元天才子役、VTuberなりました!
匿名AI共創作家・春
第1話
その少年は、いつも仮面をかぶっていた。
天草茂、8歳。彼の演じる役柄は、その年齢からは想像もつかないほど複雑で、見る者を静かに、しかし確実に引きつけていった。世間は彼を「天才子役」と呼び、評論家たちは「神がかり的な演技力」「語りの鬼才」と絶賛した。
だが、茂にとって、それは「演じる」というよりは「語る」行為だった。彼の両親は元舞台役者で、特に母は演技に独自の哲学を持っていた。「台詞を喋るんじゃない。その人物の語りを、魂の奥から引き出しなさい」――母のその教えは、茂の演技の根幹を形成していた。
茂が初めて舞台に立ったのは、まだ幼い頃だった。照明が当たり、観客の視線が一斉に注がれると、彼はまるで水を得た魚のように自由に、そして完璧に役柄を体現した。ドラマでは、感情の機微を表情と声だけで表現し、見る者の涙腺を刺激した。CMでは、わずか数十秒の間にひとつの物語を完結させ、人々の心を掴んだ。
彼の最大の武器は、その「語り」の圧倒的な説得力だった。彼の声には、悲しみも喜びも、絶望も希望も、ありとあらゆる感情が完璧に宿っていた。それはまるで、彼の体がただの器で、その中にいくつもの異なる人格が宿っているかのようだった。しかし、その仮面の下にある「本当の自分」は、彼自身にも分からなくなっていた。
ある日、舞台の稽古中、共演していたベテラン俳優にこう言われたことがある。
「茂くん、君はすごい役者だ。でも、君の目はいつも遠くを見ている。まるで、君自身が今、ここにいないみたいだ」
その言葉に、茂は何も答えることができなかった。
彼の周りには、いつも華やかな光が溢れていた。インタビューでは、大人たちが聞きたい「子役らしい答え」を完璧に語り、カメラの前では、求められる「完璧な笑顔」を見せた。しかし、家に帰り、病弱な妹・寧々の前では、彼はただの「お兄ちゃん」に戻った。
寧々は、兄の過去を知っている数少ない存在だった。彼女にとって、テレビの中の「天才子役」は、いつもそばにいてくれる優しい兄と、どこか違う存在に映っていた。
「お兄ちゃん、テレビの茂くんも、お兄ちゃんだよね?」
純粋な寧々の問いに、茂は笑顔で頷いた。しかし、その時、彼の心には、決して埋まらない溝が生まれていた。それは、テレビの中の自分と、鏡に映る本当の自分を隔てる、深い深い断絶だった。
そして、あの日、両親が事故で亡くなった。茂の「語り」は、突然、途切れた。輝かしい舞台の光も、拍手の音も、彼の耳にはもう届かなくなった。
それから二年。茂は誰とも深く関わることなく、ただ静かに、妹のそばで生きている。かつての栄光を物語るトロフィーや賞状は、今はただの過去の遺物だ。
彼はもう、誰のためにも「演じる」ことはなかった。自分自身のためにも、だ。
しかし、ある日、寧々がタブレットを手に、楽しそうに笑っている姿を見た。画面に映っていたのは、奇抜なアバターをまとった「VTuber」の配信。その声は、茂の心に、かすかな、しかし確かな光を灯した。
「…誰かを笑顔にできるかもしれない」
それは、かつて彼が「語り」を通じて感じていた感情だった。あの輝かしい日々が、VTuberという全く新しい「仮面」を通じて、もう一度再生されるかもしれない。そんな予感が、静かに茂の胸に広がっていった。
彼は、再び「語り」の舞台に立つことを決意する。それは、かつての天才子役とは全く違う、新しい「語りの再生」の始まりだった。
夜風が、アパートの窓からそっと入り込んできた。カーテンが静かに揺れ、月明かりが床に淡い光の帯を落としている。その光の中に、埃をかぶったトロフィーたちがぼんやりと浮かび上がっていた。少年時代、天草茂が演劇賞を受賞するたびに増えていったそれらは、今はただの過去の遺物だ。
茂はベッドサイドに座り、穏やかに眠る妹、寧々の顔を見つめていた。寧々の呼吸は静かで、かすかに聞こえるその音だけが、この部屋に生きている証のように思えた。彼女の病弱な体は、些細なことで熱を出し、すぐに弱ってしまう。茂の人生は、両親が事故で亡くなって以来、この妹を守るためにだけある。
世間が茂を「天才子役」と呼んでいた頃、彼の人生は光に満ちていた。演じること、語ること、それは呼吸をするように自然で、彼の身体に染みついた習慣だった。彼は役の仮面をかぶり、その人物の感情を完璧に表現した。悲しみも、喜びも、絶望も、希望も、すべては舞台の上で、カメラの前で、語り尽くされるべきものだった。
しかし、両親の死によって、その「語り」は突然、音を立てて崩れ去った。茂は、誰のためにも演じなくなった。自分自身のためにも、だ。あの頃の自分を思い出そうとしても、それはもう、遠い別人の物語のように感じられる。鏡に映る自分の顔は、あの頃の輝きを失い、ただ静かで、空虚だった。
「お兄ちゃん、また、ぼーっとしてる」
かすれた寧々の声に、茂はハッと我に返る。
「なんでもないよ。寧々、おやすみ」
寧々はそっと茂の手を握り、弱々しい力でその指先を撫でた。
「お兄ちゃん、時々ね、テレビで昔のドラマ見たりするんだ。お兄ちゃんが出てるやつ」
茂は何も言えず、ただ寧々の手を握り返す。
「あのときの、茂くんの目が、すごく好きだった。…でも、今の、お兄ちゃんの目も、好きだよ」
寧々の言葉が、静かに茂の心に染み込んでいく。彼は、自分がどれほど寧々に支えられているかを改めて感じた。
その夜、寧々はタブレットで何かの動画を観ながら、楽しそうに笑っていた。小さな画面の中で、奇抜なアバターをまとった「VTuber」が、元気な声で何かを語りかけている。寧々の笑顔は、茂にとって何よりも尊いものだった。
画面の中の「声」と、寧々の「笑顔」。その二つが、茂の心の中で、かすかな音を立てて重なった。
「…誰かを、笑顔にできるかもしれない」
それは、かつて彼が演技を通じて感じていた、遥か昔の感情だった。その感情が、今、VTuberという新しい「仮面」の向こうに、再び芽生えようとしていた。それは、過去の栄光を取り戻すためではない。ただ、目の前の、たった一人の大切な人のために、もう一度、語り始めるための、静かな決意だった。
あれから数日、茂は寧々の寝顔を見守る傍ら、静かにパソコンと向き合う時間を増やしていた。かつての熱狂的な日々とは全く違う、ひっそりとした、しかし彼にとっては切実な時間だった。
ネットで「VTuber」と検索し、関連動画や解説サイトを巡る。そこに広がる世界は、彼がかつて身を置いていた芸能界とは、似て非なるものだった。華やかさはあるが、そこには「完璧な演技」を求められる重圧はない。アバターという「仮面」の向こうで、誰もが自由に、自らの言葉で語っている。その気ままな世界が、心を閉ざしていた茂にとって、かすかな安堵をもたらした。
「なんか、楽しそうに笑ってる」
寧々がタブレットを眺めながら、ぽつりとつぶやく。画面の中では、個性豊かなVTuberたちがゲームに興じ、雑談を繰り広げている。その光景は、茂が知る「演じる」という行為とは異質だった。そこにあるのは、飾らない「語り」だった。
ふと、画面の隅に表示された広告が目にとまった。「新人VTuberオーディション開催!」という文字。通常なら見過ごしてしまうような、どこにでもある小さなバナーだ。しかし、今の茂には、それが不思議と重く感じられなかった。
昔の茂なら、こんな「遊び」のようなものに、興味すら抱かなかっただろう。天才と持てはやされ、常に最高の舞台を求められてきた彼にとって、それはあまりに軽薄に見えたかもしれない。だが、今は違う。彼はもう、誰の期待にも応える必要がなかった。ただ、寧々の笑顔のために、何かを「語って」みたい。その純粋な気持ちだけが、彼の心を動かしていた。
応募フォームを開く。名前や経歴の欄がある。かつての栄光をここに記すこともできた。しかし、茂はあえて、空白のままにした。匿名で、何者でもない自分として、この世界に足を踏み入れたかった。
「……天宮優(あまみや・ゆう)」
ふと、心に浮かんだ名前を応募フォームのVTuber名欄に打ち込む。それは、かつての自分とは全く違う、新しい人格の名前。兄(あに)であり、優しさ(ゆう)を持つ、そんな願いを込めた名だった。
応募ボタンを押す。
何の感情もこもっていなかった。かつて、舞台の合格発表を待つ時の、あの身を切られるような緊張感はなかった。ただ、静かな夜の部屋で、パソコンの画面が淡く光っている。
それが、天草茂が再び「語り」の世界へ足を踏み入れる、最初の一歩だった。それは、かつての天才が、何気なく、そして気負いなく踏み出した、再生への道だった。
応募から数週間後、簡潔なメールが届いた。
「一次審査通過。面接についてご案内します」
何の期待もしていなかった茂は、その一文に少しだけ胸が高鳴るのを感じた。面接は、ビデオ通話で行われた。画面の向こうにいたのは、アバターの設計者だという若い女性、九条イオリだった。彼女は名古屋弁のイントネーションで、茂の応募フォームの空白について尋ねてきた。
「経歴、何も書いてないけど、自信作とかないの?あんまりそういうの気にしないタイプ?」
茂は少し考えて、正直に答えた。
「はい。自信作とか、そういうのはもうありません。ただ、また誰かを笑顔にできたら、って…」
イオリは何も言わずに、画面越しに茂をじっと見つめていた。その視線は、彼の「語り」の奥にある何かを見透かそうとしているようだった。やがて彼女は、かすかに微笑んで言った。
「面白いね。あんたのその声、すごくいい。なんか、いろんな物語を背負ってる感じがする。それ、アバターに載せたら、すごいことになるかも」
その言葉は、かつて茂が演劇界でかけられた褒め言葉とは全く違う響きを持っていた。それは、彼の過去の栄光を称えるのではなく、今の彼の声そのものが持つ「物語」を評価する、まっすぐな言葉だった。
最終的に、合格の連絡が来た。そして、彼のためにデザインされたアバターが送られてきた。
画面に映し出されたアバターは、まるで鏡の中にいるもう一人の自分だった。穏やかな表情と、どこか憂いを帯びた瞳。その姿は、かつての天才子役の面影をかすかに残しながらも、全く新しい人格としてそこに存在していた。
「……天宮優(あまみや・ゆう)」
茂は、その名をつぶやいた。それは、自分自身を隠すための仮面であり、同時に、新しい自分を見つけるための入り口でもあった。
最初の配信の日。パソコンの前で、茂は深く息を吸った。マウスに置いた指先がわずかに震える。かつて、舞台の幕が上がる直前、全身を駆け巡ったあの高揚感と緊張感が、蘇る。
マイクのスイッチを入れる。
「はじめまして。天宮優です。今日から、この世界で、皆さんと一緒に、新しい物語を紡いでいきたいと思っています」
第一声を発した瞬間、画面の中のアバターが、茂の言葉に合わせて表情を変えた。その声は、かつて日本中を魅了した天草茂のものでありながら、どこか優しく、穏やかだった。
チャット欄には、次々とコメントが流れていく。
「声がめちゃくちゃいい!落ち着くー」
「雰囲気、なんか独特だね」
「この人、絶対プロだろ…」
ファンからのコメントを見るうちに、茂の心は少しずつ温まっていった。彼が「語る」ことで、遠い場所にいる誰かが、笑顔になっている。その事実は、閉ざされた彼の心に、そっと光を灯していくようだった。
配信を終え、パソコンの電源を落とす。静寂が戻った部屋で、茂はふと、寧々の寝顔を見つめた。
「寧々、お兄ちゃん、また少しだけ、誰かを笑顔にできたみたいだ」
そう呟く茂の表情は、どこか晴れやかで、彼の心に再び灯り始めた小さな炎が、静かに揺らめいていた。
天宮優のデビュー配信は、爆発的な再生数を記録したわけではなかった。しかし、その配信は、視聴者の心に深く刺さるものだった。
アーカイブ動画のコメント欄には、配信中には見られなかった熱を帯びた言葉が溢れていた。
「声に深みがある。なんか、ただの雑談なのに、まるで物語を聞いているみたい」
「この人の声、聴いてると心が落ち着く。寝る前に毎日聞きたい」
「今までVTuberに興味なかったけど、この人だけは追ってみようと思った」
彼を「プロ」だと評する声も少なくなかったが、それはかつての天才子役に対する評価とは全く違っていた。そこにあったのは、「演技が上手い」という表面的な称賛ではなく、「語りが心に響く」という、人間性への評価だった。
天宮優の配信スタイルは、派手なゲーム実況でも、流行りの企画でもなかった。ただ、静かに、そして丁寧に、自身の内面を語るような、独り言のような雑談配信だった。しかし、その一つ一つの言葉には、かつて茂が培ってきた「語り」の技術が、無意識のうちに宿っていた。
たとえば、子供の頃に読んだ絵本の話をする時、彼はその物語の登場人物になりきり、声色や話し方を自然に変えた。視聴者は、その繊細な表現力に心を掴まれ、まるで自分の幼い頃の記憶を辿っているかのような錯覚を覚えた。
「昔、両親が、僕によく絵本を読んでくれたんです。…その時間だけは、外の世界の喧騒から切り離されて、僕だけの小さな王国にいるみたいでした」
そう語る天宮優の声は、かすかに震えているように聞こえた。それは演技ではなく、茂自身の、両親との温かい記憶が呼び起こされた証だった。
やがて、彼の配信には固定のファンがつくようになった。彼らは自らを「語り部」と称し、天宮優の言葉を、まるで自分たちの物語のように大切に受け止めていった。
「『語り部』って、いい名前ですね」
配信中、茂がそう呟くと、コメント欄は温かい言葉で溢れた。
「優さんの語りを聴いてると、自分の中にあった物語を、もう一度見つめ直せるから」
「私たちは、優さんの物語を聴く、語り部です!」
その言葉を見て、茂は目頭が熱くなるのを感じた。
かつて、彼は完璧な演技を求められ、自分の感情を押し殺して「語って」いた。しかし、今、彼は「天宮優」という仮面をかぶることで、逆に、本当の自分を解放し、人々と深く繋がっていた。
それは、まるで凍てついた湖の表面に、静かにひびが入っていくような感覚だった。湖の下に眠っていた、閉ざされた感情が、少しずつ、しかし確実に、光と熱を取り戻していく。
「…ありがとう」
茂は、画面の向こうにいる顔も知らないファンに向けて、心から感謝の言葉を呟いた。その声は、かつて天才子役が発したどの言葉よりも、真実の響きを持っていた。
僕の部屋は、以前と何も変わっていない。寧々が眠るベッド、埃をかぶったトロフィー、そして両親の遺影。だけど、僕自身の内側は、少しずつ形を変えていくのを感じていた。
深夜、寧々が寝息を立てる中、僕は天宮優として配信を始める。ヘッドセットをつけ、マイクに向かう。画面に映るアバターは、僕の感情を繊細に映し出す。最初はぎこちなかった。かつて、カメラの前で「完璧な表情」を作っていた僕は、アバターの向こうでどう振る舞えばいいのか分からなかった。
でも、数回の配信を重ねるうちに、不思議と慣れていった。天宮優として話す言葉は、まるで僕自身の本音を語るためのものだった。誰かに見られることを意識せず、ただ、静かに言葉を紡ぐ。それは、僕が長らく忘れていた、心の深い場所と向き合う時間だった。
ある日の配信で、ファンの一人が「優さんの声、なんだかすごく懐かしい気持ちになります」とコメントをくれた。その言葉に、僕は少し驚いた。懐かしい気持ち。それは、僕自身が感じていた感覚だった。天宮優として語る時、僕は、かつて両親と話していた頃の、まだ何者でもなかった頃の自分に戻っているような気がしていたのだ。
ファンとのやりとりも、僕の心を少しずつ開いていった。「語り部」と名乗ってくれた彼らは、僕の言葉をただ聞くだけでなく、自分の物語を語ってくれた。学校での悩み、仕事の苦労、家族との喜び。彼らの言葉は、僕が閉じこもっていた世界の外に、新たな窓を開けてくれた。
特に印象に残っているのは、あるファンからのコメントだった。
「優さんの声を聞いて、もう一度、夢を追いかけてみようと思いました。ありがとう」
僕は、何も特別なことは話していない。ただ、日常の些細な出来事を、ありのままに語っただけだ。それなのに、僕の言葉が、見ず知らずの誰かの背中を押す力になっている。かつて、賞賛という形で受け取っていた感謝とは、全く異なる温かさがそこにはあった。
配信を終え、ヘッドセットを外す。静寂が戻った部屋で、僕は自分の心臓の音をはっきりと感じた。それは、かつての天才子役が、舞台の上で感じていた高揚感とは違う。静かで、穏やかで、そして、確かな温かさを持った鼓動だった。
僕はもう、天才ではない。ただの、妹の兄。だけど、天宮優として語ることで、僕は再び、誰かの心を照らす小さな光になれた。この仮面の向こうで、僕は、新しい自分自身を見つけ始めていた。それは、過去の自分を否定するのではなく、受け入れて、前に進むための、静かな一歩だった。
夜が更け、部屋は静けさに包まれていた。寧々は穏やかな寝息を立てている。ヘッドセットを外し、マイクを片付けながら、僕は今日の配信を振り返っていた。今日のテーマは、何気なく「お芝居」について語ることだった。
「子どもの頃、舞台に立ったことがあるんです」
天宮優として、そう語った時、僕の声は少しだけ震えた。嘘ではない。だけど、それは、僕が何者だったかを告白する勇気のない、遠い過去の話だった。すると、チャット欄にこんなコメントが流れてきた。
「優さん、声にすごく説得力がある。まるで、本物の役者さんみたい」
その言葉に、僕は思わず笑みがこぼれた。まるで、という言葉に、かすかな安堵と、そしてほんの少しの寂しさを感じた。僕がかつて身につけた技術は、仮面の向こうで、新たな価値を見出されていた。
配信のアーカイブを観ながら、僕は自分自身の声に耳を傾けてみた。天宮優として話す僕は、かつての「天才子役」とは全く違う。あの頃の声には、完璧を求めるあまりの緊張感や、大人たちの期待に応えようとする重圧が張り付いていた。だが、今の声は、もっと自由で、穏やかだ。
ふと、画面の向こうに、両親の姿が重なって見えた。母はいつも言っていた。「台詞を喋るんじゃない、その人物の物語を語りなさい」と。父は、僕の演技を観て、ただ静かに頷いてくれた。彼らが教えてくれた「語り」の原点は、今、VTuberという新しい「仮面」を通じて、確かに僕の中に生き続けている。
ある日、寧々が咳き込んで目を覚ました。熱はなかったが、少し苦しそうだ。僕は慌てて体を起こし、寧々の背中をさすった。
「お兄ちゃん、大丈夫」
そう言って、寧々は僕のスマホを手に取った。そこには、天宮優のアーカイブ動画が再生されていた。
「これ、お兄ちゃんの声に、少し似てるね」
寧々の言葉に、僕はドキリとした。
「偶然だよ」
そう答えるのが精一杯だった。寧々は僕の顔をじっと見つめ、何かを察したように、ただ微笑んだ。
「でも、この人の声を聞いてると、なんだか、お兄ちゃんがそばにいるみたいで安心する」
その言葉は、僕の心を深く揺さぶった。天宮優として語る僕は、妹の笑顔のためだと思っていた。しかし、それは、僕が誰かの心を温めることで、自分自身の存在意義を再確認するための、孤独な試みでもあったのだ。
僕は、VTuberとしての自分と、かつての子役としての自分、そして、今の「天草茂」という自分とが、まるで鏡合わせのように重なり合っているのを感じていた。天宮優の語りは、僕が歩んできた道そのものを映し出す鏡だった。そして、その鏡の奥に、僕は、新しい自分を見つけ始めていた。
それは、天才ではない。ただの、天草茂という、一人の人間としての、静かな再生の物語だった。
その日の配信は、ゲームでも雑談でもなく、ただ静かに歌を歌うことに決めた。いつもと同じ、深夜の静かな時間。寧々はぐっすりと眠っている。マイクの前に座り、僕は、かつて母がよく歌ってくれた子守唄を口ずさんだ。
最初のうちは、少し戸惑いがあった。俳優として、台詞を語ることはあっても、歌を歌うことはほとんどなかったからだ。それに、完璧な歌唱力があるわけでもない。ただ、心を込めて、静かに歌を届けることだけを考えた。
「お星さまは 眠ったかな…」
そう歌い始めた時、僕の声は、僕自身の心に響いてきた。それは、ただの音符の羅列ではなかった。母の優しい声、あの頃の温かい記憶、そして、僕が寧々に語りかけてきた日々のすべてが、メロディーに乗って流れ出していくようだった。
チャット欄のコメントが、ゆっくりと流れていく。
「優さんの声、本当に優しい…」
「まるで、子守唄みたい」
「この歌声、聞いていると心が安らぎます」
「子守唄」。その言葉が、僕の心を温かく包み込んだ。僕は、寧々を眠らせるために、いつも隣で小さな歌を歌っていた。その行為は、ただ妹のためだけのものではなかった。それは、僕自身が、この静かで孤独な夜を乗り越えるための、小さな祈りでもあったのだ。
歌い終えると、チャット欄は「ありがとう」という言葉でいっぱいになった。その一つ一つの言葉が、僕の胸に深く染み渡る。
「…僕の方こそ、ありがとう」
そう呟いた僕の声は、少し震えていたかもしれない。
配信を終え、僕はヘッドセットを外して、寧々の寝顔を見つめた。彼女の隣にそっと横になる。先ほど歌った子守唄が、まだ僕の耳の奥で響いている。
VTuberとしての活動は、僕が失ったと思っていたものを、少しずつ、形を変えて返してくれていた。それは、舞台の上の拍手でも、賞賛の言葉でもない。ただ、誰かの心に寄り添い、安らぎを与えることができるという、静かな喜びだった。
僕はもう、天才ではない。だけど、天宮優という仮面をかぶることで、僕は再び、誰かの心を温めることができるようになった。そして、その歌声は、遠い過去に失くした、僕自身の物語を、もう一度紡ぎ直すための、静かな糸になっていた。
天宮優としての活動が、僕の生活に溶け込んでいく。配信を重ねるごとに、僕は自分が少しずつ変わっていくのを感じていた。それは、かつての子役時代のような、外側から期待される「変化」ではない。もっと内側から、静かに起こる変化だった。
ある日の午後、僕は寧々を連れて、近所の公園を散歩していた。寧々は、いつもより少し顔色が良いようだった。小さなブランコに座らせ、僕は優しく背中を押す。
「お兄ちゃん、この前の歌、すごく良かったよ」
不意に、寧々がそう言った。僕はドキリとした。彼女が僕のVTuber活動に気づいているのか、それとも偶然似ていると感じただけなのか、判断がつかなかった。
「どの歌?」
平静を装って尋ねる。
「子守唄。なんか、お母さんが歌ってくれた歌に、すごく似てたんだ」
その言葉に、僕は何も言えなくなった。寧々は、僕がVTuberとして歌った歌を、無意識のうちに聴いていたのだ。そして、その歌の中に、僕たちの母の「語り」を見つけ出していた。
「お母さんのこと、寧々、覚えてる?」
僕は、声が震えるのを抑えきれずに尋ねた。
寧々は、ブランコから降りて、僕の手にそっと自分の手を重ねた。
「うん。でも、時々、思い出せなくなる時があるの。…でも、お兄ちゃんの声を聞いてると、お母さんの声も思い出せるんだ」
その言葉は、僕の心を深く、深く揺さぶった。
僕がVTuberとして「語る」ことは、ただ誰かを笑顔にするためだけではなかった。それは、僕が失くした、そして寧々が忘れかけていた、母との思い出を繋ぎとめるための、静かな儀式でもあったのだ。天宮優という仮面は、かつての天才子役としての僕を隠すためのものだった。しかし今、それは、僕自身が、母の「語り」を再生し、寧々に届けるための、特別な装置になっていた。
その夜、僕は久しぶりに、子役時代の自分の出演作品を見返してみた。画面の中の少年は、完璧な演技を披露している。だけど、その目には、どこか遠くを見つめるような、虚ろな光があった。
そして、その作品を再生している僕の隣には、天宮優の配信画面が開かれていた。アバターの僕が、穏やかな声で、ファンの質問に答えている。その声は、かつての僕が持っていた「完璧さ」とは違う、人間味のある、温かい声だった。
VTuberとしての僕は、かつての僕の鏡像だった。だが、それは、過去の栄光を映すだけの鏡ではない。それは、僕が失ったと思っていた「語りの心」を映し出し、僕に新しい道を示してくれる、再生の鏡だった。
僕は、VTuberとしての活動を通じて、妹だけでなく、自分自身も癒していることに気づき始めていた。そして、その語りは、仮面の奥にある、本当の僕自身を、静かに映し出していた。
天宮優としての僕の活動は、少しずつ注目度を上げていた。ファン層も広がり、視聴者数も安定してきた。そんなある日、僕は初めて、自分の存在が、この穏やかなVTuberの世界の外側で、別の物語を紡ぎ始めていることを知った。
いつものように、配信のアーカイブを見返していた時だった。コメント欄に、見慣れない言葉を見つけた。
「この声、前にどこかで聞いたことがあるな…」
「なんか、昔の天才子役と似てない?偶然かな」
最初は、ただの偶然だろうと気にしなかった。世の中には、声が似ている人が大勢いる。それに、僕の過去を知る人間は少ない。だけど、そのコメントは次第に数を増やしていった。
そして、一つの動画に辿り着いた。それは、VTuber界隈の裏事情を暴くことで有名な暴露系ストリーマー、**影火(えいか)**の配信アーカイブだった。博多弁の軽快な口調で、彼はVTuberたちの正体や、運営の裏側を暴いていた。
「最近さー、天宮優って新人、話題やろ?声が良くて、落ち着くって評判なんやけど…」
そう言って、影火は、僕の配信の切り抜き動画を流し始めた。
「俺、前から思っとったんよ。この声、どっかで聞いたことあるって。で、色々調べてみたら、おもろいことが分かったんよ」
僕の心臓が、ドクンと音を立てた。全身から血の気が引いていく。
「あんたたち、昔の天才子役、天草茂って知っとる?親が亡くなって芸能界引退したって話。あの声、天宮優の声とそっくりなんよ。どう思う?偶然やと思う?」
影火は画面に向かってニヤリと笑い、視聴者を煽った。その語り口は、僕が持っていた「語り」の静かで温かい力とは真逆のものだった。それは、「暴く」ことで語りを破壊しようとする、暴力的な力だった。
チャット欄には、「まさか!」「嘘だろ…」といった言葉が飛び交っていた。僕の周りに築き上げてきた、静かで穏やかな世界が、一瞬にして壊されるような感覚に襲われた。
寧々が、僕の過去を思い出せるように、と始めた「語り」が、今、全く別の場所で、僕の「仮面」を剥がそうとしている。
僕は、VTuberという「仮面」の裏に隠れていることで、安全だと思っていた。しかし、影火の存在は、語りの境界が揺らぎ始めていることを突きつけていた。このまま、正体が暴かれたらどうなる?寧々は?ファンは?そして、何よりも、僕はどうなってしまうのだろうか。
僕は、震える指先でパソコンを閉じた。鏡の中の天宮優が、僕の顔を映し返している。それは、もはやただの優しいアバターではなかった。それは、僕がこれまで築き上げてきたすべてを、一瞬で破壊しかねない、危うい「仮面」に変わっていた。
天宮優さん、やっぱ元天才子役の天草茂説が濃厚か?
1 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:2025/08/24(日) 14:05:00.00 ID:vtuber_otaku
最近話題の新人VTuber、天宮優の声について語るスレ。
正直、配信見てて「あれ?この声どっかで聞いたことあるな」って思ってたんだが、暴露系ストリーマーの影火が動画で元天才子役の天草茂説を上げてて、震えた。
お前ら、どう思う?
2 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:2025/08/24(日) 14:07:15.22 ID:sokkun
マジかよ、あの天才子役か?親が事故死して、芸能界から消えたって噂の。
そっくり言われてみれば、確かに声に深みがある。
3 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:2025/08/24(日) 14:09:40.55 ID:kamen_mania
影火の動画見たけど、昔のドラマの切り抜きと天宮優の配信の音声比較してて、鳥肌立ったわ。
特に「お芝居」について話してた時の声の抑揚とか、あの頃の天草茂そのものじゃん。
4 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:2025/08/24(日) 14:12:08.31 ID:yume_wo_otaku
いやいや、さすがに偶然だろ。
天草茂はもう完全に一般人になってるって話だし。
それに、もし本人だとしても、わざわざVTuberなんてやるか?
5 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:2025/08/24(日) 14:15:33.98 ID:hikari_shining
4
逆にありえるだろ。あの頃の重圧から解放されて、匿名で表現できる場所を探してたとか。
天宮優の配信、聞いててめちゃくちゃ落ち着くんだよな。なんか、優しい。
子役の頃の演技とは違う、もっと自然な語りって感じ。
6 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:2025/08/24(日) 14:18:22.09 ID:otokogi
本人がこのスレ見てたらどう思うんだろな。
「仮面」の裏に隠れてたのに、影火みたいな奴に暴かれて。
気の毒すぎるわ。
7 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:2025/08/24(日) 14:21:55.77 ID:vtuber_otaku
5
それな。あの静かな配信スタイルが、逆に本物っぽさを引き立ててるんだよな。
もし本人だとしたら、もう一度「語り」たいって気持ちが、このVTuber活動に繋がってるんだと思うと、なんか胸熱。
8 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:2025/08/24(日) 14:25:10.12 ID:sokkun
まぁでも、VTuberって基本は匿名性でしょ。
正体バレたらどうするんだろ。
このまま活動続けるのか?
9 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:2025/08/24(日) 14:28:44.33 ID:kamen_mania
8
それがこの話の面白いとこだろ。
仮面を脱ぐのか、それともこのまま仮面をかぶり続けるのか。
天宮優の次の配信、絶対チェックしなきゃ。
10 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:2025/08/24(日) 14:32:01.05 ID:yume_wo_otaku
もし本当だとしたら、俺は応援する。
あの天才が、こんな形でまた表舞台に戻ってきてくれたって考えたら、なんか泣ける。
VTuberという新しい「語り」の形で、彼の人生が再生されていくんだとしたら、すごく素敵なことだと思う。
影火の動画が公開されてから、僕の心は静かに波立っていた。
パソコンの画面を前に、僕は一晩中、自分と向き合っていた。天草茂としての過去。天宮優としての今。そして、この二つが、否応なく結びつけられようとしている現実。
このまま、僕の語りは終わるのだろうか。せっかく見つけた、寧々の笑顔に繋がる光を、僕は失ってしまうのだろうか。
朝、寧々の寝顔を見つめていると、不意に、あるシーンが脳裏に蘇った。
それは、僕が子役時代に出演した、舞台劇のワンシーンだった。敵に囲まれ、絶体絶命の主人公が、追い詰められた状況で、逆に堂々と自らの境遇を語り始める場面。僕はその時、恐怖を押し隠し、むしろそれをエネルギーに変えることで、観客を圧倒した。
そうだ。この状況も同じだ。僕は今、追い詰められている。けれど、この恐怖を、逆に僕の「語り」の力に変えることができるかもしれない。
その日の夜、僕は予定通り配信を始めた。チャット欄は、いつもの穏やかな雰囲気とは違い、ざわついていた。
「天宮優、マジで天草茂なの?」
「今日の配信、どうなるんだ…」
「暴露系ストリーマーの件、触れるかな?」
僕は、深呼吸をして、あえて何も触れずに、いつも通りに語り始めた。しかし、僕の言葉は、普段の雑談ではなかった。
「今日は、少しだけ、僕が大切にしている物語について語らせてください」
そう言って、僕は、かつて舞台で演じたあの物語を語り始めた。主人公の独白、敵役たちの嘲笑、そして、傍観者たちの囁き。僕は、一人で何十役もの声を使い分け、その情景を鮮やかに描き出していった。
僕の声は、かつてないほどに、研ぎ澄まされていた。恐怖や不安、そして、この「仮面」が暴かれるかもしれないという危機感が、僕の語りに、新しい深みを与えていた。僕は、ただ物語を語っているのではない。この配信という舞台の上で、僕は、自分自身の状況を、一つの演劇として表現していた。
チャット欄のざわつきが、次第に静かになっていく。
「…これ、やっぱ本人だろ」
「鳥肌立った…これ、あの時の舞台じゃん」
「動揺してるどころか、むしろこれを逆手に取ってるのか…」
配信の最後に、僕は、静かに一言だけ付け加えた。
「僕の声が、誰かの記憶を呼び起こすことがあるかもしれません。…それが、たとえどんな物語であっても、僕が語る言葉は、すべて、今の僕自身から生まれているものです」
配信を終え、パソコンの電源を切る。鏡に映る自分の顔は、不思議と穏やかだった。
僕の過去は、もう隠し通す必要はないのかもしれない。天宮優としての「語り」は、かつて天才子役が演じた「物語」と、静かに、そして力強く、結びついたのだ。この仮面は、もはや僕を隠すためのものではない。それは、僕の過去と現在を繋ぐ、新しい「語り」の舞台なのだ。
「…おいおい、マジかよ」
影火は、パソコンのモニターの前で固まっていた。彼の配信部屋は、無数の機材とモニターに囲まれているが、今はその全てが意味をなさなかった。ただ一つの画面に映し出される、天宮優の姿に、彼の視線は釘付けになっていた。
「おい、聞いてくれよ。今夜の天宮優の配信、やばいって。あいつ、俺が暴露した内容、全部知ってる。そして…それを、逆にネタにしやがった」
彼は、自身の配信で、天宮優の正体が元天才子役・天草茂である可能性を示唆し、視聴者の注目を集めることに成功した。しかし、天宮優の今日の配信は、彼の予想を遥かに超えるものだった。
通常、正体を暴露されたVTuberは、動揺したり、配信を休止したりする。しかし、天宮優は違った。彼は、まるで舞台役者のように、堂々と、そして完璧に「演技」を披露したのだ。
「あれ…あれは、天草茂が子役時代に演じた、あの舞台のワンシーンやんけ…」
影火は、かつての天草茂の出演作品をすべて調べていた。今日の天宮優の配信で披露された物語が、まさしく、あの伝説的な舞台の一幕であることを、彼はすぐに理解した。
主人公の独白、敵役たちの声、そして観客のざわめき。天宮優は、一人で何十役も演じ分け、その全てに魂を吹き込んでいた。それは、単なる声真似ではなかった。それは、彼の過去のすべてを、VTuberという「仮面」の向こうで再構築する、圧倒的な「語り」だった。
「…俺が暴いたのは、彼の過去の経歴だけやった。でも、あいつは…俺が暴けなかった、彼の魂の奥にあるもんまで、全部見せつけてきよった」
影火は、自身の敗北を認めた。彼は、天宮優の「仮面」を剥がそうとした。しかし、天宮優は、その「仮面」を、逆に自身の表現のツールとして使いこなし、影火の想像を遥かに超える「語り」で、彼の挑戦をねじ伏せたのだ。
「…とんでもない奴や。こいつは…」
影火は、ただただ感嘆の息を漏らした。それは、語りを「暴く」ことで生きてきた男が、語りの真の力に直面した瞬間だった。
影火の配信の件以来、僕の周りは少しだけ騒がしくなった。でも、僕の配信スタイルは何も変えなかった。静かに語り、歌を歌い、ただ誰かの心に寄り添う。それが、天宮優としての僕の役割だった。
そんなある日のことだ。配信中に、宅配便の配達員が来たとインターホンが鳴った。僕は少し戸惑った。配信中に荷物が届くなんて、初めてのことだった。
「すみません、ちょっと待ってくださいね」
視聴者にそう断り、マイクをオフにして玄関に向かった。ドアを開けると、そこには僕のアバターをデザインしてくれたイオリさんの姿があった。彼女は名古屋弁のイントネーションでニヤリと笑っている。
「いやー、ちょうど近くまで来たもんで。これ、差し入れ。開けてみて」
そう言って渡されたのは、小さなダンボール箱だった。僕は不思議に思いながらも、部屋に戻り、配信画面の前にダンボール箱を置いた。
「どうやら、差し入れみたいです。皆さんと一緒に開けてみましょうか」
そう言って、僕は箱を開けた。中から出てきたのは、可愛らしいマスコットキャラクターのぬいぐるみ。そして、そのぬいぐるみの隣には、小さな手紙が添えられていた。
『天宮優さんへ。いつも配信見てます!あなたの語りに、いつも勇気をもらっています。私もいつか、あなたみたいに、誰かを笑顔にできるようなVTuberになりたいです。これからも応援しています。 VTuber:白鐘レイナより』
その手紙を読んだ瞬間、チャット欄が爆発した。
「え!?白鐘レイナって、あの人気VTuber!?」
「レイナちゃん、優さんのこと見てたんだ…!」
「これ、ドッキリだろ!?」
そう、白鐘レイナは、僕がデビューした時期に人気に火がついた、明るく奔放な語り口で知られる人気VTuberだった。まさか彼女が、僕の配信を見ていてくれたなんて。
そして、手紙の裏に、小さなメッセージが書かれているのを見つけた。
『優さん、この差し入れ、本当はもっと前に届けたかったんだよ?でも、周りのVTuberたちが「天宮優は元天才子役だから、ドッキリなんて通用しない」って言うから、こっそり見計らってて。やっと成功したよ。これからもよろしくね。』
僕の心臓が、ドクンと音を立てた。
「元天才子役」。
その言葉が、僕の心を揺さぶった。彼女は、僕の過去を知っていた。そして、その上で、僕に、こんな風に真っ直ぐな想いを届けてくれたのだ。
僕は、マイクをオフにして、静かに息を吐いた。ドッキリだなんて知らなかった。だけど、彼女の無邪気で、優しい心遣いが、僕の心に深く染み渡った。
それは、かつて僕が身につけた「演技」では、決して受け取ることのできない、純粋な感情だった。僕は、天宮優という仮面をかぶり、再び、誰かと繋がることができた。そして、その繋がりは、僕の過去のすべてを、優しく包み込んでくれた。
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