第8話「私を探してください」

 文化祭の準備で賑わう校内。

 生徒たちが忙しく行き交う廊下で、美月は掲示板の前で足を止めていた。


「部長、これ見てください!」


 美月の声に振り返った蒼太の表情が、一瞬で変わった。掲示板には、一枚の紙が貼られている。


『10/25 私を探してください。

 見つけられたら、あなたたちにとって忘れられない日になるでしょう。

 見つけられなければ、あなたにとって忘れられない日になるでしょう。』


 宛名も差出人の名前もない、謎めいた予告状だった。その下には、暗号のような問題が書かれている。


「わあ、探偵部への挑戦状みたいですね! 10/25って、文化祭の日じゃないですか」


 美月が目を輝かせて振り返る。

 しかし、蒼太の反応は彼女が期待したものとは全く違っていた。


 いつも余裕を見せる蒼太の顔に、明らかな動揺が浮かんでいる。


「部長?どうかしたんですか?」


 美月の心配そうな声に、蒼太は慌てて笑顔を作った。


「あ、いや……なんでもないよ」


 しかし、その笑顔は不自然で、美月にも違和感が伝わってくる。




 探偵部の部室で、蒼太は予告状を何度も読み返していた。


「この文体……やっぱり」


「部長、何か心当たりがあるんですか?」


 美月が期待を込めて尋ねる。


「逢沢愛梨……この探偵部を作った初代部長だ」


 蒼太の声には複雑な感情が込められていた。


「初代部長?」


「僕が1年生の時の3年生でね。強引に僕を探偵部に勧誘した人なんだ」


 蒼太は当時を思い出すように遠くを見つめる。


「天真爛漫だけど、どこか大人びていて……不思議な人だったよ。僕はいつも彼女に振り回されていたな」


 そう苦笑いしながら蒼太が言った。


 美月は、蒼太を振り回す人物がいたことに、とても驚いていた。

 飄々としていて隙がない。そんな蒼太しか見たことがないため、振り回される姿は想像ができなかった。


「その人が、どうして今頃予告状を?」


「さあね……でも、この問題は間違いなく僕に向けたものだ」


 蒼太は予告状の問題部分を指差す。


「それなら、挑戦してみましょうよ!」


 美月が前向きに提案するが、蒼太の表情に迷いが浮かぶ。


「正直に言うと、彼女には一度も勝ったことがないんだ。頭脳戦でも、口論でも、いつも彼女のペースに巻き込まれて……」


 こんなに弱気な蒼太を見るのは初めてだった。美月は驚きながらも、励ますように言う。


「でも、部長なら絶対に解けますよ。私も一緒に考えます」


 美月の真っ直ぐな眼差しに、蒼太の心が少しずつ軽くなっていく。


「……そうだね。やってみよう」


 蒼太は決心を固めた。


「文化祭当日に解くことになるけど、クラスの出し物もあるし、空いた時間に少しずつ進めていこう」


「はい!」



 * * *



 文化祭当日。校内は華やかな装飾と生徒たちの笑顔で溢れていた。


 約束の時間、蒼太は探偵服姿で待ち合わせ場所に現れた。

 クラスの演劇でシャーロック・ホームズを演じるための衣装だった。


「部長、お疲れ様です!」


 振り返ると、メイド服姿の美月が駆け寄ってくる。

 美月のクラスの出し物は、メイド喫茶だった。


「美月ちゃん、メイド服かわいいね」


 蒼太が素直に褒めると、美月の頬が赤くなった。


「あ、ありがとうございます……」


「それじゃあ、最初の問題から始めよう」


 蒼太が予告状の問題を読み上げる。


『白昼は閉ざす、黄昏にそっと開く。

 紙の波に、鍵が眠る。

 列の数は(三)つ——三を見つめよ。』


「予告上の問題考えたんですが、紙の波=本のことではないでしょうか?  最後の『背表紙をめくれ』って言うのも本のようですし。学校で“紙の波”って言ったら図書室ですよね!」


 美月が答える。


「さすが美月ちゃん。うん、メイド探偵か……悪くないな」


「からかわないでください!」


 顔を赤くして怒る美月に、ごめんごめんと蒼太は優しく笑った。


「白昼は閉ざす=授業中は施錠。黄昏にそっと開く=放課後の自習時間。うん、図書室の開放時間にもぴったりだね。そして『列の数は(三)つ——三を見つめよ。』は“三列目の三番目の本”ってことかな」


「早速行ってみましょう!」


 二人は図書館へ向かった。



 図書室の三列目の本棚で、美月が三番目の本の背表紙を引き抜く。

 すると、ひらりと1枚の紙が落ちた。


「あっ、これが次の問題ですね!」


 落ちた紙を拾い上げ、中身を確認する。


『舞うは、表か裏か。

 笑う者は、表に。その裏に隠された顔が、次の鍵を見つめる』


「『舞うは、表か裏か。』……う~ん、表と裏があるもの……」


 美月が考えながらふと蒼太を見る。

 探偵服姿があまりにも似合っており、じっと見つめてしまった。

 すると、蒼太と目が合い、思わず顔が赤くなる。


「この服装だと雰囲気でるよね~謎解きが楽しくなってきたよ」


「部長、とても似合ってます……」


 「本当? 嬉しいなぁ」と顔色一つ変えずに答える蒼太に、美月は少し悔しさを感じていた。


「演劇もう終わっちゃったんですよね? 部長のホームズ見たかったです……」


「まさかホームズになれる日が来るなんてね~。舞台での推理も楽しかったよ」


「舞台……」


 ふと蒼太の言葉が気になった。


「もしかして、問題の『舞う』って舞台のことでしょうか? 『笑う者は、表に』は演者のことと考えれば……」


 舞う=舞台、表=ステージ、裏=ステージ裏、そして『笑う者は、表に』は、ステージ上で演じることを指しているのではないか、と美月は考えた。

 つまりこの問題が示す場所は、演劇が行われた体育館ステージであると推理した。


「確認しに行ってみようか」


 蒼太も気付いていたようで、いつもの余裕のある笑みを浮かべていた。

 先ほどの言葉は私へのヒントだったのかもしれない、と美月は再び少し悔しさを感じた。


 そして二人は体育館へと移動する。


「『その裏に隠された顔』は「舞台裏」のことだろうから、ここに『隠された顔』があるはずだ」


 蒼太たちは舞台袖に行き、周囲を見渡した。


「演劇用の小道具箱がありますね。この中に何か……あっ、これはどうですか?」


 美月は小道具箱の中で「仮面」を見つけた。


「なるほど。まさに『隠された顔』だね。次の問題はありそうかい?」


「はい! 仮面の裏に書かれてました」


『光はここで眠る。

 昼は語らず、夜に答える。

 十月の二十五、 暮れ五つの鐘が鳴る時、灯火を沈めよ。

 暗闇を選ぶなら、星が約束を果たす場所へ行け。』


「光はここで眠る……光と言えば明かり? 照明のことでしょうか?」


 美月が首をかしげる。


「そうだね。『昼は語らず、夜にだけ答える。』これも照明に当てはまる。そして『ここで眠る』は、明かりを眠らせる。つまり、明かりを消すことだろう。照明を消すことができる場所と言ったら、ブレーカー室だね」


 蒼太が答えた。


「順調に解けてるね。でもせっかくの文化祭だし、ちょっと寄り道しない?」


 蒼太が提案すると、美月は少し慌てた。


「え、でも謎解きが……」


「大丈夫。時間はたくさんあるよ。それに美月ちゃんにとって初めての文化祭でしょ? 楽しまないと」


 蒼太の言葉に美月は驚いた。こんな時にも自分のことを気にかけてくれていたことが嬉しく、思わず笑みがこぼれた。



 二人は文化祭を満喫し始めた。まずはクレープの屋台へ。


「甘いものは正義だね〜」


 蒼太が幸せそうにいちごクリームのクレープを頬張る。

 その姿が子どものようで美月はくすりと笑った。


「本当に甘いものが好きなんですね」


「甘いものならいくらでも食べられそうだよ。それに、謎解きは頭を使うからね。糖分は必要だよ。」


「ふふ、そうですね。このクレープ本当に美味しいです」


 美月も甘いものは元々好きだったが、なぜだかクレープがいつもより美味しく感じた。


 次にお化け屋敷へ。


「きゃー!」


 美月が蒼太の袖を掴んで震える。


「う~ん、中々完成度が高いね」


「部長!感心してないで早く行きましょう!!!」


 お化け屋敷の出来を楽しんでいる蒼太の横で、美月は涙目にながら必死に出口へと急かした。


 占いのコーナーでは、占い師役の生徒が二人を見て言った。


「あなたたちは運命で結ばれた相棒ですね」


 美月は再び顔を赤くした。



 写真撮影ブースでは、探偵とメイドの珍しい組み合わせで記念撮影。


「良い思い出になったね」


 蒼太が写真を見ながら微笑む。


「はい……」


 美月も心から楽しんでいた。蒼太が自分のために文化祭を楽しませてくれていることがとても嬉しかった。




 夕方になり、二人はブレーカー室に向かった。


「あれ、特に何もないですね……」


 美月が室内を見回すが、特に変わった様子はなかった。


 蒼太が再度問題文を読み返す。


「『十月の二十五、暮れ五つの鐘が鳴る時、灯火を沈めよ。 暗闇を選ぶなら、星が約束を果たす場所へ行け。』……そういうことか」


「えっ、わかったんですか?」


 蒼太の表情が変わった。


「この問題は……19時半に僕にブレーカーを落とすことを指示してるんだ」


「ブレーカーを!?どういうことですか?」


 美月が驚く。


「美月ちゃん『暮れ五つ』って聞いたことあるかい?」


「えっと、確か江戸時代ごろの時刻表現でしたよね?」


「その通り。季節によって変わるんだけど、ちょうど今の時期だと『暮れ五つ』は19時半ごろになる。それに今日のその時間は……」


 蒼太は言いかけた言葉を飲み込んだ。


「どうしたんですか?」


 不思議そうに美月が聞いた。それに蒼太はにこりと笑って答えた。


「これは後のお楽しみにしよう。そして、問題の『灯火を沈めよ。』これは、明かりを消すこと。つまり、照明のブレーカーを落とせってことなんだ」


「な、なるほど……でも、ブレーカーを落とすなんて、問題になりません…?」


「なるね」


 蒼太が困ったように苦笑いをした。時計を見ると19:30まであと数分。


「逢沢先輩は相変わらず僕を困らせてくるな~。怒られるのは僕なんだけど……」


 蒼太は深いため息をつく。そしてしばらく考え込んでから、今度は大きく息を吸い込んだ。


「方法は無茶苦茶だけど、彼女のやりたいことがわかってしまったからね。仕方ない……!」


 蒼太は意を決してブレーカーに手をかけた。


「本当にやるんですか!?」


「巻き込んで悪いけど、先生には『僕が勝手にやった』って言うから許してね」


 蒼太は、19時30分きっかりに照明のブレーカーを落とした。

 すると、学校全体の明かりが消えた。


「停電?」


 校内から、生徒たちの驚く声が聞こえてくる。


「みんな、ゆっくり校庭に避難してください!」


 教師たちの声が響き、生徒たちが続々と校庭へ向かっているのがわかる。


「僕たちも行こう」


 二人も校庭に向かった。


 校庭には多くの生徒や教師が集まり、停電の原因について話し合っている。


「一体何が……」


 その時、誰かが空を指差した。


「あ、星が!」


 停電によって暗くなった空には、星々がくっきりと浮かび上がっていた。

 そして、その夜空に一つ、また一つと流れ星が横切っていく。


「今日のこの時間は、オリオン座流星群が見える時間だったんだ。

『暗闇を選ぶなら、星が約束を果たす場所へ行け。』は、明かりを消したら、この流星群が見える場所に行けってことだね」


 蒼太が夜空を見上げながら呟く。


 校庭にいる全員が、息を呑んで夜空を見上げていた。

 次々と流れる星々が、美しい光の軌跡を描いた。


「綺麗……」


 美月が感嘆の声を上げる。

 周りの生徒たちも、同じように美しい光景に見とれていた。


 蒼太は予告状の言葉を思い出していた。


『見つけられたら、あなたたちにとって忘れられない日になるでしょう』


「これが、先輩が見せたかったもの……」


 あの予告上は、流星群が見られる今夜この時間に合わせて、愛梨が仕組んだものだったのだ。

 明かりがなければ、これほど美しい流星群を見ることができる。文化祭の夜に、学校の皆で見上げるこの光景は、確かに忘れられない思い出になるだろう。


「逢沢先輩……」


『見つけられなければ、あなたにとって忘れられない日になるでしょう。』


 もし、問題を解くことができなかったら。予告上への挑戦を諦めていたら。

 この日は僕にとって苦い思い出となっただろう。

 先輩からの挑戦を断ることも、失敗することも許されない。

 受けて必ず解くしかない。


 最後の最後まで彼女のペースだったなと、蒼太は夜空を見上げながら少しの敗北感を味わっていた。


 それでも、この美しい光景を美月と楽しめたことに感謝していた。



 生徒たちは皆で夜空の美しさを楽しんだ。

 やがて職員が停電の原因に気付き、明かりは復旧された。


 この日、愛梨が現れることはなかった。謎と美しい思い出だけを残し、彼女の本当の真意は聞けず、分からないままだった。


「部長、すごく素敵な文化祭になりましたね」


 美月が満足そうに言う。


「ああ。本当にね」


 蒼太の表情には、もう動揺はなかった。




 翌日、片付けも終わり日常に戻った二人は、探偵部にいた。


「昨日は本当に素敵な夜でしたね」


 美月が昨夜の余韻に浸りながら言った。


「ああ。あれは先輩からの最後の贈り物だったのかもしれない」


 蒼太の表情はすっきりとしていた。


「最後の?」


「僕が先輩の跡を継いで、3年間探偵部を続けてきたことに感謝してくれたんじゃないかな。まぁ、からかってる気持ちもあっただろうけど」


 蒼太は窓の外を見つめる。


「彼女が作った探偵部を、僕なりに続けてこられたんだから……それで十分かな」


「部長……」


 美月は蒼太の横顔を見つめていた。

 いつでも余裕のある彼が、初めて見せた動揺する姿、弱音を吐く姿。

 美月は今回の件で、蒼太のことをより知ることが出来た気がしていた。


 しかし、ふと心に引っかかるものがあった。


「部長は、その逢沢先輩のことを……」


 美月の声が小さくなる。


「好きだったんですか?」


 蒼太が振り返る。美月の表情に不安が浮かんでいるのを見て、慌てて手を振った。


「……え? いやいや、そういうんじゃないよ」


 想定外の問いに蒼太は珍しく驚いていた。


「本当ですか?」


「本当だって。確かに尊敬はしてるけど、恋愛感情とかそういうのは全然ないから」


 少し困ったような顔で否定する。


「そうですか!よかった……」


 美月の表情がぱっと明るくなった。


「よかった?」


「あ、いえ!何でもありません!」


 美月が慌てて手を振る。




「それにしても」


 しばらくの沈黙の後、蒼太が話題を変える。


「美月ちゃんがいてくれて、本当によかったよ。一人だったら挑戦する勇気が出なかったと思う」


「部長……」


「これからもよろしくね。相棒」


 蒼太が差し出した手を、美月は嬉しそうに握り返した。


「はい! こちらこそ、よろしくお願いします!」


 蒼太にとって最後であり、美月にとっては初めての文化祭は、こうして幕を閉じた。

 そして、愛梨の思惑通り、二人にとって忘れられない思い出の日となっていた。


 因みに、ブレーカーの件は蒼太がやったとバレずに済んだので特に申告することもしなかった。

 怒られたくはないからね。そう、いたずらっ子のように笑った。


 

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