部分でナオトの蹴りを受け止めた。


「アイスランス一槍」


アズサは受け止めた柄の部分を軸に氷の槍を半回転させその槍を持ち構え直しそのままナオトの体に向かって氷の槍を突き刺しにかかる。


ナオトは片足のまま上半身をそらせ、その突きをかわす。


すぐさまアズサは一度突いた氷の槍を下に振り下ろすが、ナオトは地面についていた片足に無理矢理斜め右下向きに力を入れ、左に飛ぶようにその槍を回避する。


 少し間合いが彼らにできたが、今度はアズサがその間合いを埋めるよう接近し、ナオトに向かって氷の槍を振り回す。


「おおっ!」


 アズサのその一つ一つの動きが意外なぐらい洗練されたものであったので、ナオトは少し驚いた。


ナオトはアズサが振り下ろし・なぎ払い・そして突き刺す一つ一つの動きを冷静に見極め、全てかわす。


 その後にはナオトも負けじと体術を繰り出すが、彼女の槍捌きに全て受け流される。


「ははっ」


ナオトは笑う。理由はわからなかった。


「もっと遠くの方から魔法でネチネチと攻撃してくるのかと思ったけど、案外武闘派なのな」


「別に遠距離の攻撃が苦手ということでも無いけれど。 アイスランス二槍」


 アズサがそう言うとアズサの目の前から氷の槍が二つナオトに目掛けて飛んでくる。


「まじか」


ナオト腕に魔力をためてはその二つの槍を両手で殴り壊した。


「三槍」


 今度は上空から三つの氷の槍がユイトに向かって飛来する。


「うおっ!」


ナオトはその三つとも全て回避する。


「近接戦もできて、遠距離魔法も得意とかレベル高すぎだろ」


「魔術師の基本戦闘は中・遠距離戦よ。アイスランス五槍」


 アズサがそう言うと、上空に五つの氷の槍が出現し、その全ての矛先がナオトに向かっていた。


(なんだよ。案外………)


 ナオトは一瞬ピタリと動きを止める。彼は特段戦いが好きだというわけではない。相手を蹂躙することに快感を覚えるわけでもない。


 それでも胸の鼓動が高鳴った。体が熱く燃えた。


 相手が王族の人間だからなのだろうか。それとも、彼の想定を遥かに超えた実力を遺憾なく発揮したからだろうか。理由はわからない。それでも、いま目の前にいるこの強敵を前に全身の毛が沸き立つほどにナオトはゾクゾクした。


 そして、だからこそこの攻撃を捌ききることはしなかった。これ以上はもう止まれない気がした。


 五本の氷の槍がナオトの体の間を縫うよう交錯し、地面に突き刺さる。その氷の槍のせいでナオトは身動きが取れなくなる。


「参りました」


 ナオトがそう言うと、ナオトの体を封じていた氷の槍が砕け散り綺麗な小さい氷のカケラがナオトの周りに煌めいた。

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