おまえに対して話している。

不明夜

おまえに対して話している。

「子供の頃。目を瞑って、耳を塞いで、口を噤んでいれば、その間だけ世界が消えてなくなってるんじゃないかと思い、怖かった。よくある話だろう」


 に対して、眼鏡を掛けた男が話している。

 おまえと男は、長机二つを挟んで相対している。

 目線は丁度平行だ。

 

「そうそう。最近、奇妙なモーニングルーティーンを始めたんだ。我ながらバカバカしい習慣だ、鏡に対して『お前は誰だ』と問い続けるヤツに似ている。狂人の真似とて大路を走らば即ち狂人なり、とは誰の言葉だったかな」


 男は黒い学ランを礼儀正しく綺麗に着て、パイプ椅子に座りまっすぐおまえの方を見て話している。

 後ろの窓のカーテンが開け放されているせいで逆光となり、男の詳しい顔はよく写っていないだろうが、どうせ憎たらしい顔に決まっていた。


「毎朝、起きて最初にこう言うんだ」



────この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません



「だってホラ、もしかすれば何処かの神サマが俺の下らない人生を覗いていて、日常系アニメとしてリビングで流しながらポテチを食ってるとしたら、腹が立つだろう? だから、俺は俺を架空の存在ってことにして、画面の向こうの奴らに現実を突きつけてやるのさ。最高の感覚だと思わないか?」


 と、男はおまえに向けて話す。

 おまえはジッとその様子を捉え続け、記録し続けるだろう。

 机、男、間に積まれた本、窓、カーテン、それらの他に写っているものはない。

 おまえに写されている光景は、きっと世界で一番くだらない。


「そういや、ここは映画研究同好会な訳だが。もし部員が二人から増えたとして、その時は部活になれるんだろうか。先生を言いくるめればいけそうな気もするし、こっちが言いくるめられて部員数の減った文芸部と合併、『文化部の代表たる文化研究部』になって文化の群集事故が起こる可能性もある。そう考えるとリスクだらけだ」


 男は淡々と話す。

 一体何が面白いのだろうか。

 おまえが疑問を差し挟んでくれたら男は止まるかもしれないが、生憎とこの場の何にも男の奇行を止めることはできないのだ。


 男には理性が、おまえには機能が、そしてには良心が足りない。


「もしかすると、俺はいつか就職の時に『学生時代は、文化部の代表たる文化研究部で部長として部分的に帰宅部のような事をしていました!』とでも言わなければならないのかもしれない。そうなれば詰みだな、俺は何の罪も犯していないのに」


 雰囲気だけは文学少年なのに、男はひたすらうるさかった。

 どうでもいいことしか話さない男を、哀れにもおまえはずっと写さざるを得ない。


「長い年月を共にした道具には付喪神が宿るらしいが、そうなると一番確率が高いのはメガネケースなんだよな。メガネケースの付喪神、ピックアップ開催中だ。親父から受け継いだものだから、擬人化されてもメガネのおじさんだろう。虚しいな、人生って」


 両手を上げ、やれやれと大げさなジェスチャーで男は人生を悲観する。

 もしも思考があるのなら、この場で一番生を悲観したいのはおまえだろうな。


「で、ずっと聞きたかった事があるんだが」


 そう言って、男はおまえの方を指差す。

 もしかしたら私を指差していたのかもしれないが、人を指差すことは失礼だと教えられている筈なので、恐らくはおまえを指差しているのだろう。


「その、何なんだ?」


「何ってそりゃあ、だよ」

 

「おまえ……って何? 二人称か?」


 当然の疑問だろう。

 むしろ、何も言わずにおまえを持って着席、ただレンズを男に向けて微笑み続けたのに、何も訊かずただ話し続けてくれた事に涙を禁じ得ない。

 きっと男には配信者の才能がある、見た目さえメガネのおじさんじゃなければ、もっともっと可能性もあっただろうに。

 おまえが写しているのは美男美女じゃなく、逆光の文学少年だ。


「いいや、二人称じゃなく映画の名称だよ。正確には愛称、そしてそこから派生してあるの俗称。腐ってもここは『文化部の代表たる文化研究部』じゃなくて『映画研究同好会』でしょ?」


 おまえを机に置いて、私はふふんと自慢げに話す。

 おまえの目線は丁度、机と平行だ。


「その映画の名は『Old Magazine Eight』で、日本での愛称は頭文字を取ってOMaEおまえだった。そうだ、語り手が私なら視点も変えよう」


 手を伸ばし、本を二、三冊ほど積んで、その上に逆向きにしたおまえを乗せる。


「内容は普通につまらないのに、どういう訳かオカルト方面でこの映画は広まった。きっかけは、主人公の持っていたビデオカメラが発売中止された事らしいよ」


 に対して、眼鏡を掛けていない女が話している。

 おまえと女は、六十センチメートル程度の距離をあけて相対している。


「とあるインターネット掲示板で、一つの話が盛り上がった」


「……ここから夏の怪談を始めるつもりか? だとしたら俺は御免だぞ、ここは『映画研究同好会』であって『オカルト研究同好会』じゃないんだ」


「うん、あと少しだけ我慢してくれ」


 やあ、おまえ。

 見ているだろうか。聞いているだろうか。

 私はおまえに顔を近付ける。

 まつ毛の一本一本、目尻の角度、黒目に写ったおまえの姿が、録画に写るまで。

 

OMaEおまえで出てきたビデオカメラは、高次元の存在と繋がっている。ビデオカメラに対してと呼び続けるだけで、第五の壁を突き破れるってね」


 私はずっと、おまえに対して話している。


「何だ、第五の壁って。それを言うなら第四の壁だろう、そして再三だがここは『映画研究同好会』であって『オカルト研究同好会』じゃない。話すんなら与太じゃなくて映画自体の話をしてくれよ、怖くて夜も眠れなくなる」


「そりゃ、空想と現実を隔てるものが第四の壁なら、現実とそれより上のレイヤーの世界を隔てるものは第五の壁じゃない?」


「どうだか。最初にあんな事を言った俺らしくもないが、向こう側にいるのは高次元の存在でも何でもない、ただの並行世界かもしれない。例えば……まだゴールデンレコードにアンサーが帰ってきていない、少しだけ面白くない世界のような」


 おまえの視界、ビデオカメラの画面が急に動く。

 また眼鏡を掛けた男が写り、おまえに対して話すだろう。


 

────この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません

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おまえに対して話している。 不明夜 @fumeiyo

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