六話 カミサマリクルート
ひとしきり神聖な境内で息を切らすほど言い合った私と龍神は、それぞれに息を整え、乱れた服を整える。
「全く、なんというじゃじゃ馬な娘だ。少しはお淑やかにできんのか」
「うっさいわ。あんたに言われたくないわ」
「ふん!それより、返答を聞こう。私と共に世の建て替えの大業を成すべく一緒に・・・」
「お断りします」
「なに?」
「お断りいたします!私、無職なんで、仕事探さないといけないので。それに、生きるのにお金がかかるんです。生きていくだけでどれだけお金かかるかわかりますか?神様の仕事のお手伝いって言われても、人間には生活があるんです」
「ふむ。まっ、言いたいことは分かる。が、言っただろ。この務めはやりたいからやれる、そういうものではない。これはカミから与えられたお役目である。当然、貴様に不利益が及ぶようなことはない。むしろ逆だ。だが、この務めを果たさないということであれば、その限りではないが」
「はぁ?!どういうこと?」
ミナモという龍神は、不敵な笑みを浮かべている。というか、このニヤつき顔がたまらなくウザい。
「あの、それって脅しで言ってます?」
「脅しではない。そもそも、我々も数いる人間の中でわざわざ貴様を選んだのは、
「いつ私がそんなお願いしたって言うのよ・・・。って、まさか・・・」
脳内に記憶が駆け巡る。あれは、私が会社を辞める決意をするちょっと前の話だ。人生に迷ったらお参りするといいと謂れのある神社にお参りしていた。どうか私に往くべき道を教えてください、使命感を持って働ける仕事をください、と・・・。
「ぐぅぅ・・・。まさか、あれか・・・」
「それじゃ。安心しろ、悪いようにはならん。なんせ大神様からお墨付きを頂いたわけだしな」
「悪くなったわ!あのお願いしてからすぐにパワハラやセクハラが激しくなって、会社にいられないようになったのよ?!なんてことしてくれたの!」
「よかったではないか」
「何がよかったのよ!おかげで私は無職よ!ありもしない話すらでっち上げられて、まるで私が悪者みたいにされて・・・。どれほど辛かったか」
「そこまでしないと、貴様はあの碌でもない場所で働き続けていただろうな。そこは、お前のように高潔で愛情深い人間がいるべき場所ではなかった。だから、お前があの場所から離れられるように、ちょいとカミが手伝ってくれたのだ。それにだ・・・」
「それに・・・何?」
「貴様が掃き溜めのようなあの会社でいつまでも働いていては、お前は自分のやりたいことが、満足にできなかっただろう。自分の人生を生きたいと思うのなら、環境にも気を使わないといかん」
「ぐっ・・・。なぜそれを・・・」
「貴様は見守られているということだ」
「・・・でも、働かないと、やりたいことするにもお金がかかるから」
「やりたいことを思いっきりやりたいのなら、それに相応しい働きを方をしなければならんだろうに。それに、私と務めを果たすなら、相応の金運は貴様に授けてやる」
「えっ・・・」
「当然だ。我らカミと共に働くのだからな」
「よろしくお願いします!」
「うおぅ!変わり身早いな!」
「そういうことなら話は違うので」
「・・・まぁよい。さて、立ち話もなんだ。歩きながら話そう」
私たちは、奥宮を出て、また坂道を下っていく。今度は一人ではなく、二人で。すっかり空は晴れ渡り、木漏れ日が差しキラキラと輝いている。そんな雨上がりの景色の中を歩いていくミナモと名乗った龍神が歩いていく様は、神々しくさえ見えた。見えたのだが・・・。
人間の歳の頃なら中学生ぐらい。だが、竜の角に水色の髪。目を惹く煌びやかな装束。どう見ても目立つ。
「あのー、あなたミナモって言ったわよね。ミナモはその姿のまま里へ降りるつもりなの?」
「こりゃ、カミに向かってなんだそのタメ口は」
「だって、ミナモだって私のことを貴様貴様って、偉そうに。それにどう見ても中学生にしか見えないわよ」
「私は龍神だが?!カミなんだが?!・・・まぁ、よい。ならば私も貴様を珠江と呼ぶ。せめて、敬称ぐらいつけよ」
「ミナモちゃん」
「おのれぇ、最近の人間はカミを敬うことを忘れとるな?目にもの見せてくれようか」
「勘弁してください。ミナモちゃん。それより、その格好、目立ちません?」
「ふん、だ!我が神力で、珠江以外には人間の姿に見えている、安心しろ」
「さいですか」
「試しに、そうだな。あの店に寄っていこう。せっかく久々に受肉したのだ。何か食べたい」
ミナモは迷うことなく、川縁の店の暖簾をくぐっていく。何の気なしに後ろをついていくが、暖簾脇に掲げられたメニュー表を見て血の気が引いた。
ちょっと待てい。コース料理で一人当たり二万円を超そうかという高級料理屋じゃないか。急いで、ミナモを止めようとするが、あっという間にお店の人に席が用意され、気弱な私にはもはや断る勇気が出なかった。
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