洗濯物と親方
やたら草の伸びた庭の切り株に座って、
俺はひたすら風に揺れるおっさんのヒゲを見上げていた。
これはもう、ヒゲじゃねぇ。ジャングルだ。
しばらくすると、やっとチビで肩幅だけご立派なオッサンも見えてくる。
全身油まみれ、ツナギの胸には「親方」って金糸の刺繍。
すげえ顔してんな。え、眉毛までふてえ。
岩みたいにゴツゴツした肌だし。耳もノーナ並みにでかい。
「な、なんじゃ…ワシの顔に何かついとるか?」
おっさんが、ちょいムッとした顔で睨み返してきた。
そのまま、ぐいっと片腕を突き出してくる。
革手の先に握られた汚れたハンマーが、鈍く光を反射した。
こっわ!あれで殴るつもりじゃねえだろうな?
腰をさすりながら、視線をそらして草を引っこ抜く。
「なんじゃ貴様は!どこの馬の骨か知らんが、何をやっとるんじゃこりゃあ!?」
「いやもう、物干し竿欲しいだけだったんだけど、なぜかこうなっちまった」
俺は頬をかきつつ、おっさんを見て名乗った。
「依頼で来た、ソーマな。」
「ソーマァ?知らん!それに、何じゃその服は!?祭りの余興か!?」
「はぁ? 今は洗濯当番してんだよ。文句あるなら天罰落とすぞ?」
俺は、腰を押さえて立ち上がり、釈迦の構え。
ゴルドは、無言で鼻をほじった。
うわっ、こっちに飛ばしてくんなよ。
「天罰じゃと?フン、鼻がムズムズするわい。祈っとる暇があったら、ハンマー振っとるわ!」
ゴルドが、ハンマーの柄を手のひらにポンポン当て始めた。
俺は黙って見守った。
ヒゲを鼻に入れて何貫禄だしてんだよ、このおっさん。
「まあ、そんなくだらん話はええ」
ゴルドはヒゲを撫で、細い目で走り回るシロルを睨んだ。
「あんなもんまで連れてきおって……お前ら、庭を勝手にいじくり回して何のつもりじゃ?」
「シロルは相棒だ。それに、かわいいからセーフだろ?」
ゴルドはシロルの認可布を見て俺をじろりと見てきた。
「お前、テイム持ちか?ここで暴れさせるつもりなら容赦せんからな」
一瞬、視線を下げた。
あー、もうテイムってごまかす必要もねえか。
実際、パークスキルで仲間になってたしな。
「まあ、なんもしねぇよ。洗濯と掃除の依頼だけだ」
一拍おいて、ゴルドは顎をしゃくった。
「……ふむ。そういえば依頼を頼んどったの」
「ワシはゴルド。この工房の親方じゃ」
おっさんの眉がピクリと跳ねた。目が一瞬だけギラつく。
「それにしても、その鉄の棒はなんじゃ?」
ゴルドが鉄棒に近づこうとした。
心臓がドクンと鳴って、背筋に冷たいものが走る。
まずい、この流れ――絶対にロクなことにならねえ!
俺はとっさにゴルドの前に立ちはだかった。
「やめろ!それ以上近づくな!!」
思わず、魔王に迫られるヒロインを守る姿勢になる。
「ふんっ!どけ!!ワシはこの鉄の純度を見極めるんじゃ!」
「やめろ、マジで!俺の洗濯もんに油つけんな!!」
歩く親方としがみつく俺、鉄棒を挟んで死闘。
「お前の力じゃワシは止めれん!!ガハハハッ!!」
ズザザザザッ
「だああああ、膝がいてええ!俺の……羊数えてた時間が…無駄になっちまう!」
「今日も鉄と油で絶好調じゃ!!あれは、職人魂が疼くのう。」
悪りぃな。俺には、この魔王から“お前を守る”勇気も、膝の軟骨も残ってねぇ。
俺はパッと手を離した。
ゴルドはヒゲをモフモフしながら鉄棒にかぶりつきそうな勢いで見てる。
鼻息で揺れる洗濯物。
「なんじゃこりゃ!!この鉄の純度はぁぁ!?」
「うるせえ!まずシミがない洗濯物見ろ!」
「こっ……これは……おぉ美しい……」
「ちょ、にぎんな!触んな!スリスリすんなバカ!」
ゴルドが鉄棒を愛しそうに抱き始めた。
「ちくしょっ!!見てらんねぇ!!」
俺は走って洗濯物を剥ぎ取った。
……どうすんだよこれ。俺の苦労返せ!マジで腰いてえのに!
ゴルドはハンマーで鉄棒をカンカンやりながら、じろっと俺を見上げる。
「おい!どうやって仕上げたんじゃ!?教えろ!!」
「いや、スキルで出しただけだって!」
ゴルドの肩を抑えて、落ち着けってジェスチャー。
「まあ、これやるとちょっと体だるくなるんだけどな」
昨日、ステータス見たときMPちょっと減ってたし。
「はぁ?お前、まさか創造系スキルか?」
俺は首を傾げる。
「創造系?まあ、作るって意味なら近いかもな」
「ふん……創造系なんて、普通S級冒険者か貴族の専売特許じゃぞ?」
「貴族? んなわけねえよ。俺は庶民枠だよ、庶民枠」
ゴルドがしばらくヒゲをひっぱりながら、
「庶民で複数持ちとはのう……なら次は金でも出してみろ」
「それができたら、こんな依頼やってねえって」
ため息混じりに洗濯物を雑に掴み直した。
そのとき、ふと気配を感じて、視線を外す。
……誰か今、こっち見てたような。いや、気のせいか?
うっすら声が聞こえてきた。
「おい。おい、ソーマとやら!」
ゴルドがハンマーを指して呼んでくる。
「あれはなんじゃ? 鉄の……檻か?」
「あー、遊具。まぁ、でけえ玩具みてえなもんだ」
この世界じゃ、やっぱ珍しいもんなのか?
俺は足をかきながら、ゴルドが近づいていくのを眺めた。
ゴルドは眉をひそめてジャングルジムをぐるっと見回す。
「この鉄の棒、中が空洞になっとりゃせんか?」
またハンマーで軽く叩きだすゴルド。
「あー、それはパイプっていうんだよ。俺もどうやって作ってんのかよく知らねえ」
「作り方を知らん? そりゃ、職人としては我慢ならん話じゃ」
そんなことを言いながら、すぐさまハンマーを構える。
うわ、やばい。なんか火つけちまった?
俺は思わず、ゴルドに向かって手のひらを突き出した。
「ちょ、待て! ストップ、ストップ!」
ゴルドは親指をクイッと上下に振ってきた。
「よし、ワシのスキルを見せてやるわい!」
ゴゴゴゴゴ…!!
ハンマーがバカでかくなり、持ち上げると地面が凹む。
「おい、デカすぎだろ!? もはや凶器じゃねえか!!」
「ガハハ!これぞドワーフの真骨頂じゃ!」
冗談じゃねぇ、本気でぶっ壊す気だこのおっさん。
ゴルドは嬉々としてハンマーをぶん回す。
ビュンッ
ドゴォォォンッ!!
「おい、おっさん、服全部台無しにしてどうすんだよ!」
ったく、あのハンマー酒場の大タルサイズだし。
絶対ス◯ブラみたいに吹っ飛ばされるだろ。
さらにゴルドは追いゴン!
ゴン! ゴンゴンゴンッ!!
「フハハハッ!まるで岩盤を殴っとるみたいやぞ!?全然ビクともせん!!」
俺は耳を押さえながら、ゴルドのバカみたいな高笑いをにらむ。
……やばい、もう、洗濯もんどころじゃねえ。
誰か……誰かこのバカを止めてくれ。
そして、洗濯物を握りしめ、ゆっくりと膝をついた。
聞こえるのは、親方のバカ笑いとゴンゴンという音だけ。
はぁ、こっちは生活かかってんだぞ、賄いもでねえし。
ぐっと土を掴んだ。
夢はテーマパーク、現実は親方のヒゲランド。
入場料は、俺の腰。
地獄のアトラクション作ったおぼえねえよ。
その時――
「うるさいっすねぇ!何やってんすか~?」
背後から、景気のいい足音。ついでに砂まで飛んできた。
擦れた甘い匂いがふわっと鼻を突く。
振り返ると、油まみれの女神がスパナぶら下げてニヤニヤしてる。
「ノーナかっ?!マジで頼む、あの魔王止めてくれ!このままじゃ全部汚されちまう!」
「えー、また親方暴れてるんすか?てか、村のみんな見に来てるっすよ?」
入口の方を向くと、村人たちが塀越しに、こっちを覗き込んでいた。
やめろ、こっち見んな。そんな目で見んな。
「あーもう、ウチがちょっと静かにさせるっす」
そして、耳を掻きながら、俺の横をすっと通り過ぎる。
はっ、笑顔こわ。どう見ても狩人の目だろ、それ。
ノーナは親方の肩に、ぽんと手を置いた。
ゴルドが「なんじゃ?」と振り向いた瞬間――
パシッ!
手刀がスッとゴルドの首筋に入る。
「うるさいっすよ、親方。ちょっと静かにしてくださいっす」
ゴルドは「あ……」って一言だけ残して、
そのまま、バタン!と後ろにひっくり返った。
シロルまできてクンクン、ゴルドのヒゲ嗅ぎながらピョンピョンしてる。
俺は洗濯物で顔をペチペチ叩いた。
現実か?これ。
「ノーナ、お前……今なにやったんだ?」
ノーナは口元で拳をぐっと握って、
「ウチのスキル、たまに便利なんっす」
「おい、おっさんの首、赤ベコみてえになってんぞ」
「ん? 親方なら平気っすよ、たぶん」
「いや、たぶんって何だよ」
ノーナは腕を組んで、ムッとした顔で見上げてきた。
「ソーマさん、これ何っすか?説明してほしいっす!」
俺は、ため息をついた。
「まあ、長い話になるけどさ――」
そのまま空を見上げた。
「――ってことなんだよ」
ノーナは急に俺の手をガシッと握ってきた。
「遊具?玩具みたいなもんっすか!?」
目をキラキラさせて、そのままぴょんぴょん跳ね出す。
「ウチも、玩具作ってるんすよ!!」
さらに跳ねながら、
「いやほんとに!見せたいの山ほどあるんで、あとで絶対見に来てくださいっす!!」
と、俺の手を上下にぶんぶん振り回す。
「あー、なんだっけ、スライムの……ほら、あれだろ?」
頬がピクピクして、思わず手を引っ込めた。
いや、あんなヌメヌメじゃ誰も触りたくねえって。
「そうっす。でも、この国じゃ誰も遊んでくれないんすよね」
ノーナはぴょんぴょん跳ねるのをやめて、目線を落とす。
はぁ、今のはまずかったな。何やってんだ、俺。
口を窄めてるノーナの肩に、そっと手を添えた。
「えっと、子供とか何で遊ぶんだ?」
ノーナが一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐにスパナをくるくる回し始めた。
「オーガごっことか……玉投げて終わりっすね」
「それだけかよ。想像以上に原始的だな」
すると、ノーナは大きく伸びをしてスパナを突き出してきた。
「あ、ちょっとあのホーンラビットみたいなやつ見てもいいっすか?」
「別にいいけど、ホーンってなんだよ」
ノーナは小走りでウサギの造形遊具に駆け寄った。
俺はその間、おっさんに近寄って「おーい」と声をかけていた。
「キャッ! あ、いや」
なんだ?と思ってノーナの方を振り向く。
「もう! ちょっと、コレは……やめてほしいっす……」
ノーナは下を向いて、スパナをいじり始めた。
「それ、乾いてるし。すぐ使うなら、持ってってもいいぞ」
俺は目を細めて、ノーナの顔と布を交互に見た。
ノーナの耳が、ぴくぴく動いてる。しかも真っ赤。
なんだよ、洗い足りなかったか?
ノーナは布を掴むと、ダッシュで工房へ消え――すぐ戻ってきた。
「はぁ、はぁ……なんで、そんな平気なんすか。まったく、もう!!」
俺を指さして、プクッと頬をふくらませる。
「そんな怒んなよ、俺だって別に興味ねえよ」
ビュンッ――!
気づけば、ノーナのスパナが一直線にこっち目掛けて飛んできていた。
反射的に頭をかがめる。
「うおお、危ねえだろうが!!」
後ろの壁にカーンッと跳ね返った音が響いた。
ふと見れば、村人が「ひぃっ」とか言いながら頭を抱えてる。
いや、巻き込まれてねえよな?
てか、ノーナ、もうウサギベタベタ触ってるし。切り替えはやっ。
「うわ、これ、すごい造形っす!いや、ちょ、尻尾のとこっ」
俺はその様子を、ぽけーっと見守る。
「クーン」
足元から聞こえて、思わずしゃがみ込む。
「ん? どうしたシロル?」
シロルが塀の方を見て動かない。
なんか、さっきより村人の数が増えてきたか?
「ありゃ、魔物じゃねえか」
「おい、子どもは下がれ!」
「ノーナ、魔物なんて連れてきやがって」
あー……。
「シロル来い!」
シロルが真っ直ぐこっちに飛びついて、そのまま抱き上げる。
「こいつは危なくねえよ!ったく、見てりゃわかるだろうが」
後ろから慌てた足音が聞こえてくる。
「ちょっ、ソーマさん、あんまり刺激しないでほしいっす」
ノーナが眉をひそめてコソコソ言ってきた。
「あっ、ああ……わりぃ、ちょいカッとなっちまった」
村人たちの目が、刺さるようにこっちを睨んでくる。
「おい、おやっさんが倒れてるぞ!」
「あの魔物のせいじゃねえのか!?」
ノーナがバタバタしながら、「大丈夫っす!親方はいつものアレなんで!」って村人に言ってる。
その合間に、こっちをちらっと見てきた。
「……まずいっすね、これ」
村人の方を見ると、何人かは怯えた顔をしていた。
くそっ、今何言っても無駄か。
グッと手に力が入る。
深呼吸。
「なあ、ちょっと場所変えていいか?」
ノーナはニコッと笑ってゴルドに駆け寄る。
「そうっすね、ダッシュで撤収っす!親方もいくっすよ!」
「ん、ありがとな」
気を使わせちまったか。やっぱ、ノーナいいやつだよな。
ちらっと鉄棒に目をやる。……今いじったら余計に目立つか。
ノーナがゴルドを引きずりながら、俺の袖をちょいと引っぱる。
「急ぐっすよ」
ゴルドは「うぅ……ワシの……鉄……」とか寝言みたいにうめいてる。
後ろから、「ちょっと待て!」「これ何に使うの?」って好き勝手な声が飛んでくる。
俺は、シロルをしっかり抱えて足早に工房へ向かった。
一度だけ、後ろを振り返る。
村人と魔物――この壁、いつか越えなきゃなんねえ。
シロルを受け入れてもらう方法、まだわからねえけど
……絶対、見つけてやるからな。
異世界パーククリエイター 〜この世界に夢の国を〜 @tarapoyo
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。異世界パーククリエイター 〜この世界に夢の国を〜の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます