第3話 インベントリの魔法
インベントリの魔法であらゆる物を持ち運べるといっても限度がある。無限に運べるのなら馬車なんて必要がない。というか魔法で空間を歪めて格納する場所を確保しているだけなので、質量がなくなるわけでもない。結局、自分の体力を超える荷物は持ち運べないわけで……
『ほん……っとうにお前、力がないな!』
「十二歳のか弱い女の子に何を期待してるのよ」
インベントリの魔法は荷物をコンパクトにまとめるのには役立つけれども、いざ荷物を持って移動するとなると、やはりリュックを使うのが一番合理的だ。馬車に残されていた手頃なリュックに、インベントリの魔法で食料や水、その他野営に必要な備品を詰め込むわけだが、残念ながらその量は私が背負える分だけだ。
『これじゃあ三日くらいしか持たないだろ』
「だからほうきで飛んで、なんとか三日以内にはギルド自治領に着けるようにがんばってるんでしょ!」
『使えるポーションが残っていて良かったな』
というわけで私たちはいま、ギルド自治領に向かってほうきに乗って飛んでいる。剣である兄様は背中に背負っている。腰に差そうと思ったけれど身長が足りなかった。兄様の上からリュックを背負った格好なのでちょっと見栄えが悪い。
ちなみに飛行魔法は意外に魔力を消耗する。自分自身だけならまだしも、複数の人間や貨物を長時間飛ばすのは非現実的だ。ともすれば空中で崩れるバランスを細かく制御するには集中力も必要で、稲妻や蘇生といった魔法とは別方向でくたびれる。魔女共和国であっても飛行が主流な移動手段でないのはそれなりに理由があるのだ。
ほうきを使うのは空中でバランスを取りやすくするためである。ある程度長さのあるものなら何でも良いのだけれど、魔女にはほうきが好まれる。身近で手に入りやすい道具だし。
上を向けば青空、下を向けば青い草原。日差しは熱く眩しくて、通り抜ける風は冷たい。時折、草原を飛び跳ねるネズミだかウサギだかの小動物が目に入る。遠くには野生のウシやシカの群れ。きっとそれらを狙うオオカミやヒョウなどもいることだろう。私たちの上をワシやトビが飛んでいて、たまにヒバリやツバメが追い抜いていく。
平和なひとときだ。いまのところ魔物と出くわしてはいない。
実際のところ、魔物とそれ以外の線引きはあいまいだ。ドラゴンやグリフォンなど大形で空を飛ぶものはあからさまに魔物だとわかるけれども、ボーパルバニーやブラックドッグのようなものは近づくまで判断のつかないことがある。
『右側から強い魔力を持つ何かが近寄ってきている』
「わかった」
私は少し進路を変えた。
魔力探知で魔力の大きさを測って魔物かどうか大雑把に確認して、あやしい雰囲気があればそこを避けて飛んでいる。兄様が魔力探知をしてくれているおかげで飛行に集中できて気が楽だ。
『いや……ちょっと待てよ』
「なに? 別のところだった?」
『人間だ! 人間が魔物に襲われてる!』
「え」
ぐいっと再度進路を変えた。魔力探知を広げて魔力の発生源を確認する。そして親指と人差し指で円を作ってのぞき込み、呪文を唱えた。大きく見えるようにする魔法だ。
「イビルボアだ!」
一体のイビルボアが三人組の男女を襲っていた。
イビルボアは巨大な牙を生やしているあたりオスのようだ。魔法使いの女一人とと剣士の男二人を、その牙を振り回して突撃を繰り返している。
男女はなんとか突撃を避けて反撃をしているが、イビルボアの素早い動きについていけていない。あれではいずれ疲れ果てて、イビルボアの餌食になるだろう。
『冒険者か?』
「たぶん……私より少し年上くらいかな?」
かなり若手の冒険者だと思われた。まだあまり経験を積んでいないのかもしれない。――私が言うのも変な話だけど。
助けに入った方が良さそうだ。
イビルボアの動きは猪突猛進という言葉がぴったりで、早さと重さを存分に活かしている分、単調というか予測がしやすい。
――まずは足止めをしよう。
私は腰に差した魔法の杖を引き抜いた。イビルボアの動きに合わせて、その移動先に向けて岩を穿つ魔法を放つ。轟音が響き砂煙が舞い上がる。同時に驚いたイビルボアが叫び声を上げた。
そこへ魔法の矢を三発続けざまに撃ち込んだ。けたたましいイビルボアの断末魔の悲鳴が響き渡る。
冒険者たちもまた突然の魔法による攻撃に驚いて地面に倒れていた。
「これだけやれば大丈夫でしょ」
私はそのまま方向転換して先に進むことにした。水や食糧に限りがあるのだ。寄り道はできない。
その後も何度か魔物に遭遇した。できるだけ戦闘は避けたかったけれども、身を潜めて待ち伏せしているものや上空から突撃してくるもの、夜に奇襲をかけてくるものなどはその場で応戦するしかなかった。
三日目の昼には田園地帯が見えてきた。人間の住む世界に戻って来たのだ。小麦の秋やきの時期だからだろう、田畑の手入れや種まきにいそしむ人々の姿があった。私が飛んでくると興味深そうに見上げていた。
――ん?
その視線の一部にいやらしい雰囲気を感じとってスカートをほうきに巻き込み直した。はためくと飛びにくいのでもともとほうきの柄に巻き付けてはある。下からのぞき込まれたところでスカートの中は見えないはずだけれど、念の為だ。
すでに都市の城壁は見えていた。魔物の侵入を防ぐための高い壁だ。田園地帯を超えて魔物が踏み込んでくることはそんなにあることじゃない。でも珍しいことでもない。それに空からやってくることもある。だから集落には必ず、規模の大小はあるけるど城壁なり砦なりがある。そしてこれらの防壁は戦争にも使われる。
魔物の危険があるなかでも人間たちは土地や水、その他資源をめぐって争いをする。私が習った歴史によれば人魔大戦以後、魔族を辺境へ追いやった後、エルフ、ドワーフ、セルキー、ヒト達は自分たちの勢力圏を決定づけるために争い、ヒトはされにその内部で国を作って争い……終わらない戦争で国々が疲弊する中、魔物の被害が急増した。国家が魔物から人々を守れなくなった結果、自然発生的に生まれた職業が冒険者だ。やがて冒険者たちは国家や人種といった枠組みから外れた第三勢力として確立し、世界中の物流や金融を庇護する存在となる。
それがギルド自治領だ。
この土地では人種や生まれ、育ちなどの垣根や格差は存在しない。良くも悪くもおカネの下に平等な場所だ。難民や亡命者、あるいは犯罪などによって国を追われた人々が集まっている。ならず者の集団のようにイメージに反して治安は良い。ここが最後の拠り所だという意識が他の国々にはない一体感を作っているからだ。
……そう学校で教えてもらった。
私たちがここに来たのも、帝国の反乱勢力といえども容易に手出しのできない土地だからだ。ここで資金を貯めて、折り合いを見て共和国に帰る。そういう計画だ。
城壁を飛び越えて都市に入るわけにはいかない。さすがに危険人物と見なされて居場所がなくなる。ここはちゃんと地面に降りて城門を通らなくてはいけない。
「魔女が来るなんて珍しいな。しかも子どもじゃないか」
門番は言った。
「入城証または身分証を持っているか?」
「いえ……旅の途中で魔物に襲われてそういったものは何も持ってないんです」
嘘は付いていない。
「なるほど」
門番の目がすっと細くなる。
私は不安になった。もしかして入れないのだろうか。
「これを持ってまずはギルド領事館に向かうんだ。住民登録の窓口で旅行者登録をしてもらえる。望むなら冒険者登録もできる」
手渡されたのは小さな鉄製の板だった。自由と独立を象徴するネコが彫られている。かわいい。
「ギルドは門をくぐって見える真正面の石造りの建物だ。都市内でもっとも大きいから迷うこともないだろう」
「ありがとうございます」
「街中で怖い目に合うことはないと思うが……まぁ魔女なら心配いらないか?」
「どういう意味?」
「自分の身は自分で守る。それが自由の代償ってことだ」
「わかりました」
――わからない。でも深く聞いたところで答えはなさそうでわかったふりをした。
門番と別れて、都市内に入った。
城門を通るとまもなく広場に出る。目抜き通りと繋がっていて市場になっていた。生鮮食品や加工食品を売るお店、食器や什器などの小物を売るお店、飲食店もあれば、武具を扱う店まで軒を連ねている。そんな場所をエルフ、ドワーフ、ヒトの三種の人種が混ざりあって歩いていて、さながらサラダボールみたいだ。水辺を主な生息地とするセルキーは見当たらない。人数としてはやはりヒトが一番多い。冒険者らしき人間もいるが案外、数は少ないようだ。
行き交う人間たちの隙間を縫うようにして広場を横切り、ギルド領事館へと向かう。
「……おっきいなぁ」
間近で見るとその大きさに圧倒された。魔女共和国では見た事のない巨大さだ。そもそも魔女共和国には石造りの建物がないことも手伝って、私は初めて見る建物にわくわくた。
『田舎者丸出しじゃないか』
「うるさい」
領事館の門は開け放たれていて誰でも入れる。一歩足を踏み入れたそこは玄関ホールで左右に廊下が分かれている他、二階への扇形のらせん階段があった。
玄関ホールには掲示物がたくさんあった。近隣での魔物出現のお知らせや各都市への輸送状況。現在の貨幣相場に金銀相場。もちろん仕事の募集だってある。それらの掲示物を人々は立ち止まって、あるいは歩きながら確認し、仲間内で相談している。
「どこに行けば良いのかな」
『案内板があるぞ』
「ほんとだ」
各種手続きは右手側の廊下の先にあるらしい。行ってみると窓口がいくつにもわかれていて、仕事の応募、報酬の受け取り、資産の管理等々と札がついている。そのなかに住民登録の窓口もあった。
「たぶん、あそこだね」
門番の言っていた言葉を思い出し、住民登録の窓口に行った。
カウンター越しに出迎えてくれたのはいかついおじさんだった。
「どのようなご用件でしょう?」
見た目に違わず低い声とは裏腹にものすごく柔らかな物腰に面食らいつつ、
「門番の方に旅行者登録をするように言われて来ました」
そう答えて、ネコの鉄板を差し出した。
おじさんの目が鋭くなる。
「そうですか……」
おじさんは手元から一枚の紙をカウンターに置いた。
「文字を読んだり書いたりはできますか」
「ベオヘルム語で書けます」
いま話しているのもベオヘルム語だし。
「それは助かります。ではここに必要事項をお書きください」
内容はそんなに難しいものではなかった。名前と生年月日、性別、人種。職種。特技。住居の有無。滞在予定期間。
『本名は書かずに通り名で書くんだ。年齢も十六歳にしよう。職種は剣士、特技は剣と魔法。住居は無しで滞在予定期間は未定(無期限)だな』
「どうして?」
『念の為だ。帝国の反乱分子に見つかりにくくするためだ』
「それはわかるけど……職種剣士は無理があるんじゃない?」
『剣を背負ってるんだから剣士で間違いないだろう』
「なーほーね」
「精霊をお使いですか?」
「え!?」
突然おじさんに尋ねられてびっくりした。
「いえ、ひとりでなにか喋っていらしたので精霊をお連れなのかと思いまして」
「あ、はい……そんなところです」
「精霊使いは珍しいですね。お会いするのはあなたで二人目です」
「そうなんですね」
あはは……と乾いた笑いで誤魔化しつつ紙に必要事項を記入していく。
名前:メル
生年月日:魔女歴一三一七年九月一八年(十六歳)
性別:女
人種:ヒト
職種:剣士
特技:剣・魔法
住居:無し
滞在期間:未定(無期限)
「十六歳……?」
「十六歳です!」
四歳もサバ読むのはさすがに無理があったか……?
「お若いのに剣と魔法をおさめているんですね。精霊使いはやはり才能に優れた人が多いですね」
「ありがとうございます」
「登録料に二千イェン必要ですがお持ちですか? お持ちでない時は後払いも可能です」
「それくらいならあります」
千イェン銀貨二枚を渡した。
「住居無しで無期限滞在ということですね……住まいの紹介やお仕事の斡旋等もできますが受けられますか?」
「お願いします」
「特技の剣・魔法ですがどの程度ですか」
「……ええっと」
剣は初心者、魔法は上級といったところだけど……
『両方とも中級と答えておけ』
「中級です」
兄様の指示に従いそう答えた。
「それでしたら結構色んな仕事をご紹介できますね」
あとはもうギルドのおじさんに言われるがままに住まいを決め、仕事の紹介を受けた。
こうしてなし崩し的に冒険者としてしばらく生活することなった。
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