第14話 今後借金返済まで報酬五割天引き

「今後借金返済まで報酬五割天引きって酷すぎない?」

 耐えきれず不満をこぼした私に、アエラスは一拍置いてから淡々と返した。

「残念ながら当然だな」

「むしろ、それで済んで良かったと思いますよ」

 セレファインまでうなずく。

 いや、良かったと思っているのはあんたたちだけでしょ。

 馬車はきしむ音を立てながら、乾いた街道をゆっくり進んでいた。私たちはサウスマウンテンに向かっている。大陸でも比較的落ちついた南方の山岳地帯で、温泉や鉱石で有名な場所だ。四つの都市を経由して十日ほど。治安がそこまで悪い道のりではないけれど、魔物や盗賊がいないわけではない。だから護衛仕事の依頼も多く、私たちは旅費を浮かせるためにこうして馬車に同乗している。

「こちらとしては、そんな強い冒険者さんがいてくれて心強いわ」

 ほがらかな声で言ったのはドワーフの女性、バルガナ。堂々とした体格で、腰には自作と思われる小槌がぶら下がっている。刀剣の制作と卸売をしているらしく、鍛冶の腕は相当だと聞いた。

 馬車の幌越しに差す陽射しは白く柔らかい。時折吹き込む風が汗を奪っていき、重い旅路に心地よい緩和を与えていた。

「いや……でもなんか納得いかないんだけど」

 私はむくれた声で言う。

「お前は家の害虫駆除を依頼した結果、家を燃やされたらどう思う?」

 アエラスがこともなげに言ってくる。

「そりゃ怒るよ」

「つまり、そういうことだ」

「……なーほーね?」

 言い返せないけれど、なんか違うと思うんだよね。害虫駆除ですまない命がけの現場だったはずなんだけど。そもそもあれは私のせいだけじゃなくない?

 胸の奥がもやもやして、私はもう一度食ってかかる。

「なんで私だけ天引きなの!? アエラスとセレファインはなんで借金にならないの!?」

「燃やしたのはお前だろ」

「協力してくれたんだから共犯じゃん!」

「共同正犯を主張されたい気持ちはわかりますが、魔法の規模についてボクたちは知りえない立場にいたので責任はないんですよ。残念ながら」

「やっぱり納得いかない!」

 私が頭を抱えると、セレファインがなぜか微笑む。

「まぁ、とにかく身分証を発行してもらえて良かったじゃないですか」

「頭なでようとするな!」

「ごめんなさい、つい」

 こいつ、絶対楽しんでる。

「メルは魔法使いなのか? 立派な剣を背負っているようだけど」

 バルガナが話題を変えてきた。旅慣れていて空気を読むのがうまい人だ。

「魔法が使える剣士だよ」

「魔法剣士ってやつか? 珍しいな」

「見た目の割に腕が立つぜこいつ。剣も魔法も一級品だ。中身は見た目通りガキだけどな」

「子供じゃないもん!」

 上げて落とすのがアエラスのデフォルトスタイルらしい。

「十六なんて子供みたいなもんだ」

「十六!? てっきり十歳くらいかと思ってた……他種族の年齢はよくわからん。特にヒトは幼く見えるからね」

『なかなか鋭いドワーフだな』

『兄様、そこは感心するところじゃないでしょ。私は学内で大人だって言われてたし、その大人っぽさが買われて使節団にも選ばれたんだから!』

「メルさんは特に子供っぽく見えますね」

「セレファイン……」

「ちょっと蹴らないでくださいよ」

 いい加減にして欲しい。

「それにしても良い剣だ……ちょっと見せてもらってもいいか?」

 バルガナの目がキラリと光った。職業病だ。

 私は兄様と念話で相談する。

『見せてあげてもいい気がするけど……兄様は大丈夫そう?』

『俺は構わないよ』

 ベルトを外し、剣を鞘ごと手渡す。

 バルガナはずっしり受け取ったかと思うと、ひとこと。

「見た目より軽いんだな」

 手慣れた動きで鞘、柄、鍔を順々に眺めていく。指先の触れ方に職人らしい慎重さがある。

「これ……どこで手に入れた?」

「お家にあったやつ」

「なあ……あんた、貴族の出身なのか」

「っ……!」

 胸の奥が跳ねた。

「なんでそう思うの?」

「これ、魔女共和国騎士団の紋章が彫られてる」

「あ、あー……そうなの? 兄様のを勝手に持ち出したから知らなかった」

「どういうことだ?」

「えー……、あっ……と……家出! 家出してきたの! 詳しくは言えないけど色々嫌になって!」

『もう少しマシな言い訳はないのか?』

「うるさいっ!」

「え!?」

 バルガナもアエラスもセレファインも三者同時に声を上げた。

 しまった、念話と普通の声の切り替えミスだ。

「あ、ごめん……ちょっと家出のときを思い出して」

「なるほどね……訳ありってことか……まぁ冒険者ならよくあることか」

 バルガナは深くは追わずに納得したらしい。アエラスとセレファインは聞こえないふりをしている。逆に怖い。

 ひと息ついたところでバルガナが言う。

「抜いても良いか?」

「どうぞ」

 鞘から静かに刀身が露わになった瞬間、陽光を受けて淡い光が反射した。

 兄様の微かな魔力の波が、空気を震わせる。

「ふうん……良い剣だね」

 バルガナは剣を角度を変えながら、目を細めて観察した後、ぽつりと言った。

「なにこれ魔剣かなにかなんか? とんでもなく強い魔力が感じ取れるんだけど」

「そ、そうなの? よくわかんないなぁ……ははは……」

「使い込まれた剣が魔力を吸って魔剣化することはあるけど、これは相当だね。あたしが見るのは三本目だ」

「へぇー」

 私は曖昧に返しつつ、内心心臓が跳ねていた。兄様の正体に気づかれたらどうしよう。

「……それにしても」

 バルガナがふいに私を見る。

「な、なに……?」

「もっとちゃんと手入れしろよ!」

 馬車の中に雷のような声が響いた。

「ところどころ水垢だか皮脂だかの汚れがついたままだし、峰は曇ってるし、なんならちょっと刃も欠けてるし! どんな扱い方したらこんな酷いことになるんだ、剣が泣くぞ!」

『……兄様泣いてるの?』

『いや?』

「こんなんでよく魔物を切れるな?」

「どちらかというと突いたり、叩いたりすることの方が多いかな」

「剣は棒じゃないぞ!」

「知ってるよ?」

「……はぁ……お前本当に剣士なのかよ」

「どちらかというと魔法使い寄りだよな、コイツは」

 アエラスが横から言ってくる。

「スパイダーのとき以外、剣を振るったところは見ていませんね」

 セレファインは淡々と事実を述べる。余計な事実を。

 私は背中に冷たい汗が流れるのを感じた。

「まぁ、遠距離魔法で対処するのが多いタイプなんだろ。魔法剣士ってのは色々いるしな」

 バルガナは勝手に納得してくれていた。危機を脱したかもしれない。

「これじゃあ剣があまりにもかわいそうだ。研磨はできないから、まずはクリーニングだけでもしてやるよ。街に着いたらあたしの工房に来い。徹底的に磨き直して、ついでに剣の手入れを仕込んでやる!」

「わ、わー、ありがとう」

 ありがたいけれど、気が重い。

 剣の手入れを仕込まれる未来が見える。絶対めちゃくちゃ厳しいやつだ。

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