六散人

「カリッ。ガリッ」

今夜もまた音がする。


「プチッ。ピリッ」

あれから少し経って、夜ごとなり始めた音だ。


もう慣れたけど、何の音か分からないのが気になる。

聞き覚えのある音ではあるのだけれど。


別にその音が気になって眠れないということはない。

音がしても、いつも通り眠れる。


だから私の日常に何の支障もないのだけれど。

ただ音の正体が分からないことが、心の片隅に小さなわだかまりを生んでいるだけだった。


いつの間にか深い眠りに落ち、翌朝いつも通り六時過ぎに目覚める。

軽い朝食を摂って身支度を整え、満員電車に揺られて都内のオフィスに出社する。

新卒で入社して以来、5年の間変わらない日常だ。


クニヒコと付き合い始めたのは、一昨年の秋頃からだった。

彼は会社の1年先輩で、そこそこ成績の良い営業マンだった。


背が高く、少しだけ人気俳優に顔立ちが似ていたので、クニヒコは女子社員に人気があった。

だから私が彼と付き合い始めた時、社内のあちこちで嫉妬混じりの風評が立ったらしい。


私は全然気にしなかったのだけれど、同期入社のサエが態々わざわざ耳打ちしてくれた。

「イナムラさん、酷いこと言うよね。いい年して完全に嫉妬に狂ってるよね」


サエは深刻な表情で私にそう告げると、「私、ホノカたちのこと、心から応援してるからね」と真顔で言うのだった。

余計なお世話だったんだけどね。


そんなサエから夕食に誘われたのは、長く暑い夏が漸く終わり、秋の雰囲気が漂い始めた頃だった。

場所は会社から二駅の場所にある焼肉店。

サエは自ら<肉食系>とうそぶく肉大好き女だったから、彼女に任せるとそういうチョイスになるのはいつものことだった。


店内は雑多な年齢層の客で溢れていた。

その人数分だけ、会社や家庭への不満が店内に充満している。

それも見慣れた光景だった。


「クドウさんのこと、何か分かったの?」

一杯目のビールを口にしながらサエが訊くので、私は「分からない」と答える。


クドウというのはクニヒコの苗字だ。

彼は一か月前から消息不明になっていた。


サエはさも私を気遣っているような素振りをしていたが、私は彼女の心底が知れているので、心の中で冷笑していた。

何故なら彼女はクニヒコの浮気相手だったからだ。


だからサエはクニヒコのことが気になって、私を誘って何か訊き出そうとしているのだ。

サエは私の素っ気ない答えに失望したように、ジョッキのビールを呷って、焼けた肉に手を着け始めた。


その時私はハッとした。

「カリッ。ガリッ。プチッ。ピリッ」

毎夜聞き慣れた音が聞こえて来たからだ。

それはサエが骨に着いた肉を嚙みちぎる音だった。


ああ、あの音は骨に着いた肉を噛みちぎる音だったのか。

私は心底得心がいって、幸せな気分を味わうことになった。

サエも偶には役に立つじゃない。


一か月前、私は部屋を訪れたクニヒコに毒を盛ったのだ。

別にサエと浮気していたことに腹を立てていたことが理由ではなかった。

単に独占して愛玩したかったからだ。


だから死体は臭いが漏れないように厳重に処理して、部屋の押入れに仕舞ってある。

世間には何もバレていない。


いずれ肉が朽ち真っ白な骨になるまで、クニヒコは押入れの隅で過ごすことになる。

私を喜ばせるために。


でも誰かが、夜な夜なクニヒコの肉を齧り取っているようだ。

一体誰なんだろう。


でもまあいいか。

綺麗に肉を食い尽くしてくれたら、後には真っ白な骨が残るのだから。


その骨をピカピカに磨いて、飾っておこう。

それでクニヒコは永遠に私の物になるのだから。


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六散人 @ROKUSANJIN

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