Alter Ego

中里朔

 誰も信じてはくれないけれど、僕には小学生の頃に聞こえていた声がある。

 それは双子で生まれてくるはずだった、もう一人の僕の声。僕というか……女の子の声だから、妹なのかな?

 双子の妹は僕の頭の中にいて、時々僕に話しかけてくる。

 例えばこんなふうに――。


 部屋で本を読もうとしていたら、『公園へ行こうよ』『ブランコに乗ろうよ』と外へ出て遊ぼうと催促する。


 僕の声は聞こえているのか、いないのか……。話しかけても会話にはならず、いつも妹が一方的にしゃべっている。それも、僕の気持ちなんてお構いなしに、自分がやりたいことばかり言ってくる。ちょっとわがままな妹だ。


 時が経ち、僕は中学生になった。自分で判断し、自分で答えを導き出せる年頃になっていた。

 最近になって、妹が話しかける頻度が減った気がする。声の大きさも以前より聞き取りづらくなった。このまま大人になるにつれて、妹の声は聞こえなくなってしまうのだろうか。

 でも、頭の中にいる時はいつでも楽しそうに話しかけてくる。

 この世界でやりたかったことを代わりに僕にやらせているのか。生まれることが叶わなかった妹の強い想いが言葉となって現れているのか。色々なことを考えるようになって、妹の声を無視できなくなっていた。


 学校からの帰り道に、また『公園に行きたい』と妹の声が聞こえる。公園は家とは反対方向にある。早く家に帰って、冷たいものでも飲みたかったのに……。

 本当は寄り道してはいけないんだけど、ファーストフード店でストロベリーシェイクを買ってから公園へ行った。木陰こかげのベンチに座って、冷えたシェイクを味わう。


 ぼんやりと遊具で遊ぶ子供たちを眺めていると、すぐそばで小さな声が聞こえた。

「あ……」

 同級生の女子が、驚いた顔をして立っている。その手には僕が買ったのと同じお店のシェイクを手にしていた。

「あ……」

 思わず僕も同じ反応をしてしまう。


「隣に座ってもいい?」

 と聞く彼女。断る理由なんてない。他に空いているベンチはないし、そもそも教室では彼女と隣同士の席。

「うん。どうぞ」


 隣に座ったのに彼女は何か話すわけでもない。気まずい沈黙だった。学校のルールを破ってシェイクを買ったのはお互い様。よもやぐちなんてしないだろうけど、なにも会話がないのは居心地の悪さを感じる。

 さっさと飲んで帰りたい。なのにシェイクはとても冷えていて固い。ストローで吸い込むのも容易ではない。


「ああっ、ストロベリーにすればよかったな」

 初めは妹の声かと思った。でも、それは隣から聞こえたのだとわかった。

 彼女は学校でもこんな飾り気のない言葉で話す。それが妹の話し方に似ていて、まるで妹が実在しているみたいで戸惑とまどうことがある。


 いつからか、僕は頭の中にいる妹の存在を話さなくなっていた。言っても誰も信じてくれないからだ。けれど今、隣に座っている彼女には話してみたくなった。

「あ、あのさ――」

 * * *

 じっとこちらを向いていた彼女は、僕の話を聞き終えてから言った。

「双子の妹は、心だけがキミの頭の中に生き続けているのかもしれないね」


 妹の存在はいつか消えてしまうかもしれない。その前に話せてよかった。彼女が信じてくれたのはとても嬉しかった。

 ほっとする僕の頭に、妹の声が聞こえた。

『私はバニラのがよかった』


 その声は僕にしか聞こえていないはず。

「ねぇ、ストロベリーひと口ちょうだい。私のバニラと交換して」

 返事をする間もなく、まるで妹の声に呼応したように、彼女は自分のバニラシェイクと僕のストロベリーシェイクを入れ替えた。

 僕が使ったストローが彼女の口に……。

 その様子に只々驚いて見ていた僕は、顔が熱く紅潮こうちょうするのを感じた。


『バニラ飲みたい』

 もう一度聞こえた妹の声にうながされ、手にしたシェイクを見つめる。容器についた冷たい水滴が、僕の手のひらから体温を奪う。

 そっとストローに口をつけて吸ってみる。氷菓のザラっとした舌ざわりとともに、甘酸っぱい味が口の中に広がった。





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Alter Ego 中里朔 @nakazato339

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