#12 SCP-999・財団の癒やしマスコット

昼行灯

SCP-999はどんな存在なのか

 財団の任務は過酷である。

 異常な存在を研究し、収容した異常存在の管理を行い、収容違反の阻止もしなければならない、命がけの任務が多い。


 時には要注意団体とのドンパチだって起こり得る。異常存在だけでなく異常な人類も相手しなければならないのだ。まさに「命を賭して人類を守る」という強固たる信念なくしては財団の職員にはなれないだろう。


 それに財団の業務は全世界、いや宇宙を含む規定世界全域にまで及ぶ。別次元にコンタクトを取ることもある。

 いくら福利厚生が手厚かろうと、給料が破格の良い値であろうと、その激務に耐えうるだけの肉体と精神なくしては従事できない。


 とはいえ、財団職員も人間である。


 疲れる時もあれば、やる気が出ない時もある。休みがほしいときもあれば、癒やしが欲しい時もあるだろう。

 財団は冷酷だが残酷ではない。

 そのモットーに従い、日々任務に明け暮れる職員のために上層部は癒やしを用意することにした。

 

 それがSCP-999である。

 

 SCP-999のオブジェクトクラスはSafe。財団施設の檻に収容されている。

 だが他の異常存在と違い、SCP-999は財団施設内を自由に散歩することが許されていた。逆に職員も休憩時や仕事がない時はSCP-999の檻の中に入ったり、遊ぶことが許可されている。


 もっとも全くフリーというわけではない。いくつかの条件はある。


 まず施設の外に出ることは禁止されている。

 自由に散歩できるのは、あくまで職員の目が届く範囲だ。収容違反はいかなるアノマリーでも許されない。当然と言えば当然の条件だ。


 次に夜は散歩禁止になっている。

 これも当然だろう。夜は緊急を要する任務や一部の狂信的な研究者以外は、就業を終えている。無論警備員は24時間在中しているが、人の目が減ることは間違いない。収容違反防止のためにも散歩不可は妥当だと言える。


 それから8時から9時は散歩禁止の時間帯だ。

 8時から9時はSCP-999の睡眠時間と定められている。

 財団の理念はあくまで確保・収容・保護だ。健康や安全には気を使わなければならない。無防備になる睡眠中は檻に留めるように通達されている。


 要約すると、昼間なら施設内の散歩はSCP-999が望む限り、自由というわけだ。


 財団がここまで自由を許すのは、かなりイレギュラーな対応である。よほど友好的、かつ収容違反の可能性が低くなければ許されない待遇だ。

 この時点で、SCP-999は人間に敵意がないのは明らかだろう。


 だが、それだけで癒やしキャラに選ばれたわけではない。


 本質はSCP-999の形状と異常性にある。

 SCP-999はピーナッツバターに近しい粘土を持つ、半透明な扁円形のスライムだ。半円のオレンジ色のグミを想像してもらうとわかりやすいだろう。


 基本形状は幅約2m、高さ1mだが、スライムである。大きさや形は自由自在だ。伸縮性も高い。つまり、モフモフはないがプニプニな存在である。

 これを読んでいる読者の中にも、グミを指で挟んで気持ち良いと思ったことがある人もいるのではないだろうか。


 一説によると「人間は柔らかいモノに触れると癒やされる」と言う。

 それを全身で感じられるのだから、多幸感間違いなしだ。


 それにSCP-999は「遊びたがりの犬のようだ」と称されるぐらいに人懐っこい。動物に対しても優しい。誰かを助けるために自らの命を危険を晒すような献身さも見せる。なにかと破壊神っぷりが目立つSCPの神よりも頼れる存在だ。


 慈愛溢れるSCP-999はとくに人間が大好きらしく、人間の側に這い寄ると二本の偽足で抱きしめて「ごぼごぼ」と「くぅくぅ」と鳴く。しかも抱きしめた人物に合わせて心地良い香りも発する。


 薔薇の香りが好きな人には薔薇の香りを、石鹸の香りが好きな人には石鹸の香りを感じさせてくれる。

 一般的にもアロマテラピーがあるように、香りというものは人の気持ちを安らげる効果が期待できよう。


 柔軟性のあるプニプニだけでなく、香りでも安らぎを与えてくれるのだから、癒しキャラでしかない。

 実際にSCP-999の癒し効果は凄まじく、末期的なうつ病やPTSDも快癒させることが立証されている。財団がSCP-999の一部を抗うつ剤として市販することを議論したほどだ。


 読者の中には「私も一匹ほしい」と思う人は多いだろう。

 そんな人は財団への転職を検討しては如何だろうか。


 ご飯はキャンディとお菓子になる。お気に入りはM&M'sのチョコとNeccoのウェハースらしいが、比較的一般人でも手に入りやすいだろう。特殊な食事を用意しなくてもよいのは、飼育において重要である。助かる。


 逆に嫌いなものはカフェインや炭酸だ。

 スタッフがコーラを与えた時は半時間壁を跳ね回った後に、炭酸飽和により目に見えてうんざりした。その日は散歩も食事も拒否した。


 SCP-999のゲル状の表面には、動物細胞のような薄い透明な膜が張られている。想像になるが炭酸が膜を通過出来ず、上手く排出できないのだろう。


 人間でも炭酸を飲んだ後にゲップができないと、腹が膨張した感じになって苦しくなる。それを考えればSCP-999が嫌うのも道理だろう。なお炭酸を与えた職員は叱責された。

 

 一家に一匹欲しいとすら思えるSCP-999だが、とある職員の希望により実験に参加することになった。

 その実験は「SCP-682の憤怒を鎮められるかどうか」という内容だ。

 

 SCP-682のオブジェクトクラスKeter。巨大な爬虫類のようなSCPである。

 高い知能、強力な力、素早い反射神経とスピードの持ち主だ。これだけでも十分脅威的なのだが、何より怒りの沸点がとつてもなく低い。刺激すると憤怒して全方向に攻撃的になる。しかも殺傷能力が高い。


 さらに恐ろしいほど再生能力と回復能力が高く、どれだけ攻撃を受けても致命傷には至らない。収容違反を起こす度にサイトを職員の屍を積み上げてしまう。


 さすがの財団も確保・収容・保護の理念を捨てて無力化の方法を研究するほどの問題SCPだ。だが効果的な破壊方法は今もなお見つかっていない。


 つまりこの実験は、SCP-999の癒やし効果によりSCP-682も少しは穏やかになってくれるのではないかという期待を込めた試みだ。


 我らの癒やしちゃんに何ということを!? と思った職員もいるかもしれない。だがSCP-682の憤怒が少しでも鎮まるならという職員が多かったのだろう。


 実験は決行された。


 財団はSCP-682を封印しているエリアでSCP-999と対面させた。

 その結果、なんとSCP-682が笑ったのだ。


 対面直後はSCP-682に踏み潰されて真っ平らになったSCP-999だったが、そこはゲル状のスライムである。足の指の隙間からにゅるりと這い出て、懐くようにSCP-682の体に巻き付いた。そしてあろうことか、SCP-682と「くすぐりレスリング」を開始したのだ。


 SCP-999がくすぐる度にSCP-682は「気持ちいい、気持ちいい……」と、新しい性癖の扉を開けたかのように笑った。疲れ果てて寝るまで笑い転げた。


 初めてみる異様な光景に職員達は驚きを禁じ得なかっただろう。

 実験は成功した。……かのように思えた。


 なんとSCP-999を回収した途端にSCP-682が正体不明のエネルギー波を放出したのだ。笑いながら。


 SCP-682は無機物有機物関係なく、接触した物質からエネルギーを摂取できる異常性を有している。SCP-999と触れ合うことで笑いのエネルギーを摂取してしまったのだ。


 その笑いエネルギーは、エネルギーが届く範囲の全職員を笑いの渦に巻き込んで卒倒させた。しかもSCP-682は収容違反を起こし、道すがら職員を虐殺し続けた。


 勿論、実験は失敗。


 一部のドクターがSCP-682の笑顔の可愛らしさに気がつく以上の成果は得られなかった。以降、実験は行われていない。


 当のSCP-999は怖くなかったのか「また遊びたい」というジェスチャーを見せたが、こちらも許可されなかった。

 遊ぶ度にサイトを血の海に沈められたら堪らない。それにSCP-682が「次は許さない」宣言もしたのだから尚更である。


 ただ新たな発見もあった。

 SCP-999は身を挺してSCP-682のエネルギー波から職員を安全な場所に運ぶ人命救助に勤しんだのだ。この行動は職員を癒やすだけではなく、人命救助もできることの証明になっただろう。


 財団職員の中には少ないながらも、人型実体のSCPが存在する。SCP-999もいつの日か正式な職員として採用される日が来るかもしれない。


 たとえその日が来なくても我らの癒やしちゃんとして、これからもサイト内を多幸感に満たしていくだろう。


 職員とSCP-999に幸あれ。

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