軍の医者が働く病院では、今日も多くのけが人が運ばれていた。

人の流れを縫（ぬ）って、凉（りょう）花（か）は無表情で目的の場所へと進む。

「『死神先生』だ……」

「『死神先生』よ」

「『死神先生』のご登場かぁ……」

周囲からのささやき声はいつものこと。

堂々と、微（ほほ）笑（え）みを崩（くず）さず、足早に歩いて行く。

「失礼します」

自分が担当する部屋に入ると、そこにはすでにけがを負った多数の軍人がいた。

けが人は、凉花の名前を見ると一（いっ）瞬（しゅん）顔が引きつる。

『死神先生』の噂（うわさ）はここまで届いているらしい。

凉花は気にすることはなく、きれいな笑みを浮かべた。

「こんにちは」

「こ、こんにちは」

「お名前と症状を教えてください」

名前と症状を聞いた凉花は、次々処置の指示を出していく。

その笑みが崩れることはない。

帰宅を指示される者。

入院を指示される者。

ある者は絶望の表情を、ある者は安（あん）堵（ど）の表情を浮かべた。

「せ、先生……私は、治（なお）りますか？」

凉花は安心させるかのように男に微笑みかけるのだ。

「善（ぜん）処（しょ）します」

　＊　＊　＊

「失礼します」

人気のない廊下を歩いていたところで、声をかけられた。

小（こ）柄（がら）な男がこちらを見上げ、小さな紙を差し出していた。

凉花は何も言わず、無表情でその紙を受け取る。

「よろしくお願いします」

逃げるように去って行く影。

それを横目で追ってから、ちらり、と紙を覗（のぞ）いた。

いつも通り、最低限の指示。

暗殺対象者の名前が羅（ら）列（れつ）されて、最後に『忍』の丸印がある。

「……」

この国には『忍（にん）者（じゃ）』がいる。

一般的には現在いないとされているが、凉花の実家　早（さ）戸（ど）家は『忍者の奥（おう）義（ぎ）』を継（つ）ぐ家だった。

凉花を孤（こ）児（じ）院（いん）から引き取った早戸家は、凉花に勉学と『忍者の奥義』を教え込んだ。

そうして凉花は軍の医者になったと同時に、『忍者』として暗殺に関わっている。

「早戸先生？」

「はい」

後ろから声をかけられ、すぐ無表情を笑みに変える。

振り向けば、別の医者が焦（あせ）った顔で走り寄ってくるところだった。

「先生の患者さんの様子がおかしくて……！」

「今いきます」

思い当たる節がある。

多分、二週間前に入院したあの人だろう。

暗殺者リストに名前がある、あの人。

「お願いします」

『死神先生』と呼ばれる理由は凉花が担当する患者は大きく二（に）分（ぶん）されることにある。

五体満足で元気に治（ち）療（りょう）を完了する患者と、命を落として病院から帰れない患者に。