知られざる戦いは今日も密かに続く。
茶電子素
知られざる戦いは今日も密かに続く。
ヴィンセント56歳。ギルドでも名の知れたベテランA級冒険者である。
依頼を受ければ二日以内に必ず達成する――それが彼の代名詞であり、
若手からは憧れの眼差しを向けられ、同僚からは信頼を寄せられる存在だった。
「さすがヴィンセントさん、もうゴブリンの群れを片付けたんですか!?」
「ああ、ちょっと散歩のついでにな」
涼しい顔で答える彼に、周囲の冒険者は感嘆の声を上げる。しかしその裏には、誰にも言えぬ秘密があった。
――そう、筋肉痛である。
若手の冒険者なら、一晩寝れば回復するような筋肉痛が、ヴィンセントの場合は三日後にやってくる。いわゆる「おじさんあるある」である。
戦いの最中は平然としていても、三日後には階段を降りるのも一苦労。
しかも油断すると「アガッ!?」だの「ヒィィ!」だの、情けない声さえ飛び出す。
A級冒険者としての矜持などあったものではない。
だが、この事実だけは死んでも隠さねばならない。
なぜなら「A級冒険者ヴィンセント、三日後に筋肉痛で悶絶w」などという噂が広まれば、一瞬で威厳が崩れ去ってしまうからだ。
今日も彼は依頼を受け、半日でオークの討伐を終えた。
ギルドに戻ると、若手冒険者たちに囲まれる。
「ヴィンセントさん、本当にすごいです!どうすればそんなに強くなれるんですか!?」
「ふふ……鍛錬を欠かさないことだな。毎日の積み重ねが力になるのだ」
若手に向けて堂々と語るその姿。しかし心の中では――
(頼むから三日後には絶対に顔を出してくれるな! そのときの俺は立ち上がるだけでも命がけなんだっ!)
そう必死に祈っていた。
三日後。約束された地獄がやってきた。
全身を襲う筋肉痛にベッドでのたうち回るヴィンセント。
「ぬおおおおお……ッ! 足が……足が反乱(クーデター)を起こしている……!」
そのとき、扉をノックする音が響いた。
「ヴィンセントさーん!今日の依頼、一緒に行きませんかー!?」
「ぬ、ぬぬぬ……ぐおっ……! い、今は……精神統一中だ!邪魔をするな!」
慌てて誤魔化す声に、仲間たちは「さすがヴィンセントさん、日々の修行も怠らないんだな」とさらに尊敬の眼差しを向けるのであった。
外から聞こえる尊敬の声。阿鼻叫喚の室内では「ぬおおおおお!」と叫びながら
床を這うヴィンセント。
――こうして今日もまた、A級冒険者ヴィンセントの知られざる戦いは続くのであった……。
知られざる戦いは今日も密かに続く。 茶電子素 @unitarte
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