翡翠のエレジー
雨乃りと
#1〖ネコ〗
もう戻らない。戻れない。君には会えない。
仕方ないか。仕方ないよな、分かってる。
もう、君と話せない。もう、君と一緒にゲームをして、好きな本について語り合って、そんなことすら叶わない。
仕方ないよ。そりゃあ仕方ないけどさ。でもやっぱり、悔しい。やるせなくてしょうがない。どうしてあの日常をもっと大切にしようって思えなかったんだろう。もっと好きって、伝えられる瞬間がたくさんあっただろう。
後悔が、後悔が、後悔が、ずっとずっと
君がいなくなって三年。僕が出会ったのは君によく似たネコだった。
背筋をピンと伸ばしたネコが家の前に座っていた。艶のある真っ黒な毛に、透明感のある水色の瞳。
「君は誰?」
目線を合わせて優しく問いかける。なぜそんなことをネコに訊ねたのか、今となっては分からない。普通のネコと何か違う、きっとそう感じたんだろう。
ネコは首を傾げて「にゃー」と鳴いた。撫でてやると満足そうにゴロゴロと喉を鳴らした。
「ふふっ、可愛いなお前」
顎を撫でようとして、首にネックレスのようなものをつけていることに気づく。
「ん?」
首元のチャームに慎重に触れる。翡翠色の円形のそれは、僕の記憶に深く刻まれているものだった。丁寧に裏返すと、銀色の平面に筆記体で「Kiyoka」と彫られていた。
「……なんで……」
思わず目を見張る。間違いなかった。間違いなく。このネックレスは、僕が初めて彼女にプレゼントしたものだ。
途端、あの果てしなく青かった三年間が、目まぐるしく脳裏を駆け巡る。
初めて彼女と話したのはいつだったっけ。いつ仲良くなったかなんて覚えてないけど、最初はあまり上手くいかなかった気がする。でも、気づいた時には、暇あれば互いの家に上がり込み、一緒にテレビゲームをしたり、アニメを見たりする仲になっていた。
高校に上がってすぐ、中学生の頃と変わらず僕の家で二人、漫画を読んでいた時に「好きだ、付き合って欲しい」って何気なく伝えた。彼女は、漫画から目を離さず「いいよ」とそれだけ言った。
あまりに軽くて適当。でも、それは僕らの関係性を的確に表したようだった。決して悪い意味ではなく、僕らは元より、友達以上の関係だった。
恋人として付き合い始めてからの僕らは、以前よりずっとお互いを異性として意識するようになった。やることはそこまで変わらなかったけど、二人きりの時間がずいぶん増えた。一日一日が信じられないぐらい楽しくて。このままずっと、この何気ない幸せな日々が続いて、高校を卒業して、きっと僕らは夫婦になるんだろうと信じて疑わなかった。
でも、あの時喧嘩して。些細なことだった。いつもは僕がすぐに謝って仲直りするけど、その時僕はなぜか意地を張った。謝れないまま、僕が初めて愛した人は帰らぬ人となった。いくら後悔しても無駄だって、いくら泣いたところで何も変わらないけど、分かってるけどそんなことは。でも、僕の意に反して涙は溢れる。一日に何度も彼女のことを思い出してはたまらなく切なくて、彼女のことが本当に好きだったんだなって苦しくてしょうがない。
好きだよ。今でもたまらなく好きだよ。
「ああ、もう……」
ずっと、ずっと、叶うなら。
「もう一度だけ会いたい……」
会って謝りたい。全部全部謝って、仲直りして、また一緒に。やりたいこと、まだ出来てないことがたくさんあるから。だから、どうかもう一度だけ彼女に会いたい。
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