第54話 Scene:翼「おそいー、どこ行ってたのー?」
企画書なんて初めて作った。ラップトップで参考動画を見ながら、やってはみたけど……まぁ、割といい出来だと、自分では思っている。
「そろそろ、行くぞ!」
望を撮影に連れて行く時間だ。
クリアファイルに印刷した書類を入れて、鞄に忍ばせる。
「今日の撮影は事前に台詞のページ指定あったろ?ちゃんと覚えたか?」
「もち、の、ろん、です」
「何だそりゃ」
ご機嫌麗しいお姫様を助手席に乗せ車を走らせる。
「着いたぞ」
「はい。どうもありがとう」
あ、ケイコさんになってるのか。
「こちらの控室でおまちくださいね」
望を置いて、スタッフさんたちに挨拶に行く。
プロデューサーさんを探す。忙しそうなら、今は声を掛けるタイミングじゃない。
カメラの隣で台本を片手に、缶コーヒーを飲んでいるところを発見した。
「おはようございます」
「月岡君、おはよう。今日もよろしく」
「よろしくお願いします」
いけそうか?
「あの、お時間あるときでいいので、これに目を通していただけたらと……」
クリアファイルを差し出す。
「企画?考えてきてくれたの?」
「はい。出過ぎた真似をすみません。でも、花里のことをまた使っていただきたくて」
「預からせてもらうよ」
そう言ってプロデューサーさんは俺の肩をポンと叩いて行ってしまった。
大丈夫だよな。事務所には確認した。望のことを売り込んでもいいかと聞いたら、事務所の評判を汚さない方法でなら構わないと言われた。先輩に聞いたら、企画書を出したことがあるという人がいて、俺もやってみようと思った。
この前のシーンで望のガッツはプロデューサーさんも知ってくれているはずだ。望にピッタリのはまり役を俺なりに考えてみた。
ペットボトルのジュースとお茶を買って、控室に戻る。望ならジュースだが、ケイコさんの時はお茶を飲む。役になり切った望と付き合ううちに、最近、身に付いた俺の新常識だ。
「お待たせ……」
じっくり顔を見ればどっちか分かるが、ぱっと見では厳しい。おそらく時間帯的にケイコさんだと思ったが、望でいる可能性も捨てきれない。最初の頃とは違い、自分の意思で人格を行ったり来たり出来るようになってきているようだった。
「おそいー、どこ行ってたのー?」
望の方か。ジュースを差し出す。
「買ってきてやったぞ」
「わーい」
企画書の事は言っていない。変な期待を抱かせても悪いしな。だけど、この仕事が終われば、俺たちはまた待ちの一手だ。それはそれで心細いだろう。
「望さぁ、就活した方がいいかなー?」
「時期的に新卒採用枠はないから、就職浪人的な感じいいんじゃね?」
「しゅーしょくろーにん……」
何を考えてるんだか。
「望、ケイコさんになりきったらぁ、お仕事すぐに決まると思わないー?」
「思うけど、仕事行く間ずっとケイコさんのままだぞ」
「ひゃっ、それはもう望じゃないっ!」
「そういう事。無理すんなよ」
「あっぶなぁーい!あやうく、ケイコさんになってしまうところだったー」
単細胞だな、全く。
望の名前が呼ばれて、撮影スタジオに移動する。
今日はケイコさんが上京してきて、職探しの末、知り合った社長に拾ってもらう日の撮影だ。
「はい」と返事をして、立ち上がった望の顔つきで、既にケイコさんになっていることが分かった。
先日、屋外で撮影した社長との対面シーンからの続きで、初めてのオフィス訪問の日になる。ここで、このドラマの主演女優と初対面するのだ。主演は頼りがいのある姉御肌のキャラで、ケイコさんはこれまでの人生に無かった程の親切な対応を受けることになる。見ていて幸せ満点のシーンだ。がゆえに、先日の乱暴なシーンとの対比が映える。
望の為に俺が作ったシナリオは、路上アーティストから鮮烈にデビューを飾るサクセスストーリだ。望は歌が上手いから、うってつけの役だと思った。だが、幸せなだけでは物語としての面白味がないことをここで学んだ。だから俺も、過酷な試練となるシーンを想定して入れてみた。主人公には長年付き合っている彼がいて、入籍した直後にデビューが決まる。事務所の方針で仕方なく書類上、一旦離婚をする。その後、デビューライブの日に彼がライブハウスに行く途中、事故に遭い亡くなる。当然、死に目には会えない。
設定の関係性が自分と重なり、俺としても気が重くなったが、あくまで物語だ。
望の肌をさらけ出すシーンは勘弁してもらいたい。俺が考え得る、最大限の不幸がこれだった。
「私、ここで働きたいです。お役に立てるよう頑張ります!」
セットの中での望の台詞が光を思い出させ、胸が熱くなる。
光の会社もこんな感じなのかな。
「期待してるからね、一緒に頑張ろうね」
田中さんがこういう良い先輩であることを願う。
この後、一旦、解散になり、控室に戻る。着替えてから、すぐに次のシーンのテイクが始まる。今日はこの繰り返しで、オフィスシーンを立て続けに撮影していくことになっている。
しばらくケイコさんが続くと、望は俺に異様に甘えてくる。
困ったふりをしているが、嬉しくないはずがない。
長い撮影が終わるのが、今から待ち遠しい。
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