生命のエンジン③

 梅村省生の取り調べが始まった。

 取り調べが始まるなり、省生は、「ああ~刑事さん。妻を殺したのは、私ですよ。まあ、殺したという言い方は正しくありませんがね」と、あっさり犯行を認めた。

「ふん。やはり、お前がやったんだな。奥さんを殺したことを、認めるんだな」柊が念を押す。

 茂木は取調室の済で記録係を勤めていた。

「刑事さん。だから、言っただろう。私が殺したって言うのは、正確じゃないって。結果的にそうなったと言うだけだ。あいつが死んだのは、あいつ自身が選択した結果なんだ」

「どういうことだ?」

「まあ、刑事さん。のんびりやりましょうや。警察で取り調べを受けるなんて、初めてのことだからな。貴重な経験だ。すんなり終わらせてしまうのは、惜しい」

「ふざけているのか――⁉」

 柊の変わっているところは、こういう時でも腹を立てないことだ。言葉は乱暴でも、怒っている訳ではない。冷静に被疑者を観察している。

「刑事さん、あんたは、人から話を聞き出すプロなんだろう? 私の口を開かせてみなよ」梅村が挑発してきた。柊の闘争心に火がつく。

「梅村さん。あなた、二年前まで、ホームセンターで働いていましたね? 園芸売り場で肥料を売っていたとか?」

「別に肥料だけを売っていた訳ではない。園芸用品全般を扱っていた」

「ホームセンターを辞めてからは、奥さんの収入に頼って生きていた。奥さんに養ってもらっていた訳でしょう?」

「そういう言い方は癇に障るな。ホームセンターを辞めるまでは、私があいつを養ってきた。私が仕事を辞めてからは、あいつが私を養う番だっただけさ。男女平等だよ」

「奥さんも同じホームセンターで働いていましたよね? レジをやっていたとか? 何故、あなただけがクビになったのですか?」

「クビになった訳じゃない。仕事が嫌になって、辞めたんだ」

「ほう~ホームセンターで店長から話を聞いたところ、あなた、その性格ですから、四六時中、お客さんとトラブルを起こしていたそうじゃないですか。お客さんからクレームを受けて、店長、奥さんにあなたをクビにすると伝えたそうですね。すると、『もう一度だけ、あの人にチャンスをあげて下さい』と奥さんが土下座をして頼むものだから、一度はクビにするのを止めたそうですが、それでもまた、懲りずに客とトラブルを起こしたので、クビにした――そう店長が証言していました」

「あいつ・・・余計なことをしやがって・・・」省生の顔色が赤黒く変わった。

「そうそう。あなた、ホームセンターで働く前は中学で理科の教師をやっていたとか?」

「ああ、そうだ。私は理科の教師だった。私のような人間は、大学の研究室で研究を続けた方が世の中の為になるんだがね。生憎、それほど裕福では無かったので、教師になる道を選んだ。まあ、悪くはなかったな。馬鹿な生徒たちに教えている時間は無駄だったが、それ以外では、それなりに好きなことが出来た」

 授業が無駄な時間だと言っている以上、まともな先生でなかったことは明白だ。

「その悪くはなかった教師の仕事を、何故、辞めたのですか?」

「うん・・・それはだ・・・」省生が口ごもる。

「教師の仕事もクビになったんですよね?」

「クビ――⁉ とんでもない。私から辞めたんだ」

「そうそう。あなたから辞表を提出したんでしたよね。校長先生から、お願いだから、辞表を出してくれと懇願されてね」

「ふん。経緯はどうあれ、私が辞表を出して辞めたんだ」

「あなた、駅前の商店街で生徒たちに追いかけられて、『わあわあ~』泣きわめきながら、逃げ回ったそうですね。それを大勢の父兄に目撃された。あんな人が先生だなんて、信じられない――と校長のもとにクレームが殺到したそうですね。あなた、中学校の先生でしたよね。あなたを追い回した生徒たちって、中学生でしょう? あなた、まがりなりにも学校の先生だった。中坊に追いかけ回されて、恥ずかしくなかったのですか?」

「あ、あ、あんたねえ~中学生たって、今時の子供がどれだけ発育が良いのか、分かっているのか――⁉ 私は悪くない。あいつらは、はなつまみ者だった。ろくに学校に出て来なかったのに、あんなところで出会うなんて、ついていなかった。『先生、金を貸してくれ』なんて言って、近づいて来やがった。それで、『お前らに貸す金なんぞない。例えあったとしても貸せるか――⁉』と言ってやったのさ」

「その結果、彼らに追いかけ回された訳だ」

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