3話 大義名分の距離感
首を差し出す、藤咲真弓の無謀な行動力。
有り得ない。これは自傷行為だと。鳴海の瞳に動揺が走る。
咄嗟の出来事だったのか「真弓……?」と小声を溢す翔星学園の少女。困惑と疑念混じりの厳しい視線と沈痛な表情を浮かべていた。
体を伸ばし横座りをする黒ネコには無理解の領域で、特等席で眺める小さな観客は尻尾を揺らしてリラックスしている。
「……しないの? リンク交換」
「普通するか。なんで不思議そうな顔してんだ」
殺伐とした思惑が蠢き、不和が生じる中で、きょとんとした真弓の仕草。
彼女のペースに呑まれるな。窮鼠猫を噛むに違いない。
「え、てっきりあなたの目的は下心満載のナンパなのかなって」
「同性愛に興味はない。却下だ」
「だってさ。香織」
無愛想にスマホを制服のポケットに仕舞い、真弓は相方の香織に伝える。
藤咲真弓。聖アグネス女学院の出身者。
淑やかに靡いている白亜麻色のロングヘアー。元々整った容姿を更に飾るほのかな身嗜みは教養の良さを感じさせる。名門校出身なだけあって、彼女の柔和な肌の質感と明晰を含んだ瞳の色鮮やかさは富裕の環境で築き上げたもの。
偏差値75レベルという、各地の天才が集約する女学校。
競争率が激しく合格するにも狭き門。その門を越した彼女の実力は本物だろう。鳴海の敵意を察知するほどの洞察力、行動に移す胆力の強さ。情報の優位性を知る謀略の美少女。ハッキリ言って敵にすると恐ろしい。
きっと、無知な男子ほど簡単に騙されるんだろうな、と若干呆れてしまう。
寄り添う距離感が隙を生み、勝手に勘違いして最後は撃沈される。
典型的で。会話のネタになる、最低な結果だ。
入念に警戒して身の素性を隠す。鳴海は彼女達と似た方法で解決したくない。
出来れば近寄りたくない。どうせロクな目に遭わない。
そもそもなんで加害者扱いにされてんだ。心底ピキっている鳴海だったが、夜が迎える前には帰省したい。補導されたくないし、誤解を晴らさないと。
「だってさ。……じゃないでしょ」
名前を呼ばれた少女は猜疑心の塊みたいな表情をしていた。
言動も反応も。とにかく釈然としない一貫性の無さが目立つ。接し方以前に彼女には掴みどころがない。鳴海も何様のつもりだが。
相当警戒しているのは確かだ。
「真弓、頭を冷やして。もう一度よく考えてみて。コイツは私達の敵なの」
「そうかな。自分なりに冷静に考えているけど」
「軽はずみな判断なんてしないで。相手は何処の馬の骨も知らない、犯罪者予備軍なんだよ。野放しにすれば、根も葉もない噂話が出回るかもしれないし……」
あくまでも内向的な側面。信用は論外だし雑言の放題。
殺伐を抱いた声音に込める感情が彼女の拒絶反応の強さだと、物事を捉えた鳴海はおもむろに居心地の悪さを露呈。
(な、殴られたいのかコイツは。いい加減、早く帰らせてくれ……)
容姿端麗なくせに台無しする罵詈のギャップ。類比なき品性があるにも関わらず罵るだけの人間に、翔星を担う資格が彼女にはない。
これが女学校の本性の一端か、ウンザリしていた鳴海とは裏腹だったのが。
「そういう香織の方が、過剰になりすぎ」
物柔らかに。それでいて落ち着いた声。
そっと黒ネコを抱えて赤子のように宥める真弓。思い通りに行かず駄々をこねる子供が香織だとすると、彼女は見守る愛を体現する母親のような。
「で、でも! 真弓は危機感を持って……」
「真面目に聞いて。あのね。香織の気持ちは理解しているつもりよ。でもね、キスしたくらいで意識するものかなって。そこまでセンシティブだった?」
「わたしは、そんな、つもりは……!」
「白日夢を見るのは個人の裁量だ。けれど、勘違いしているのはアンタだけだ」
「はあぁぁぁっ!? 別に妄想女子とかじゃないしっ!」
(ムキになる辺り、本音なんだろうな……)
赤面色に変わる香織に真弓は興味本位に覗き込む仕草をした。触れてしまいそうな距離感が更に香織を混乱させるのだが、悠然とした真弓には関係なく、むしろ親しき戯れ事を楽しんでいるようだ。
「というか! 私の名前はアンタじゃないし! 夜桜香織ってちゃんとした名前があるの! ああ、もう! なんで無関係の私が赤の他人の君に本名を明かさないといけなくなっちゃったのかなぁ!?」
(別に素性を隠せばいいのに。なんで明かしたんだこの子……)
一人勝手に頭を抱えて、心の底から叫ぶ香織は苦悶の表情を浮かべていた。
夜桜香織。翔星学園の在校生。
桜色混じりの茶髪が印象的で、年相応の旺盛な彼女がアクションを起こす度に揺れるセミロング。滲み出る稚拙さをカバーする翔星学園の校章と、元々備わっていた風貌が夜桜香織らしさを色濃くする。
しかし鳴海が無愛想になる辺り、彼女には脅威になるものはない。
巷で話題になっている『おもしれー女』というヤツか。
「香織が恥じらいだ結果。だよね」
「なんか他人事みたいでムカつく……。元はそっちが倒れてきたからでしょ!?」
「仕方のないことなの。だって事故なんだもん。この子が急に飛び出してくるものだから、私がビックリしただけだし。ねー?」
「ネコを身代わりに……!」
軽口を叩いて、なのに嬉々としている。二人だけのコミュニケーション。
そこに敵意はない。あるのは自然体な笑顔だった。遠退いていく茜色の空よりも眩しさが勝る綻びのない信頼関係。
幸せそうに心踊る。謳歌した日常模様。
―――正直、吐き気がする。
「……あれ、待って。さっきの人がいない!?」
「本当だ。いつの間に……」
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