四話 芸能の神

 お参りが終わり、目を開ける。不思議と気分は晴れやかだ。参拝の介添えをしてくれたハヤテにお礼をしようと向き直ると、ハヤテは号泣していて、私はついびくっとしてしまった。


「珠江ちゃん、いい子だね〜ほんとに〜」


 まるでおばあちゃんが孫を褒めるかのように頭をわしゃわしゃと撫でてくる。


「珠江ちゃん。あなたと大神様との取次をしていて、私の中にあなたがこれまで経験してきた体験が流れ込んできた・・・。色々苦労したんだね。っていうか、よく生きてたな!えらい!そしてがんばった!」


 この言葉に、目頭が熱くなるのを感じた、最近多いな、こういうこと。褒められることが、自分の存在を認められることが、こんなにも嬉しいなんて。


がんばったから、道別の大神様も珠江ちゃんはミナモの旅の仲間に選ばれたんだよ。これってすごいことだよ」


 ハヤテは私の両手を取りぶんぶんと振っている。ハヤテ的には私にいたく感動していて気持ち引いてしまっているのだが、それでも構わず褒めちぎっている。


「そうよね〜。今の時代に生まれてくる人間はみんながんばりやさんですごい子達ばかりよね。よくこんな時代に生まれてきたわって思うわ〜」


「あはは〜・・・。こんな時代なんて言わないでくださいよ。なんか、おっかないです」


「ミナモも、大神様とお話しできたか?」


「あぁ、バッチリ指針をいただいた。これは骨が折れそうだ」


「そうだろうな。なんせ、これほどの時代の転換点はそうはないからな。我らとて、こちらの世界では、大忙しよ。そして、これからもっと忙しくなる。だからな、珠江。もっと抱きしめさせろー」


「あ、私も〜」


 ミナモは瞬く間にコハクとハヤテにもみくちゃにされている。なるほど、ミナモも随分可愛がられているのね。


「おっ、そうだ!珠江ちゃん、私たちの写真撮って!」


「いいわ〜それ〜。珠江ちゃんよろしく」


「えっ?あぁ、はい」


 私は言われるがままにスマホを取り、三柱の写真を撮影した。なるほど、神は写真に映るのか。しかも、映るのはどうやら人間に擬態している姿で映るらしい。


 ミナモは快活な黒髪の少女。コハクはフェミニンなおっとり女子。ハヤテはスポーティーな姿の女子。まるで仲良し中学生が遊びにきたかのような一枚。普通の人間には彼女達はこうやって見えるわけか。なるほどなるほど。


 私は御三方に写真を見せた。みんな子供のように喜んではしゃいでいる。


「よし、珠江ちゃんちょっと待っててね。この写真、いただくから」


 コハクとハヤテはスマホに手をかざすと、スマホの画面がポォっと優しく光り、まるで紙が捲れるように紙状になった二つの光が空へと浮き上がり、それをコハクとハヤテがそれぞれ大事そうに手に取り、懐へと仕舞い込んだ。


「最近の電子機器は便利ね〜」


「それな。ミナモはいいな、珠江ちゃんがいるからいつでも写真撮れて」


「へへへ、羨ましいだろ」


 神にスマホの画像を送る機能なんてないのだが、不思議な神様パワーでこの二柱は写真を私のスマホからいともたやすく手に入れたらしい。電子機器と霊体は相性がいいなんて話も聞いたが、生身と違って電子機器は何かしらの干渉がしやすいのだろうか。実に不思議だ。


「さて、したらば礼をせねば。珠江よ、褒美は何がいい?」


 ハヤテは私に問いただした?


「へっ?いや別に、たいしたことではないんで、お礼なんてそんなそんな」


「いや、私たちにとっては大きな意味がある。友とこうして一枚の写真に収まるなど、ついぞなかったことだからな」


「いやしかし、これしきのことでお礼をしていただくなんて、バチが当たりそうで・・・」


「神がいいと言っているのだから、バチななんか当たらないって。では、これならどうだ?この本殿の隣に、道別の大神様の妻神でもある女神様が祀られている社がある。縁結びはもちろんのこと、技芸の祖神であらせられる奥様の御神徳を授かれば、珠江の夢も叶いやすくなるのではないか?お礼として、このハヤテが妻神様への口添えをしようではないか」


「なっ、なんですと?!それって、つまり・・・。私の文章力、爆上げしたり?おまけに恋愛運も・・・?」


「然り」


「さぁー、今すぐ行きますよハヤテ様ぁぁぁ!」


「わっ、凄い元気!!」


 私は脱兎の如く走り出し、妻神様が祀られる社へと向かい、猛烈な勢いで、参拝を行った。


「妻神様ぁ!どうか私に文才を授けたまえぇぇぇ!!」


「おおぅ・・・本気で祈願してるね、珠江ちゃん」


「当然です!私はもう、決めたのですから!もう一度、私は夢を追いかます。そして、叶えます!あと恋愛運も是非!」


 恥も外聞も捨て、一死不乱に神に願う。もちろん、夢を叶えるのはまずは己の不断の努力が大事なのも重々承知している。神に願えば、全てが丸く収まるわけではない。神は願いを聞き届けても、当の人間が行動しなければ、手助けのしようもないだろう。


 だが、人は神に祈らずにはいられない。縋っていいなら縋りたい。だが、それでは夢は叶わない。まずは己が力で手に入れるもの。私が神様に求めるのは、人の力ではどうしようもできない領域での助力が欲しい。言ってみれば、運のようなものかもしれない。


 例えば、ランプを擦ったり龍の玉を7つ集めたりすればなんでも夢が叶うなんて非常に魅力的だが、私は、正当に夢を叶えたい。断じて苦労が好きなマゾヒストでは断じてないが!そして恋愛運はついでで構いませんが、是非お願いいたします!


「ミナモ〜。いいじゃんこの子、おもしろい」


「そうだろそうだろ。私が選んだ人間なのだから、当然だ」


「ご縁は大事にしないとね〜」


 後ろには、ミナモとコハクが並んで死に物狂いでお参りする私をクスクスと笑っていた。


 ここでようやく私は落ち着きを取り戻し、自分があまりにも必死に参拝していることにようやく恥ずかしさを感じ始め、顔がカァッと赤かく染まってしまった。


 妻神様へのお参りも終わったところで、コハクとハヤテの案内で境内の各所に祀られている龍神様のお社や境内者も周り一通り参拝し終えたところで、境内の中にある小さな庵に通された。なんでも、休憩がてら、ハヤテから道別の大神様からの言伝があるということだった。


 庵では生菓子と茶が振る舞われ、私たちは舌鼓を打ちつつ花を咲かせていった。目の前にいるこの三柱は紛う事なき神々であるのに、その純真さはまるで子供のようで、それがなんとも可愛らしい。


 ひとしきり菓子と話を楽しんだところで、ハヤテは本題に入った。道別の大神様からのお言葉は、今後の旅に関することだった。


「さて、道別の大神様からのお言葉を伝えようと思う。結構大事なので、しっかり聞くように!」


「ははっ!」


 お茶を楽しんだことですっかり打ち解けた私たちは、ノリが女子中学生同士の会話であったが、しっかりと聞いているので悪しからず。


「ミナモは宣告承知だが、我らカミは目下、この日の本を立て直すベク人間界に干渉することを決定し、すでに行動を起こしている。その証はこの国の元号からもわかるように、本気でこの現世を改めて良き世界へと進ませようとしている」


「元号?神治じんちって、元号、あれ神様が決めたんですか?」


「決めたというか、人間達に決めさせたというのが、正解かな?やれ英弘だ広至だ令和だのと色々案を出していたが、よりはっきりとカミが再臨する宣言のために、カミに応えた人間達が決めたのだ。我らカミの呼びかけに答えた日の本の人間は僅かではあるが、少なからずいる。そして、その数はいずれ増していくだろう」


「ということは、国家の中枢にも、私みたいな人がいるってことですか?」


「然り。言ってみれば、これは草の根運動。各々が各々のできるカミバタラキによって、この世を良き世界へと変えていくのだ」


「神様、思ってたより本気だった!」


「当然よ、のっぴきならないの状況なんだから」


 ハヤテは神妙な顔でそう言った。のっぴがならない状況とは、それほどまでに世の中が良くないということか。


「ちなみになんですが、今のこの国って、神様からしても良くない状況ということでしょうか?」


「然り。だが、単に国の存亡という小さな話ではない。この世界に宿っているカミ、瑠璃姫るりひめ様のご意向もある」


「る、瑠璃姫様・・・?」


「なんだ、ミナモからは聞いていなかったのか?」


「おっと・・・。そこまでは言ってなかったな。失敬、失敬」


 ミナモは顔を背け、頭をぽりぽりと掻いて誤魔化している。この子は、大事なことをなぜ言わない。


 この瑠璃姫様のご意向については、コハクから説明がなされた。

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