カップル未満のお客様方 その2
林檎のパフェーを食べ終えた頃には、窓の外はすっかり夕暮れに染まっていた。
ステンドグラスから橙色の光が、店内を柔らかく包んでいる。
黒猫は未だ私の足元で丸くなったまま、時折小さく喉を鳴らしていた。
「そろそろ帰ろうか」
彼の声に私は少し名残惜しさを覚えた。
初めて来たけれど、この喫茶店で過ごす時間はあっという間に消えてしまう。
でも今日は……彼の新しい顔が見られたことで心が熱い。
優しくて柔らかな笑顔。いつもの理知的なものとは違って、無邪気な子どもみたいな表情。
ここにいれば他にも色々な顔を見られるんじゃないかと期待して、余計に心惜しい。
後ろ髪を引かれる思いで店を出ると、冷たい風が頬を撫でた。
思わず肩をすくめると、彼がそっとマフラーを差し出してきた。
「どうぞ」
「えっ、でも……」
「本当は今日、これを渡そうと思ってたんだ」
少しだけ恥ずかしそうにはにかむその横顔に、胸の奥がぎゅっとなる。
──にゃあ。
マフラーを受け取り、そっと首に巻いた瞬間。背後から、黒猫が鳴いた。
店先までついてきてくれたのだろうか。夕暮れの道端に、小さな黒い影が佇んでいる。
まるで「まだ帰らなくてもいい」とでも言ってくれているみたいに。
「ねえ、もう少し……このまま歩いてもいい?」
私が呟くように言うと、彼は瞬きをしてから、ゆっくりと頷いた。
赤くなっている彼の耳と頬はまるで恥ずかしがっている子どもみたいでいじらしく、つい口元が綻んだ。
冬の風は冷たいはずなのに、二人で並んで歩く道はどこまでも暖かい。
私の栗毛を揺らす風の中、心の奥で黒猫の鳴き声がまだ響いている。
──あの黒猫には、見えていたのだろうか。
私の想いと、本当は不器用な彼の本心が。
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