フェティッシュは動物学?

 イレーネは生物学に属する動物学、特に行動学を専門にした人で人間も含めて動物の行動にはある種のパターンがあるのだという。美穂は動物にも同性愛あるということをイレーネから教わった。イレーネとは美穂がノルランディアの首都であるスノーダールに越して来る前からの付き合いなので、お互いのことはプライベートの事までよく知っている仲である。


 金曜日の午後、美穂の同僚たちが休憩時間にコーヒーを飲んでいた。ノルランディア語でコーヒーブレイクの事をと呼ぶくらいなので、デフォルトは当然コーヒーメーカーで淹れたコーヒーになってしまう。お茶が好きな人にはこれがちょっと辛いかもしれない。


 イギリス人の父とノルランディア人の母がいるハーフのジェーンはコーヒーが嫌いで、完全な紅茶党である。だから自分の分の紅茶をさっさと用意して、コーヒーメーカーには触らない。一番先にキッチンに入ったのなら気を利かせてコーヒーを淹れてくれればいいのにと思う時もあるが、ノルランディアは個人主義が強いお国柄なので、他人の為に気を利かせるということをあまりしないくても咎められたりはしない。日本育ちの美穂はそれに合わせるように心がけてはいるけれど、自分だったらコーヒーくらい淹れてあげるけどな、と思ったりする。



 あと数時間で週末!ということもあり、話が弾んだ。イレーネの一人娘は12歳になるが、最近ませて来たとため息をついた。携帯を取り上げると子どもと喧嘩になるというのは世界共通の話題らしく、この架空の国でも熱く議論が繰り返えされていて、少々耳タコではある。


 その12歳の子が大真面目に母親たちに、つま先フェチというのがあって、足の映った写真をSNSにアップするのを避けているのだと、昨夜夕食のテーブルで話していたという。


 突然フェチというのは心理学の分野ではないかとハンナが真面目な顔で言った。動物学と心理学の境目あたりだわね、とイレーネが説明した。ある研究によると、女性の性的な嗜好というのは父親からの影響が大きいのだという。


 美穂はジェーンに冗談っぽく、ジェーンはイギリス英語が好きなんじゃない?だから父親と同じイギリス人と結婚したとか?

 ジェーンはただにっこりしただけで、特に何も言わなかった。


 美穂は、しばらく考えて口を開いた。父がよく職場で着ていた三揃いのスーツって素敵だと思う。でも、夫も彼もスーツを着ないし、三人の共通点って元スポーツマンってとこかな。

 色々想像したが、それ以外の共通点は見つからなかった。夫と彼には共通するところがいくつかあるが、父とは正反対のタイプがいいといつも思ってたし、とパパっ子のジェーンが羨ましいと思った。


 イレーネは妻と母は仕草がちょっと似ていて、ウケない冗談を平気で言っちゃうところがそういえば似ているかも、と首を傾げた。

 イレーネと妻のセーラはノルランディアで同性婚が合法化されてすぐに挙式した。こちらでは、同性婚のカップルに子どもがいるのももう普通のことになったと美穂は思う。


 ハンナは、ただ聞き役に専念していた。後になって美穂はハンナがシングルマザーの家庭で育ったと思い出して、しまったと思った。特に悲しそうだったり、寂しそうだったりはしていなかったし、ご主人の話をよくするので、夫婦仲は悪くはないのだろう。


 美穂は彼にそういう嗜好があるかどうか知らない。聞くのが怖いとも思う。何となくパンドラの箱は開けない方が賢明な気がした。

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