着物とドレスのお客様方 その3
喫茶店の窓の外はすっかり夕暮れに染まっている。
街灯がひとつ、またひとつと灯っていき、ステンドグラスに映る光も深い色を帯びていった。
そんな中、私と彼女はまだ席を立てずにいた。
「正直に言うとね、これから先が不安なの」
先に口を開いたのは彼女だった。
紅茶のカップを両手で包み込みながら、少しだけ視線を落としている。
私が黙って耳を傾けていると、彼女はゆっくりと言葉を選ぶように続けた。
「仕事も、生活も……どんどん変わっていくでしょう? 環境も人間関係も。私、うまくやれる自信があんまりなくて」
……意外だ、と思った。
彼女は私なんかと違って明るくて、誰とでも簡単に仲良くなることが多い。けれど、そんな風に悩むなんて。
そう思うと同時に……私はある種、感動を胸に響かせていた。
──彼女も、同じことを悩むのね。
「私もよ」
思わず私が口からこぼすと、彼女は驚いたように顔を上げて、こちらを見た。
「未来って、どうなるか分からないじゃない。誰だってそうだけれど……私は特に、自分に自信が持てないから」
ティーカップに手を伸ばし、淡々と話す私の言葉に彼女は目を丸くして、それから小さく笑った。
「……なんだか、意外」
「意外?」
「だって、あなたは昔から、ちゃんと前を見ている人だと思ってたから」
感嘆した風の彼女の顔に私は苦笑しながらカップをソーサーに置いた。
「前を見ているふりをしていただけよ。むしろ、私からすればあなたの方こそ意外よ」
「え、そう? じゃあお揃いじゃないの、あたしたち」
ふ、と。
お互いに息をこぼして、堪えきれずに笑い合った。
そんな折、黒猫が足元に現れて、にゃあと小さく鳴いた。
まるで会話に相槌を打つように。
彼女は猫の鳴き声に少しだけ驚いて目を見開いた後、笑い声を止めて微笑みながら私を流し見た。
「……じゃあ、これからも今日と同じように、時々会わない? 一緒に色々話して、愚痴でも言って……二人で悩みを分け合えば、少しは楽になるんじゃない?」
その言葉に、私は静かに頷いた。
不安は消えない。けれど、彼女となら──その不安も、楽しみに変わる気がする。
窓の外の色合いは暗く、しかして明るい夜に変わっていく。
あたたかいランプの光に照らされながら、私たちは冷めかけた紅茶を飲み干した。
……未来の形を私たちはまだ知らない。
けれど、目の前にいる友人が変わらず一緒に話して、共に過ごしてくれる一時があるのなら。
不安になるのも悪くないんじゃないかしら、なんて思えた。
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