Shining silver snow*① 隣でぎゅっとして。

 顔見たら涙が止まらない。

 隣の席じゃなくなった。

 だけどやっぱり諦めたくないよ。



 12月24日の朝。わたしはぐちゃぐちゃになった布団の中にいた。


 今日はクリスマスイヴで1年の2学期の終業式。

 式が終わったらもう冬休み。


 わたしはベットの横に置いてあるうさぎ型時計を見る。

 時計は8時を示していた。


 いつもならもうとっくに登校してる時間…。


雪羽ゆきは、起きなさい」

「遅刻するわよ」

 お母さんが階段の下からうるさく呼びかけてくる。


 お母さんの声…起きなきゃ。


 そう思うのに体を起き上らせようとしても力が入らない。

 相可おおかくんの隣の席じゃなくなったから?


 …そうだ、猫。


 猫が気になったことで力が入り、なんとか起きられた。


 布団をめくり上げてベットから降り、


 シャッ!

 ベランダに続く扉を隠した淡い青色の雪柄のカーテンを開ける。


 猫はいなかった。

 わたしは眉を下げ、ふっ、と笑う。


 わたし、何を期待していたんだろ。

 いる訳ないのに。


 …きっと、猫は今頃一人で旅立って、

 何食わぬ顔をして道を歩いてるんだろうな。

 だったらわたしも、ここで立ち止まっている訳には行かない。


「…着替えよう」


 わたしはハンガーにかかった制服をベットの上に置く。


 相可おおかくんに会うの気まずい。

 だけど今日を乗り越えたら冬休み。


 ふわふわのパジャマの上から制服をぎゅっと抱き締める。

 両目が少し潤む。


 ――うん、大丈夫。


「一人で生きて行くって決めたんだもん」


 きっと乗り越えられる。



雪羽ゆきは、遅いから心配したわよ」

 キッチンで向かいの椅子に座っているお母さんが話しかけてきた。


「昨日はコートに猫の毛いっぱいつけて帰ってくるし…」


 お母さんは、はぁ、と深く息を吐く。

「隣の猫が可哀相なのは分かるけど、もう触っちゃだめよ」


「うん、ごめんなさい…」


 わたしは焼き目が兎の顔になった朝食のホットサンドをかじる。


 あ…ホットサンド冷たい。

 コーンスープも冷めちゃった。


 お母さんが心配そうな表情を浮かべる。

雪羽ゆきは、今日調子悪そうね」

「終業式だけだから休んだら?」


 わたしは、へらっと力なく笑う。

「お母さん、大丈夫」

「わたし、高校行くから」



 15分後、1年A組の教室の前に着いた。

 わたしはぎゅっと鞄の肩紐を掴む。


 …教室、入りずらいな。

 廊下側から春花はるかちゃん、相可おおかくん、姫乃ひめのちゃん、林崎りんざきくん…4人とも1番前の席とか、ほんとう地獄…。

 だけど入らなきゃ。


 ――ガラッ。

 わたしは勇気を出して前の扉を開ける。


「え!? 姫乃ひめのぎんくんに振られた!?」

 教壇の周りで相可おおかくんファンの女の子達が騒いでいた。


 …え?

 わたしは驚いて固まる。


「ほんとに!? マジ!?」

「マジマジ、B組の子が偶然、告白聞いたらしい」


 …わたし以外にも聞いた子いたんだ。

 良かった助かった…けど…。


「めっちゃ広まってるね」


りん、うっさい」

 姫乃ひめのちゃんは伏せ寝しながら左隣に座る林崎りんざきくんの背中をバシッ! と叩く。


 え、え…!?

 ちょっと待って…。

 え…なんで?


 なんで相可おおかくん姫乃ひめのちゃんのこと振ったの?


 両想いだと思ってたのに――。


「あ、おはよぎん

 林崎りんざきくんが名前を呼ぶと、わたしは隣を見る。


 相可おおかくんが隣に立っていた。


「キャー! ぎんくん、キター!」

 ぎんくんファンが叫ぶ。


 相可おおかくんは、黒のパーカーと淡い青色でチェック柄のネクタイの上に雪色のブレザーを羽織り、右肩にチョコレート色の鞄をかけている。


 相可おおかくん…。


「なんで姫乃ひめのちゃんのこと…」

 わたしはハッとして右手で自分の口を塞ぐ。


 わたし、何、話しかけて…。

 もう、一人で生きて行くわたしには関係ないのに。


「鞄落としたの、やっぱりお前だったんだな」


 え…昨日告白聞いてたのバレて…。


 相可おおかくんは、わたしの耳元に唇を近づけてくる。


 え…何…?


 相可おおかくんは甘く囁いた。

「…話がある」

「…終業式後、教室で」



 終業式、終わった……。

 校長先生の話、何も頭に入って来なかったな。


 髪の上から右耳に手で触れてみる。


 あ…まだ熱い。

 甘い声だったな…。


 相可おおかくん、話ってなんだろう。


 あの後、何も答えずに席に着いた。

 このまま教室に戻って、

 帰りのSTショートタイム聞いて一人で帰れば大丈夫だよね…?


 ふらぁ…。


 こんな時に…。

 どうしよう…教室に戻らなきゃ…いけないのに…。

 あ…だめだ、もう限界。


 わたしは廊下の壁に右手をつく。


 みんな教室に戻って行っちゃったし、少し休もう…。


 疲れてしまったわたしは廊下の窓の下で崩れ落ちしゃがみ込む。


 ――――パタ。

 後方から、シューズの音が響いた。


 パタパタ。

 足音が近づいてくる。


 …誰?

 もう誰でもいいや。

 一人で生きて行くって決めたから。


 わたしはしゃがんだまま両手の平を合わせて広げる。


 朝、雪降ってたのに雪受け取れなかったな…。


 足音がピタリと自分の前で止まった。


 ふわっ…。

 雪みたいに両手の平に飴が降ってくる。


 わたしは驚く。


 え…“銀のミルク”?


 わたしは顔をゆっくりと上げた――――。


「なんで…」

 声が震える。


 目の前に林崎りんざきくんが立っていた。

 林崎りんざきくんは黒のセーターと淡い青色でチェック柄のネクタイの上に雪色のブレザーを羽織っている。


 なんで林崎りんざきくんがいるの?


 林崎りんざきくんは、わたしの隣にしゃがむ。


 動揺しながら振り向くと、

 林崎りんざきくんは真面目な顔をし、口をゆっくりと開けた。


「入学式の時、飴あげたの俺だから」


 え…。

 わたしは動揺する。


「入学式の後」


ぎんと話しながら歩いてたらさ」

「今みたいにしゃがみ込んでる雪羽ゆきはちゃんを見つけてね」

「顔を見たら元カノのめいに似てて、放って置けなくて飴を渡したんだけど」


ぎんと少し歩いて振り返ったらさ」

雪羽ゆきはちゃんが泣きながら飴を食べてたんだ」


「その顔が忘れられなくて、ずっと目で追うようになったんだよ」


 わたしの両目が揺れる。


 嘘…。

 そんな…そんなの嫌だよ。


 ――飴、渡したの、俺じゃない。

 ぎんくんの昨日の言葉は、ほんとうで、


 わたし、ずっと“勘違い”してたなんて。


「それから8ヶ月」


「ようやく雪羽ゆきはちゃんの隣の席になれたのに」

「昨日席離れて改めて思ったんだ」


「このまま雪羽ゆきはちゃんを一人にしたくないって」



「俺、雪羽ゆきはちゃんのことが好きだよ」

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