第9話 私たちは聖クルカンの居室の調査に
私たちは聖クルカンの居室の調査にやってきたのである。だから私は体液まみれのまま、グレイトホラスパイダーを解体しなければならなかった。この巨体を片付けねば調査ができない。
つらい。虫なんて大嫌いで触りたくもないのに。図体が大きいから風の魔法でも対処できない。手でやるしかない。つらい。
せっせと私が魔物と向き合っている傍らで、セレファインは居室を熱心に調べ始めた。アエラスは調査の間、魔物が来ないように見張っててくれている。
私が生まれるはるか前に踏破されている場所だ。新しい発見があるとも考えにくいのだけれど……調査した結果何も無かったというのも成果のひとつだ。この魔物だって殻の一部でも持って帰ればお金になるし。これは無駄な行為ではなくて、きちんと証拠を積み上げて検証する科学的なやり方なのだ。
それはそれとして、魔物の体液でぐちょぐちょになったまま作業するのはつらい。早く帰りたい。さっさと一次調査を終えて帰りたい。湯浴みしたい。
「メルさん! これは大変なことですよ!」
興奮した様子でセレファインが叫んだ。
「なにか発見があった?」
「ボクが調査した文献と部屋の構造、壁や床に書かれた紋章が完全に一致するんです」
そりゃあ大抵の文献はここを調査後に書かれてるからね。一致してないとおかしいよね。
「しかもこれ、ボクが睨んだとおり、フロア全体に刻まれた魔法陣の一部になってます!」
「……魔法陣?」
魔法陣の話は初めてだったのでちょっと興味がわいた。
「はい、そうです。地下に封印された賢者の石のかけら……エレメントの魔力が漏れ出すのを防ぐものですね」
「なーほーね」
どんな願いでも叶えるというのが真実だとしたら、それは余程の魔力が必要だ。賢者の石が実在するならその魔力の残滓が必ずあるはず。現実にはそんなものが発見されない。だからおとぎ話だと言われていた。
でも魔力が漏れないようになっていたのなら話は別だ。
「その魔法陣が今まで見つからなかったのはなんでだろ?」
「とても簡単な話です。誰も探そうとしなかったからですよ。エレメントを在処を示した碑文が破壊され、その写しが偽書と認定され、封印されたその地は調査済みだと喧伝され……、その上で魔物が出る中で、実りがなさそうな場所をあえて調査する変わり者がいると思いますか?」
「ここにいるね」
「普通の僧侶なら教団の、碑文は偽書、聖墳墓は調査済み、という見解を疑いません」
「つまりセレファインは普通じゃないのね」
「え……あ、まぁ……そういうことです」
急に歯切れが悪くなった。
「ちなみになんだけど……」
私は解体の手を止めて部屋を見渡した。
「私にはその魔法陣が見えないんだよね」
魔法陣には魔力が込められている。そこに魔法陣があるなら魔力探知に引っかかる。でも私の魔力探知には反応がない。セレファインが嘘を言っているとは思わない。その代わり少し頭がおかしい可能性を疑っている。自分で普通じゃないと認めてたし。
「魔法陣自体が巧妙に隠蔽されています」
「うん」
良くある言い回しだ。
「こうすると見えます」
そう言ってセレファインは手をかざして、呪文を唱えた。知らない言語だった。一応、ヒト、エルフ、ドワーフ、セルキーの四大種族の言語は勉強している。喋れるかどうかは別にして、その違いはなんとなくわかる。その四種のどれにも当てはまらない言語だった。もちろん、言語は無数の種類があるから私が知らない言語があってもおかしくないんだけど……
知らない言語で発動された知らない魔法は、私の魔力探知を大きくかき乱した。そして今度はひとつの流れを作り出した。時間を巻き戻すような流れだった。実際に時間を巻き戻しているのではなく、自然な魔力の流れを、あたかも川の下流から上流に遡るような、そんな流れだ。
しばらくして床に、直線と見間違えそうなゆるやかな金色の弧と文字、紋様がうっすらと浮かび上がってきた。
「うお、……なんだこれ」
アエラスが動揺して声を上げる。
私自身は思いもよらない魔法に言葉が出なかった。
――なんだこれ……なんだこれ!?
「ご納得頂けましたか?」
セレファインは手を下ろした。魔力の流れが元に戻る。セレファインの額にはうっすらと汗が滲んでいた。かなり消耗する魔法であるらしい。
特殊な魔法でしか発見できない隠蔽された魔法陣……なーほーね。
私はなんだかそわそわした気持ちになってきた。
「しかし困ったことになりました」
「どうしたの?」
「思っていたより魔法陣が強固なのです。この魔法陣をなんとかしないと地下の隠し扉を見つけられないのですが、そもそもこの魔法陣の解析が難しくて……」
「それは写本に載ってないの?」
「写本には魔法陣があることまでしか書かれていません。一部だけ解析すればなんとかなると思ってたんですが甘かったですね」
「それさー、私も手伝わせて」
うずうずする気持ちを抑えきれず、言ってしまった。
未発見の魔法陣の解析なんて、魔女からしたら最上の獲物だ。どんなものか見てみたい。仕組みを知りたい。可能であればこの手のものにしたい。
「手伝っていただけるんですか? でもそれに見合ったおカネが出せるかどうかは」
「その魔法陣を解析して得た知識を報酬としてちょうだい 」
セレファインは一瞬目を丸くしたが、そのあと笑顔になった。
「そういうことでしたら」
「おい待て。それはつまり、俺はいつまで拘束されるんだ?」
アエラスが言った。
「聖墳墓の攻略が終わるまでだよ。大丈夫、聖墳墓に潜らない日は自由にしてくれていいから。といってもフットヒルから離れてもらったら困るけど」
「……割に合わねぇ仕事だな。これは貸しにしとくぜ」
「ふふふ……ありがとう」
「では早速他の部屋も見ましょう」
「待って」
スキップして出ていきそうなセレファインを私は呼び止めた。
「今日はここまでにしない?」
グレイトホラスパイダーの解体や運搬もあるし、なにより身体が体液まみれだ。
魔法陣は気になるけどいったん仕切り直ししたい。
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