第8話 変わる噂
いつもの帰宅時間から大幅に遅れた午後6時の自宅。居間ではテレビが付いていたものの、それを見ているはずの妹の
いや、見るならどっちかにしろよ。
そう思ってテレビの電源を切ったのだが、
「見てるんだから消さないでよ」
イヤホンを耳から抜いた優奈に文句を言われてしまった。
「スマホいじってただろ?」
「見てたんだけど。お兄ちゃんは「ご飯食べるかテレビ見るかどっちかにしなさい」って言われても困るでしょ?」
「それは目と口でやってることが違うからだろ。テレビとスマホなら目と目じゃねぇか。しかもイヤホンしてたんだからテレビの音が聞こえるわけがない」
「お兄ちゃん、ながら観って知らないの?」
そう言ってやれやれと肩をすくめてみせる優奈。
「ながら観って、そんな自慢げに使う言葉じゃないぞ」
「わかってないなぁ。時間の倹約なんだよね、これ。同じ時間を使って多くの情報を得る方法。しかも動画は二倍速で観てるからさらに情報取得最効率」
「それ、一つのことに集中できなくなるからやめたほうがいいんだがな」
もはや優奈の謎理論にはため息しか出なかったものの、見てたというのならテレビはつけるしかあるまい。
「てか今日遅かったね? どしたん」
「まぁ、いろいろあってな」
「もしかして、部活でも始めた?」
ソファに横になり直した優奈は、腹筋だけを使ってむくりと起きた。
「違う」
そう答えると、優奈はなんだーとつまらなさそうに態勢を戻す。
「……部活はやらんの」
「やるつもりないな」
「昔はいろいろとやってたじゃん。サッカーとか野球とか水泳とかさ」
「あれは声かけられてやってただけだ。それに小学生のときの話だろ」
「でも大会とかにも出てたし才能があるってことでしょ? もったいないよ」
「部活なんかよりも勉強のほうが将来のためになるとはやくに気づいただけだ」
そう言ったのだが、
「うちのせい?」
優奈は、そんな一言を放った。
「そんなわけないだろ」
そう否定したものの、眉根を寄せた不満げな顔がジッと俺を見続ていた。
やがてようやく諦めたのか視線はスマホへと戻り、イヤホンも再び両耳に装着。
「まぁ、別にいいけどさ」
ポソリと呟かれた言葉は俺にではなく、優奈自身に吐かれたもののように思えた。
◆◇◆
人の噂も七十五日というが、俺達が生きている時間の中で七十五日はあまりに長い。それどころか、一つの噂が原因で日常そのものが壊れてしまうことだってある。
だから、俺達は噂話を馬鹿にできず、狭い校舎の箱の中で人目を気にして生きている。
その日、新道先輩と安藤モカが別れたという話が、俺のクラスまで出回っていた。
そして――新道先輩は、喧嘩をしていないんじゃないか? という疑惑も。
俺が聞き耳を立てて聞いた限り、メインとなっているのはそっちのようだった。
元凶は無論、愛季内なのだが、安藤モカが別れたという話がその説を有力にしてしまったのかもしれない。
人は分かっていることよりも、真相がわからないことに興味をもってしまうもの。あれだけヒーローとして称えられていた者の話題は今や、好奇に晒されていた。
たぶん、愛季内がその真相を語ることはないだろう。そうでなくとも、俺に承諾を得ようとしてくるはずだ。あいつはそういう奴だから。
真実は闇の中。それでも、憶測や疑惑が消えることはない。そして、そんな曖昧なもののほうが真実なんかよりもずっと怖い。
新道先輩はそれを今まさに味わっているに違いない。そして、自ら申し出た手前取り下げることもできないはず。
逃げ道を失った人間は何をするかわからない。その矛先がどこに向くのかさえわからない。たとえそれが自業自得だとしても。
憎しみは誰かを刺すまで収まることはないのだから。
では、俺はどうするべきか。
簡単だ。狙われそうな人間を守るのではなく、狙う側の人間を張ればいい。
その日から、俺は市場価値活動部には行かなくなかった。
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