第13話 魔族の特徴
魔族の特徴を一言で言い表すなら、不老不死である。姿かたちは人間と変わらない。というより元人間だ。禁断の魔法により不老不死を得た人間の一グループをそう呼ぶ。
彼らがいつ頃から出現したのかはよく分かっていない。ヒトによる最古の記録は千二百年ほど前までさかのぼる。エルフやドワーフにはもっと昔の記録が残されているらしい。
不老不死である彼らは徐々に数と勢力を増した。その不老不死の秘法をめぐって勃発したのが約千年前の人魔大戦だ。ヒトにとっては古代の戦争だが、長寿のエルフにとってはそうでもないらしい。さすがに当時を生きたエルフはいなくなったが、それでもその戦争の影響は色濃く残っている。アエラスの激しい憎悪なんかはその例のひとつかもしれない。
魔族はその強大な魔力で初戦こそ圧倒したが、やがて人間側に現れた四人の英雄の活躍により最終的に敗北した。彼らはドライプラトーに逃げ込み、いまもイーストプレーン奪回を狙っている。
この魔族との争いの最前線にいるのが、実は魔女共和国、私の母国だ。魔族に対抗するために魔法を著しく発展させたのが私たち魔女である。
魔女は、特に卓越した能力を持つ魔法使いの女の子の中で更に高等教育を受けた者のことだ。
別に魔女の魔法自体は秘匿されているものではない。頑張って研鑽を詰めばある程度は誰でも使えるようになる。一般的に魔法を使えるものを魔法使いと呼び、さらに特に優れた女の子たちを魔女と呼ぶ。ちなみに魔男というのはいない。魔法の取り扱いについて性差は特になく、伝統的に女の子は魔法使いに男の子は騎士になるというだけの話。なおたまに男の魔女や女の騎士もいる。
私自身は魔族との本格的な戦争経験はない。先日、ちょっと戦ったけど、あれを戦争とは言わない。だから今回のお仕事は初めての魔族との戦争になる。
「……俺たち三人だけで良いのか……?」
アエラスが少し不安そうだ。
「三人だから良いんだよ」
私は答えた。
天気は晴れ。青く晴れ渡る空。少し乾燥した空気。さぞかし火がよく燃えることだろう。
戦争で使う魔法は規模が大きい。一歩間違えたら味方にまで被害が及ぶ。だから魔女は少人数で前線に出るのだと習った。事前情報によれば相手は高々十人なので私一人で充分だ。
「どうするおつもりですか?」
「簡単だよ」
セレファインの質問に私はにっこり笑って言った。
「山ごと焼き払う」
「……山ってどこですか?」
「見えてる範囲全部」
私たちはエオリッド道の中腹にいる。目の前には穏やかな山と斜面を覆い尽くす森がある。
「それをおひとりでするんですか? さすがに無理がありませんか?」
「そう。そこはアエラスとセレファインの出番。私が準備を整えるまで守って欲しいの」
これも習ったことだけれど、大規模な魔法を構築する間に襲撃を受けやすい。魔女共和国での戦争における騎士の仕事は主に魔女の護衛と魔法を放つまでの時間稼ぎだ。本来なら兄様の役目であるが、兄様は剣になってしまったので代わりをアエラスとセレファインにやってもらうだけの話。
「魔法陣をこれから地面に書きます。これが結構目立つから、たぶん、魔族側から襲撃が来ると思う。それを防いで欲しい」
「待て待て。たった二人で、倍以上の戦力ある襲撃を防げと言うんだ」
アエラスが言った。
「心配いらないよ……!」
私は呪文を唱えて二人に魔法をかけた。
「矢よけの加護と魔法耐性を付与したよ。これで絶対に矢が当たらないとか魔法を無効化できるとか、そういうわけじゃないけど、ある程度耐えられと思う」
「ある程度ってどれくらいだ」
「矢なら千本くらい。魔法なら……威力によるけど十発くらいかな」
「……マジかよ」
「これかなり上級の魔法ではないですか? メルさん、中級っておっしゃってませんでした?」
「あ……ええっと……中級だよ中級! そんなに難しい魔法じゃないから」
「まぁ……そういうことにしといてやる」
「これが難しくないと言われたら世の中の魔法使いは失職しますね」
二人ともまったく信じてくれなかった。
『調子に乗りすぎた……でも必要なことだし……』
『いざとなったら二人もここでまとめて始末すれば良いだろ。魔族にやられたと言えば説明がつく』
『兄様……それはあんまりじゃない?』
『メル、お前が生きていくために必要なことなら俺はなんでもやる』
『なんでもやる……って、実際にやるのは私だよね……』
『この二人に関して言えばそんな心配はいらないと思うけどな』
『それはそうだよ!』
知り合ってそんなに経ってないけど、仕事のパートナーであり友人だ。手にかけるようなことはしたくない。
さっそく私は魔法陣を描く準備を始めた。まずはチョークで下書きをする。今回使用する規模の魔法を考えると半径が三メートルは欲しい。真ん中に杭を打って紐を伸ばし、ぐるっと円を描く。外側と内側にひとつずつ、二重の円だ。その円弧に正三角形を重ねて基本となる陣を書く。陣が書けたら大きいと円と小さい円の間に呪文を書いていく。これは表意文字なので見た目はほとんど模様というか絵というかそんな感じだ。別に普段使いの表音文字でも良いのだけれど、より多くの魔力を効率良く使うには表意文字の方が良い。
さて下書きができたら清書だ。簡易なものならこのまま魔方陣の上で魔法を放てば良いのだが、今回は簡単に消えてしまっては困るので円匙を使う。見た目はほとんどシャベルと同じで、頭が細長く先端は鋭くなっている。細かい溝を掘るのに適した土木用の道具である。これでぐりぐりと下書きに沿って魔法陣を紙面に彫るのである。
魔法陣を描くのに魔法を使えば良いんじゃないのか? そう思っていた時期が私にもありました。出来なくはないんだけど、普通に手と体を動かした方が早く正確にできあがる。魔法で魔法陣を書くのは、パペット人形を使って絵を描くようなものだ。どんなにまどろこしいのはすぐにわかると思う。
言葉で言うのは簡単な作業だけど、実際にやるとなるとこれが結構な労働で時間もかかる。特に清書段階では魔力を込めながらの作業だ。全身を使って地面を掘るので当然無防備。魔力を使うから敵から動きは丸見え。
そんな状況を見逃す間抜けな敵なんているはずもない。
「痛え! かすったか!」
「治療します」
「セレファイン後ろにいるぞ」
「え? あ! 待って待って!」
そこへ一筋の稲妻が走る。片手間に私も応戦する。
「メルさん、ありがとうございます」
「言ってないで早く追い払って」
「そんなこと言ってもお前……この矢の雨の中どうしろと……!」
「アエラスだって弓矢使えるでしょ!」
「弓を引く暇がねぇよ!」
「ボクがなんとか時間を作ります!」
セレファインがなにやら呪文を唱えた。すると地面がもりもり盛り上がって壁ができた。
「バカ! そこ魔法陣の上だよ! 何してくれんの!」
「あぁ! ごめんなさい!」
「でもおかげで矢を放てる! エルフの連射技術を味わえ!」
仕方なく私は下書きからやり直し、魔法陣が書き上がったのは夕暮れ時のことだった。
「みんな伏せて!」
私は魔法陣の中心に立ち、魔法の杖を腰から引き抜いた。魔族が潜んでいるであろう山に向けてびしっと杖を向け、呪文を唱える。
魔法陣がぼんやりと白く光り、光の筋が魔法の上の先端に集まる。それはやがて大きな火の玉となり……龍のような火炎となって山々に襲いかかった。
「うわぁ!!」
「逃げろ!!」
「退けー!!」
魔族たちの悲鳴が聞こえる中、山が炎に包まれる。
「……あっつ!?」
アエラスも悲鳴を上げる。
「服が……服が焼けるじゃないですか!!」
セレファインが泣き言を言うが。
――魔法を放ってる本人が一番熱いんだよ!
もちろん対策はしている。常に自分の周りには雨のカーテンを作って熱を発散させている。それでもぜんぜん足りない。火傷にならないようにするのがせいぜいだ。
物語では涼やかな顔で魔法を放っている魔女だけれども現実はこんなもん。
魔法を放って小一時間ほどして、陽は落ちた。山々はまっ黒焦げになった。肉の焼ける匂いや炭の匂いがあたりに充満する。魔族の気配は無い。魔物の気配もない。ついでに動植物の気配もない。あるのは荒涼とした禿山だけである。
「これで依頼は完了ね」
私は胸を張って言った。
「……あとで怒られるやつだ」
「損害賠償が怖いですね」
戦争なんだから山一つくらいなくなるのは当たり前でしょ。アエラスとセレファインは何を心配しているんだろう? その時の私はよく理解できなかった。
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