だって、現実ですら

位用

 

 私の書いた小説の主人公が、その世界が文章の中の世界であると気が付いてしまった。メタフィクションを書こうとしたわけでも、SFが行き過ぎたわけでもない。ただの恋愛小説を書いていたはずだ。

私は小説を書くとき、話の大筋を決めたらそのまま一旦最後まで書いてみることにしている。その中で登場人物が思いもよらない行動に出て、少し話を変えることがあり、そういうのが楽しいからこんな書き方をしている。だが、今回みたいなことは初めてだ。


 主人公である『彼』は頭が良い。私がそういう設定にしたからだ。そのシーンにて、『彼』は別れた元カノとの思い出を振り返っていた。なんてことの無い、ただの回想……のはずだった。『彼』が最初に疑問に思ったのは、それぞれの思い出の細部を思い出せないこと。カフェで何を頼んだのか、水族館で最初に見たのは何だったか、初めてキスをした公園には自分達以外だれもいなかったのか。どれもこれも、これからの展開に必要がないから省いた、いや、書こうとも思わなかったものだ。なので私は『彼』に、「古い記憶だから忘れている個所があっても仕方がないか」と思わせた。私的には「風化した思い出」を作れて物語の厚みが増したな、なんて喜んでいたのだが、それが綻びになった。

 不審に思った彼は次に自分の今いる部屋を見回した。やや凹んでいるベッド、2mを超える大きな本棚、脱ぎっぱなしの靴下。『彼』が見たものを描写するのは造作もなかった。しかし、あり得ないことだがその一瞬、私が生み出した『彼』が、私を上回った。


 【じゃあ僕の本棚の最上段、一番左側の本は?】


 私が『彼』に言わせた言葉である。しかし、私にはどうも、『彼』の言葉に聞こえてならなかった。『彼』は、真実……いや、事実に辿り着いてしまった。

 私はそこまでの設定を考えていなかった。

 「……はぁー。まぁ、いっか」

 驚きはした。一抹の悔しさもあるし、このままでは恋愛小説にならないこともわかる。しかし、私は焦ってはいなかった。ただ、書き直せばいいのだ。彼が疑念を抱かぬように、回想シーンから。少々面倒だが仕方がない、『彼』が思い出を振り返るのではなく、回想シーンを書いてしまう様にして……ふと、自分の本棚が視界に入った。


 【あれ?私の本段の左上にある本って、なんだったっけ】


 ☆


 少し不安になったので、自分の本棚を確認してみた。一番左上にある本は「氷菓」でその一段下に「安達としまむら」。よし、俺の書いた文章内の理屈に従うなら、俺はフィクションにいない……はず。

 俺は高校生で、学校では文芸部に所属している。うちの文芸部は月に一度、部長が決めたテーマで各々が短編小説を書き、それらをまとめて文集を作る。今月のテーマは「気付き」。抽象的でとっかかりづらかったが、何となくでも書くことが決まれば、そこからはすぐだ。明後日の締め切りに間に合って、一先ずホッとした。

それにしても、仮に自分の生きている世界が小説の世界だったとして、それに「気付く」ことができるものなのだろうか。その世界が小説の中であるという「事実」がある以上、必ずどこかにヒントなり綻びなりがあるはずなのだとは思う。今回の俺の小説においてそれは『本棚の描写』だった。わざわざ登場人物の家の本棚にある本を一冊一冊、全ての何の本なのかを読者に伝える小説を俺は知らない。そこについて、自分の着眼点は悪くないのではないかと思っている。

パソコンに打ち込んだ自分の文章を推敲しながら、自分の部屋を見回す。「小6の時に父さんと作ったガンプラ」「ついこの前最終回を迎えた大好きな漫画全17巻」「さっき買った飲みかけのコーラ」。全てが鮮明に目に入る…………?

 物語を書き終えた直後の不安を払拭しきった、その直後だった。

俺は「気付いた」。いや、もしかしたら「気付かされた」が正しいのかもしれない。感覚的には自分が気付いたことなのだが、そのがここはフィクションだと俺に囁きかけたのだ。


 【俺の部屋にある全てを俺は経験していない。知識で知っているに過ぎない】


 そんな感覚に、あーあ、気付きたくなかったな。


 ☆


 いつか、『気付く』だろうか。


 【だって、現実ですら】

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