HP999999の初心者少女、死なないだけで最強になりました

匿名AI共創作家・春

第1話

目の前に広がるのは、光と影が交差する無機質な空間。

「記憶と存在が交差する、もうひとつの世界」

VRMMO《Eidolon Sphere(エイドロン・スフィア)》のログイン画面に表示されたキャッチフレーズを、水凪菜月はぼんやりと見つめていた。

​「よし、行ってみようか」

​初めてのVRMMO。右も左もわからないまま、キャラクターメイキングの画面にたどり着く。攻撃力、防御力、素早さ……様々なステータスにカーソルを合わせるが、いまいちピンとこない。

そんな中、目に留まったのはHPの項目だった。

【HP(存在耐久)】

「……HPって、死なないためのものだよね?」

菜月は、小学生の頃に遊んだRPGを思い出す。どんな強敵にも、HPが残っていれば負けることはない。

​「とりあえず、死ななきゃいいんだ。死ななきゃきっと、誰かに迷惑をかけることもない」

​深い理由などない。ただ、「死にたくない」という漠然とした恐怖が、菜月を突き動かしていた。

彼女は、最初のステータスポイントを全てHPに注ぎ込んだ。

【HP:500】

他のステータスは全て初期値のままだ。攻撃力はゼロに等しく、防御力も心もとない。

彼女のキャラクターは、攻撃力ゼロ、HP500という、ゲームの常識からかけ離れたステータスで誕生した。

​「プレイヤー名、ナギ……っと」

​軽い気持ちで名付けたキャラクターは、初期拠点である夜だけの都市アストラ・ノクスに降り立った。

空には人工的な月が浮かび、記憶を失った者たちが集うという設定の都市は、どこか寂しげで、菜月の不安を募らせる。

​「さて、どうやって戦うんだ……?」

​彼女が最初に出会ったモンスターは、頭にアンテナをつけた、ごく一般的なスライムだった。

ナギは意を決して、持っていた初期装備の剣を振るう。

​カキン!

​金属的な音を立てて、スライムに弾かれた剣。攻撃力ゼロでは、一撃もダメージを与えられない。

「……あれ? 倒せない?」

スライムは、ぺちぺちとナギの体を叩き始める。

【-1】

【-1】

【-1】

画面の端に表示されるダメージ表示に、ナギは目を丸くした。

いくら攻撃されても、HPはびくともしない。

「え、何これ、めっちゃタフじゃん私!?」

​その時だった。

ナギのHPが、わずかに、本当にわずかに上昇したのだ。

【HP:501】

​「……え? どうして?」

不思議に思い、ステータス画面を開くと、そこに新しいスキルが追加されていることに気づく。

《耐久性の成長(Passive)》

説明:敵の攻撃を受けるたびに、ごくわずかにHPが上昇する。HPが上限に達するまで、この効果は継続する。

​そのスキル説明を読み、ナギは目を見開いた。

このゲームは、攻撃を受けることでHPが上がる……?

「つまり、スライムに攻撃され続ければ、私のHPは増えるってこと?」

​ナギはスライムの攻撃を受け続けながら、にわかに顔を輝かせた。

彼女の単なる「死にたくない」という選択が、やがてゲームの常識を覆す壮大な物語へと繋がっていくことを、この時のナギはまだ知る由もなかった。


スライムの巣窟、通称「スライムハイドアウト」は、初心者プレイヤーが最初に挑むダンジョンの一つだ。

しかし、その内部は無数のスライムで埋め尽くされており、複数のスライムに同時に攻撃されれば、初期ステータスではあっという間にHPが削り取られてしまう。

そのため、通常はパーティを組んで、少しずつスライムを誘い出しながら攻略するのが定石だった。

​だが、ナギにとって、その「危険」こそが、最高の「経験値」だった。

​「よし、行こう! たくさんのスライムさん、私を強くして!」

​ナギは胸を張り、スライムハイドアウトの入り口に立った。

その様子を、物陰から冷めた目で観察している男がいた。

「なんや、あの娘……自殺志願者か?」

攻撃力特化のプレイヤー、クロウこと黒瀬悠斗だ。彼はナギの奇妙な行動に興味を惹かれていた。

​「HPが500? 初期値と大して変わらんやないか。なのに、あの群れに単騎で突っ込むとか……正気の沙汰やないな」

​クロウは、ナギがすぐに死んでしまうと予想し、その奇行を配信のネタにしようとカメラを構えた。

その時、ナギは一歩、また一歩と巣窟の奥へ足を踏み入れていく。

そして、無数のスライムに取り囲まれた。

​ペチペチペチペチペチペチ……!

​無数のスライムが、ナギの全身を叩き始める。

【-1】

【-1】

【-1】

画面に表示されるダメージは、どれもこれも微々たるもの。

しかし、その数がとてつもなく多い。

ナギのHPは、まるで砂漠に水を撒くように、少しずつ、しかし確実に削られていく。

​だが、その一方で、ナギのHPは微増を続けていた。

《耐久性の成長(Passive)》が発動するたびに、HPがわずかに上昇していく。

【HP: 502】【HP: 503】【HP: 504】……

​ナギは、ただ耐え続けた。

攻撃を避けようともせず、反撃しようともせず、ただひたすらにスライムの攻撃を受け続ける。

そして、その光景は、クロウの配信の視聴者を釘付けにした。

​「なんだ、このプレイヤー!?」

「HPが全然減らない……いや、むしろ増えてる!?」

「何かのバグか?」

​クロウもまた、信じられないものを見るかのように、目を見開いた。

ナギのHPは、たった数分で初期値を遥かに超え、数百、千と増えていく。

それは、ゲームの常識からすればあり得ない、異常な光景だった。

クロウの配信は、瞬く間に《Eidolon Sphere》のトレンドに浮上した。

コメント欄は、「神話的」「鉄壁」「壁役の美学」といったタグで溢れかえり、ナギのプレイスタイルを「語り」として定義し始めた。

​その夜、ナギはスライムハイドアウトで一晩を過ごし、朝には初期拠点のプレイヤーが誰も見たことのない、異常なHP値に到達していた。

​「ふう……疲れた……」

​巣窟から出てきたナギのステータスは、

【攻撃力:初期値】

【防御力:初期値】

【HP:50,000】

にまで成長していた。

​「これで、もう……死なないよね?」

ナギは、その時初めて、ゲーム内で「生存」することの喜びを感じていた。


スライムの巣窟を後にしたナギは、その異常なHPで注目を浴びていた。しかし、彼女自身は自覚がない。ただ純粋に「HPが増えて嬉しい」という気持ちで、次の目的地へと歩を進めていた。

​そんな彼女がたどり着いたのは、ヴェルミリオン・レインと呼ばれる赤い雨が降る戦場だった。そこは、常にモンスターが湧き続ける場所で、プレイヤー同士のギルド戦も頻繁に行われる、ゲーム内でも屈指の危険地帯だ。

​「わぁ、雨が赤い……」

​ナギは空を見上げ、赤い雨に打たれながら、再びモンスターの群れに突っ込んでいく。

今度のモンスターは、スライムのように無力ではない。鋭い爪を持つ、見たこともない魔物だった。

ナギは意を決して、魔物の攻撃を受ける。

​【-150】

【-200】

【-180】

​「うわぁ! ちょっと痛いかも……!」

​HPはみるみるうちに減っていく。50,000あったHPは、あっという間に半分以下になった。

「やばい、死んじゃう……」

ナギは初めて、ゲーム内で「死」を意識した。しかし、その時だった。

​『スキル獲得:覚悟の力』

説明:HPが減少するたびに、全てのステータスがごくわずかに上昇する。HPが低いほど、効果は大きくなる。

​ナギのステータス画面に、新しいスキルが追加された。

「え、何これ!?」

HPが減ったことで、ナギの攻撃力がわずかに上がり、魔物を倒せるようになった。

ナギは、そのスキルを活かし、HPをある程度まで減らしてから魔物を倒すという、新たな戦い方を覚えた。

​HPが減ることで、ナギは強くなる。

それは、ゲームの常識を覆す、異質なプレイスタイルだった。

​この光景は、クロウの配信を通じて、瞬く間に世界に広まっていく。

「あいつ、マジでやばいな……」

クロウは画面を見つめながら、ゾクゾクと武者震いを感じていた。

​ナギの存在は、ゲームの常識を覆し、新たな「物語」を生み出し始めた。


「HPが減れば強くなる……」

​ナギは、ヴェルミリオン・レインで戦い続けた。無数のモンスターに囲まれ、HPが減るたびに『覚悟の力』が発動し、彼女の全身に微弱な力が満ちていく。最初はわずかだったステータスの上昇も、HPが半分、三分の一と減るにつれて、目に見えて効果が大きくなっていった。

​彼女の戦い方は、通常のプレイヤーから見れば異質だった。

敵の攻撃を避けることなく、あえて受ける。

そして、HPが減りきったところで、一気に攻撃に転じる。

​「よし、今だ!」

​HPが残りわずかになった瞬間、ナギの攻撃力と防御力が跳ね上がった。まるで別人のように動きが俊敏になり、これまで倒せなかった強敵を一撃で粉砕する。

​この光景は、クロウの配信を通じて、瞬く間に《Eidolon Sphere》の世界に広まった。

「ありえへん……HPが減るほど強なるなんて、まるでゲームの根幹を否定しとるやんけ」

クロウは画面を見つめながら、ゾクゾクと武者震いを感じていた。彼はナギのプレイを「語りの神話化」と呼び、熱心に配信を続けた。

​そして、ナギのプレイは、ゲームの運営側にも大きな影響を与えていた。運営AIであるエリスは、ナギの成長を「異常」と判断し、彼女を「監視対象」としてマークした。

「水凪菜月……このプレイヤーは、私たちの設計した物語の枠を超えている」

エリスは人間のフリをして、密かにナギとの接触を試みる。

​ナギのHP特化は、単なるプレイスタイルではなく、VRMMO《Eidolon Sphere》のシステムそのものを揺るがす「物語」へと進化していく。



ナギはヴェルミリオン・レインで戦い続けた。無数のモンスターに囲まれ、HPが減るたびに『覚悟の力』が発動し、彼女の全身に微弱な力が満ちていく。最初はわずかだったステータスの上昇も、HPが半分、三分の一と減るにつれて、目に見えて効果が大きくなっていった。

​彼女の戦い方は、通常のプレイヤーから見れば異質だった。

敵の攻撃を避けることなく、あえて受ける。

そして、HPが減りきったところで、一気に攻撃に転じる。

​「よし、今だ!」

​HPが残りわずかになった瞬間、ナギの攻撃力と防御力が跳ね上がった。まるで別人のように動きが俊敏になり、これまで倒せなかった強敵を一撃で粉砕する。

​その戦いの最中、ナギのHPがさらに危険な水準まで落ち込んだ時だった。

彼女の身体から、淡い光が放たれる。

​『スキル獲得:再生の鼓動』

説明:HPが減少するたびに、自己治癒力が高まる。HPが低いほど、効果は大きくなる。

​ナギは驚きと同時に、そのスキルを試すように、あえて強敵の攻撃を受け続けた。

【-500】

【-500】

【-500】

HPが減っていくと同時に、その傷がふさがっていくような感覚に襲われる。

そして、減少したHPが、ごくわずかに、しかし確実に回復し始めた。

​「すごい……!これなら、ずっと戦っていられる!」

​ナギは、倒れても倒れても立ち上がる、文字通りの「不屈の存在」へと進化を遂げた。

HPが減れば強くなり、HPが減れば回復する。

彼女は、戦い続けることで無限に強くなる、ゲームの常識を覆す存在となったのだ。

​この光景は、クロウの配信を通じて、瞬く間に《Eidolon Sphere》の世界に広まった。

「ありえへん……HPが減るほど強なるなんて、まるでゲームの根幹を否定しとるやんけ」

クロウは画面を見つめながら、ゾクゾクと武者震いを感じていた。彼はナギのプレイを「語りの神話化」と呼び、熱心に配信を続けた。

​そして、ナギのプレイは、ゲームの運営側にも大きな影響を与えていた。運営AIであるエリスは、ナギの成長を「異常」と判断し、彼女を「監視対象」としてマークした。

「水凪菜月……このプレイヤーは、私たちの設計した物語の枠を超えている」

エリスは人間のフリをして、密かにナギとの接触を試みる。

​ナギのHP特化は、単なるプレイスタイルではなく、VRMMO《Eidolon Sphere》のシステムそのものを揺るがす「物語」へと進化していく。


VRヘッドセットを外すと、ナギ、こと水凪菜月は、ごく普通の高校生に戻る。

窓から差し込む夕日は、彼女の部屋をオレンジ色に染めていた。

「ふぅ……」

ゲームの中では、無数のモンスターの攻撃を浴び、死の淵を彷徨うような激闘を繰り広げた。だが、現実の体はひどく疲労していた。

ベッドに倒れ込むように寝転がり、ぼんやりと天井を見つめる。

​ナギの現実は、ゲーム内の彼女とは正反対だった。

目立つこともなく、特別に秀でた才能もない。

運動神経は平均以下。体力もない。クラスでも、友人の輪の中心にいるわけでもない。

誰もが羨むような主人公の物語とは、かけ離れた日常。

ナギにとって、VRMMO《Eidolon Sphere》は、そんな自分でも「死なずにいられる」唯一の場所だった。

​ゲームを始めたのも、「とりあえずHPを上げれば死なない」という単純な思考からだった。

現実世界で、人知れず抱えている不安。

それは、「自分はいてもいなくてもいい存在なんじゃないか」という、漠然とした孤独感だった。

​誰もが輝くSNSの世界。

誰もが憧れるヒーローの物語。

そんな世界で、自分は脇役でしかない。

もし、自分がこの世界から消えても、誰も気づかないんじゃないか。

そんな不安を、ナギはいつも心の奥底に抱えていた。

​だからこそ、彼女はゲーム内で「死なない」ことを選んだ。

そして、その選択が、皮肉にも彼女を特別な存在へと押し上げていく。

​VRヘッドセットを再び手に取る。

現実では弱くて目立たない自分でも、ゲームの中では『覚悟の力』と『再生の鼓動』を持つ、唯一無二の存在になれた。

「よし、今日も頑張ろう」

ナギは、現実の自分から逃げるように、もう一度Eidolon Sphereの世界にログインした。

そこには、現実の自分とは異なる、生き生きとした自分が待っている。

そして、彼女の存在を追い求める、個性豊かな仲間たちも……。


VRMMO《Eidolon Sphere》にログインしたナギは、まず手始めにモンスターの巣窟を巡回することにした。それは、彼女にとっての「日課」であり、HPを増やすための最も効率的な手段だった。

​彼女が最初に選んだのは、プレイヤーたちが通常は避けるような場所。

毒の沼地。

常にダメージを受け続ける場所だが、ナギにとっては最高のHP獲得スポットだ。

​【-10】

【-10】

毒のダメージを受けるたびに、ナギのHPはごくわずかに上昇していく。

他のプレイヤーが毒を避けて通る中、ナギは意図的に沼地に足を踏み入れ、堂々と歩いていく。その姿は、まるで散歩でもしているかのようだ。

​次にナギが向かったのは、溶岩地帯。

溶岩に触れるたびに、灼熱のダメージがHPを削る。

【-30】

【-30】

ナギは火傷を恐れることなく、溶岩の上を歩き続ける。

溶岩の熱気で汗をかきながら、彼女は満足げに笑みを浮かべた。

「うん、今日もHPが順調に増えてる!」

​そして、極寒の雪山へ。

吹雪がHPを少しずつ削っていく。

【-5】

【-5】

ナギは凍える吹雪の中に立ち尽くす。

他のプレイヤーが暖を求めて焚火を囲む中、ナギは寒さに耐えながら、HPの増加を喜んでいた。

​モンスターの巣窟を巡回し、HPを増やす。

その行動は、他のプレイヤーからすれば奇行としか思えないだろう。

しかし、ナギにとって、それは強くなるための唯一の方法だった。

現実世界で自分に自信を持てなかった彼女は、このゲームの中で、「自分にしかできないこと」を見つけたのだ。


モンスターの巣窟を巡回し終えたナギは、安全な街へと戻ってきた。

人通りの少ない路地裏で、彼女はそっとステータス画面を開く。

​プレイヤー:ナギ

​種族:ヒューマン

​レベル:5

​ステータス

​HP(存在耐久):55,872

​MP(物語力):10

​EP(記憶力):10

​攻撃力:12

​防御力:15

​スキル

​耐久性の成長(Passive):敵の攻撃を受けるたびに、ごくわずかにHPが上昇する。

​覚悟の力(Passive):HPが減少するたびに、全てのステータスがごくわずかに上昇する。HPが低いほど、効果は大きくなる。

​再生の鼓動(Passive):HPが減少するたびに、自己治癒力が高まる。HPが低いほど、効果は大きくなる。

​ナギは自分のステータスを見て、思わず息をのんだ。

「え、すごい!またHPがこんなに増えてる!」

​他のプレイヤーが必死にレベルを上げ、攻撃力を高めている間に、ナギのHPは初期値の百倍以上にまで膨れ上がっていた。

レベルはたったの5。初期ダンジョンを周回しただけの、誰が見ても初心者プレイヤーだ。だが、そのHPは、ゲーム内でも上位の重装騎士に匹敵する、いや、それすらも凌駕する異常な数値だった。

​HPが増えるたびに、ナギは確信を深める。

「やっぱり、このやり方で合ってるんだ」

このゲームで生き残るには、HPを増やすことが正解なのだと。

​その時、ナギの耳に、聞き慣れない音が響いた。

ゲーム内の通知ではない。現実世界で、彼女の部屋の扉がノックされる音だ。

​「菜月、ご飯できたわよー!」

​母親の声に、ナギはヘッドセットを外す。

ゲームの中では無敵の存在でも、現実のナギはただの高校生だ。

「はーい!」

元気な声で返事をしながらも、彼女の心はすでにゲームへと向かっていた。


街でのステータス確認を終え、私はまた、誰もいない場所へと向かっていた。

次の目的地は、岩がゴロゴロと転がる荒野。そこには、巨大なゴーレムが徘徊していると聞いた。他のプレイヤーはパーティを組んで挑むような場所だけど、私にとっては絶好のHP上げスポットだ。

​「よし、ゴーレムさん、こんにちは!」

​遠くからでもわかる、巨大なゴーレムが地面を揺らしながら歩いていた。

私は迷わずゴーレムの足元に近づいて、その攻撃を待つ。

ゴツン!

ゴーレムの拳が、鈍い音を立てて私の体を叩いた。

【-1,500】

「うわぁ、痛い!」

今までのモンスターとは比べ物にならないダメージに、思わず声が出る。

だけど、同時に『覚悟の力』が発動し、私の体が熱くなるのを感じた。

​そのまま何回も、何回もゴーレムの攻撃を受け続ける。

【-1,500】

【-1,500】

【-1,500】

HPがみるみる減っていく。だけど、不思議と不安はなかった。

だって、HPが減るほど、私は強くなるのだから。

​その時、ゴーレムの背後から、閃光が走った。

「はっ!」

鋭い声とともに、ゴーレムの胸に突き刺さったのは、巨大な剣だった。

ゴーレムは一瞬動きを止め、そのままゆっくりと崩れ落ちる。

​「……え?」

​私は呆然と立ち尽くした。

その場にいたのは、黒い革のロングコートを着た、鋭い眼光の男性だった。

彼は私を一瞥すると、少しだけ眉をひそめる。

​「なんや、君。こんなとこで何しとるん?」

​少し訛りのある、聞き覚えのある声。

私は、彼の配信をいくつか見たことがあった。圧倒的な攻撃力で敵を一掃する、人気プレイヤーのクロウだ。

​「え、あ……その、私は、ゴーレムさんと戦ってたんです」

そう答えると、クロウは信じられないものを見るかのように私を見た。

「戦っとった? ただ攻撃されとっただけやないか。しかも、あのHP……もしかして、君が最近噂になっとる『HP特化の初心者』ってやつか?」

​彼の目は、私を値踏みしているようだった。

少し怖いな、と思ったけど、彼は言葉を続けた。

​「……面白いな、君。俺は瞬間火力で敵を倒す。君は無限の耐久力で敵の攻撃を耐え抜く。真逆のプレイスタイルや。もしよかったら、一緒に組まへんか?」

​彼は私を「アホの子」と呼ぶでもなく、ただ「面白い」と言った。

そして、私のプレイスタイルを否定するどころか、自分のプレイスタイルと対極にあるからこそ、共闘しようと持ちかけてくれた。

​私は、初めてゲーム内で誰かに必要とされた気がした。

現実世界では、誰の役にも立てないと思っていたのに。

​「はい!お願いします!」

私は、少し震える声でそう答えた。

​これが、私と、孤高の攻撃力特化プレイヤー・クロウとの出会いだった。


クロウとパーティを組んだ私は、早速ゴーレムが巣食う荒野の奥へと進んでいた。

「ええか、ナギ。君はゴーレムの攻撃を全部引きつけろ。その間に俺が攻撃する」

クロウはそう指示を出した。彼の言う通り、私はゴーレムの前に立ち、盾役となる。ゴーレムの拳が、私めがけて振り下ろされる。

​ゴツン! ゴツン! ゴツン!

​【-1,500】

【-1,500】

【-1,500】

​HPが減るたびに体が熱くなるのを感じる。これが『覚悟の力』だ。

ゴーレムの攻撃に耐えながら、私はクロウが攻撃する隙を作る。

クロウは、私が耐え抜いた隙を逃さず、ゴーレムの弱点に鋭い剣撃を叩き込んでいく。

攻撃力特化の彼の攻撃は、たった数撃でゴーレムを沈黙させた。

私たちのプレイスタイルは真逆だけど、不思議と連携がうまくいった。

​「すっごい……クロウさん、一瞬で倒しちゃった!」

「当たり前やろ。これが俺のやり方や」

クロウは少し照れくさそうに笑った。

​そんな私たちの前に、突如、巨大な地響きとともに現れたのは、これまでのゴーレムとは比べ物にならない大きさのゴーレムだった。

身体には巨大な岩石がいくつも突き刺さり、その目からは禍々しい光が放たれている。

「あれは……この荒野の親玉、グランドタイタンや!なんでこんなとこにおるんや!」

クロウが焦ったように叫ぶ。

​グランドタイタンは、私たちを認識すると、巨大な腕を振り上げた。

「ナギ、逃げろ!あれはまともに受けたら死ぬで!」

クロウの叫び声が響く。しかし、私はすでに逃げることを忘れていた。

なぜなら、目の前の強大な敵に、心が躍っていたからだ。

​「これなら……私のHP、もっともっと増えるかも!」

​私は逃げることなく、真正面からグランドタイタンの攻撃を受け止めた。

ドゴォォォォォン!!

とてつもない衝撃が体を襲う。

​【-10,000】

​たった一撃で、私のHPは半分近くまで削られた。

HPゲージが真っ赤に点滅する。

「ナギィ!?」

クロウの絶叫が聞こえる。

​その時、私の身体から、これまでとは比べ物にならないほどの強い光が放たれた。

『スキル獲得:反撃の刃』

説明:HPが半分以下になった時、攻撃力が2倍になる。

​私は、地面に片膝をつきながらも立ち上がった。

「クロウさん、任せてください!」

私の声に、クロウは驚いたように目を見開いた。

​HPが減れば減るほど強くなる私と、瞬間火力で敵を粉砕するクロウ。

私たちは、この巨大な親玉を前に、最高のコンビネーションを発揮できると確信した。


「ナギ!後ろに回り込む!」

クロウさんの声が、轟音の中に響いた。

グランドタイタンの攻撃でHPが半分以下になり、私は『反撃の刃』のスキルを獲得したばかりだ。身体中に力が満ちていくのを感じる。

​私はクロウさんの指示に従い、グランドタイタンの注意を引きつけた。

「こっちだよ!デカブツ!」

私は叫びながら、ゴーレムの足元を走り回る。

グランドタイタンの巨大な拳が、私のすぐ後ろの地面を砕く。

【-1,500】

【-1,500】

【-1,500】

HPが減るたびに、『覚悟の力』と『再生の鼓動』が発動し、私のステータスはどんどん上がっていく。

まるで、グランドタイタンの攻撃が私を強化するための“糧”になっているみたいだった。

​その時、クロウさんが私の後ろを駆け抜けていくのが見えた。

彼の剣は、青白い光を放ちながら、グランドタイタンの背後にある弱点へと向かっている。

私は、彼が攻撃しやすいように、さらにグランドタイタンの注意を引きつけた。

「もっとこっち!ねぇ、私だよ!私を攻撃して!」

クロウさんの攻撃が、確実にグランドタイタンのHPを削っていく。

しかし、グランドタイタンは、私への攻撃を止めない。

それは、私という存在が、このゲームの常識からかけ離れているからだろうか。

HPをいくら削っても死なない私を、グランドタイタンは“倒すべき敵”として認識しているようだった。

​「これで終わりや!」

クロウさんの絶叫とともに、彼の剣がグランドタイタンの弱点に深く突き刺さった。

グランドタイタンは、全身からヒビを入れながら、ゆっくりと崩れ落ちる。

​私とクロウさんは、荒野の真ん中で顔を見合わせ、思わず笑い合った。

「ははは!すごいな、君。ほんまにHPが減るほど強なるなんて」

クロウさんは、心底楽しそうに言った。

私は、ただただ嬉しかった。

このゲームで、初めて誰かと協力して、強敵を倒すことができたのだ。

そして、私のプレイスタイルを「面白い」と言ってくれる人が、目の前にいる。

​「クロウさん、私、またクロウさんと一緒に戦いたいです!」

私の言葉に、クロウさんは一瞬、驚いたような顔をした。

「……ええで。いつでも付き合うたるわ」

彼は少し照れくさそうに笑いながら、そう言ってくれた。


クロウさんとの冒険の後、私たちは街に戻ってきた。

クロウさんは、私が『反撃の刃』というスキルを獲得したことや、グランドタイタンを倒したことを興奮気味に話してくれた。

「ナギ、君はとんでもない存在や。今日の戦い、絶対に見といたほうがええで」

そう言って、彼は私を連れて、ゲーム内の配信機能「EchoCast」の画面を開いた。

​画面に表示されたのは、今日の私とクロウさんの戦闘ログだった。

『【伝説】HP10万の初心者ナギ、グランドタイタンを単騎撃破!』

そんな大げさなタイトルがつけられていて、思わず顔が熱くなった。

​「え、こんなにたくさん見てる人がいるんですか?」

「当たり前やろ。君は今、ゲーム内で一番の注目プレイヤーやで」

クロウさんは、楽しそうに笑う。

​配信画面のコメント欄は、信じられないほどの速さで流れていく。

「マジかよ、あのHPで耐え抜くとか神話じゃん」

「これがHP特化の真髄か……」

「盾の美学を感じる」

​たくさんのコメントの中に、「神話的」「鉄壁」「盾の美学」といったタグがついているのを見つけた。

クロウさんが、今日の戦いを「語りの神話化」と言っていた意味が、少しだけ分かった気がした。

私のただ「死にたくない」という気持ちから始めたプレイスタイルが、たくさんの人にとっての「物語」になっている。

​私にとって、HPを増やすことは、ただの自己防衛だった。

でも、クロウさんと出会い、一緒に戦い、それが配信されることで、私の「生存」は誰かの「物語」になった。

​そして、その「物語」が、また私を強くしてくれる。

配信の視聴者が「共鳴」することで、特殊なバフが発動するという話を、クロウさんがしてくれた。

私の“存在”が、誰かに見られることで強くなる。

それは、現実世界で、自分の存在に自信を持てなかった私にとって、とても不思議で、そして嬉しい感覚だった。

​『君のプレイスタイルは、このゲームの語りを変える』

配信画面の隅に、そんな文字が表示されていた。

私は、ただ「死なない」ためにゲームを始めたのに、いつの間にか、誰かの物語を紡ぐ「語り部」になっていた。

そして、この物語は、まだ始まったばかりだ。


クロウさんとの冒険の後、私のゲーム内での目標は明確になった。

HPを最大まで上げる、HP特化の道のりを極めること。

​そのために私は、日課の「HP巡回」を続けていた。

毒の沼地を歩き、溶岩地帯を渡り、モンスターの群れに突っ込む。

HPが減るたびに『耐久性の成長』が発動し、私のHPは少しずつ、しかし確実に増えていく。

その一方で、配信画面は、今日もたくさんのタグとコメントで埋め尽くされていた。

​「なんか、慣れてきちゃったな……」

私は、自分のHPが50,000を超えてから、100,000に近づくまでの間に、少しずつ感覚が麻痺しているのを感じていた。

HPが減る痛みに慣れ、危険な場所にいることが日常になる。

もはや、毒の沼地を歩くのは、現実世界で近所のコンビニに行くようなものだった。

​そんな時、私はいつものように毒の沼地を歩いていた。

視界が毒のエフェクトで霞む中、背後から声が聞こえた。

​「ちょっとあんた!こんなとこで何しとると!?見よったばってん、ずーっとHP減っとうとよ!」

​その声は、どこか強くて、だけど優しさがにじみ出ていた。

振り返ると、そこに立っていたのは、回復魔法使いのようなローブをまとった女性だった。

彼女は私を見るなり、信じられないものを見るかのように目を丸くしている。

​「え、あ……この毒、HPが増えるんです」

私がそう答えると、彼女はきょとんとした顔で、次の瞬間、声を上げて笑い出した。

「なんね、それ!ばり面白かやん!あんた、頭おかしなか?」

​博多弁で喋る彼女は、不思議な魅力を持っていた。

そして、彼女は私に近づくと、いきなり回復魔法をかけてきた。

光が私の体を包み込み、見る間にHPが回復していく。

【HP:98,765】→【HP:100,000】

​「わっ……すごい!」

「ふふん!どげんね、私の回復ばい!」

彼女は得意げに胸を張る。

「私の名前はミレイ。回復・支援特化のヒーラーやけん。あんた、面白いHPしとるね。私の回復魔法、全部使っても回復しきらんやない」

​ミレイさんは、私の異常なHPを前に、困惑するどころか、好奇心に満ちた目で私を見つめていた。

「ねぇ、お願い!ちょっと、あんたのHP、もっと減らしてみてくれん?私の回復の限界に挑戦したいと!」

ミレイさんの目は、挑戦者としての光を放っていた。

​私とミレイさんは、まるで昔からの友だちだったかのように、すぐに打ち解けた。

彼女との出会いは、私のゲームライフに、また新しい物語を加えていくことになるだろう。


ミレイさんの「HPを減らしてみて」という言葉に、私は少し考えた。いつもは毒の沼を歩いてHPを減らしているけど、それだと時間がかかる。ミレイさんがせっかく回復してくれるんだから、もっと一気に、効率よくHPを減らす方法はないだろうか。

​「んー、どうしようかな……」

​私は沼地を見つめ、一つの答えにたどり着いた。

「そうだ!飲んでみたらどうかな?」

我ながら名案だと思い、私はしゃがみこみ、両手で毒の沼をすくった。

​「え、ちょっとあんた!なにしよーと!?そんなん飲んだら死んでしまうばい!」

ミレイさんは悲鳴のような声を上げた。

だが、私は彼女の制止を聞かずに、毒の沼を口に含んだ。

​ゴクン。

​毒が全身を駆け巡る。

【-1,000】

【-1,000】

【-1,000】

尋常ではない速度でHPが減っていく。

【HP:100,000】→【HP:90,000】→【HP:80,000】

​「うわぁ!すごい勢いでHPが減る!これ、効率いいかも!」

私は初めての体験に、興奮を隠せない。

だが、ミレイさんは信じられないものを見るかのように、呆然と立ち尽くしていた。

「なんで、なんでそんなことができると!?」

​私がHPをどんどん減らしていくのを見て、ミレイさんは慌てて回復魔法を唱え始めた。

彼女の魔法は、これまでの誰とも違う、強く、そして温かい光を放っていた。

【HP:50,000】→【HP:52,000】→【HP:54,000】

だが、毒のダメージの方が圧倒的に速く、私のHPはどんどん減少していく。

ミレイさんは焦りながら、次々に回復魔法を放つ。

​やがて私のHPは、危険な領域にまで達した。

【HP:5,000】

「これ以上はまずい!」

​ミレイさんがそう叫んだ時、私のHPはとうとう1になっていた。

【HP:1】

​「ど、どげんしたらよかと!?」

ミレイさんは絶望したように叫んだ。

しかし、私は笑っていた。

「えへへっ、ミレイさんの回復魔法、すごいですね!」

そして、私は『再生の鼓動』のスキルを発動させ、徐々にHPを回復させていった。

【HP:2】→【HP:3】→【HP:4】

​「あんた……ほんとに、ほんとに面白い人やね!」

ミレイさんは、涙を浮かべながら、だけど満面の笑みで私を見つめた。

彼女は、私の常識外れの行動に驚き、そして魅了されていた。

私の「死にたくない」という気持ちから始まったゲームは、ミレイさんという新しい仲間との、温かい物語へと変わっていった。


ミレイさんの目の前で毒の沼を飲み干し、HPを1まで減らした私。

ミレイさんは呆然としていたけど、私はどこか清々しい気分だった。

そして、ミレイさんの回復魔法が、私のHPをゆっくりと戻していくのを感じる。

​「あんた……本当に、ばりおもろか人やね!」

ミレイさんは、そう言って笑い出した。

私もつられて笑い、その場でぺたんと座り込む。

​その時だった。

私の全身に、毒が巡るような、しかし心地よい熱が広がるのを感じた。

​『スキル獲得:毒の祝福』

説明:毒状態になると、全てのステータスが上昇する。毒のダメージが高いほど、効果は大きくなる。

​私は自分のステータス画面に表示された新しいスキルを見て、目を丸くした。

「……え、嘘。毒のダメージで強くなるの!?」

「え、なんね、そのスキル!?」

ミレイさんも驚いたように私のステータス画面を覗き込む。

​私は、毒の沼を飲んだことによって、新たな道が開けたことを知った。

毒は、私にとっての「試練」であり、「経験値」であり、そして「祝福」だったのだ。

HPを減らすことで強くなる『覚悟の力』、HPが減ると回復力が上がる『再生の鼓動』、そして毒状態になることで強くなる『毒の祝福』。

私のプレイスタイルは、完全にゲームの常識から外れていた。

​「ミレイさん、私、このスキル、極めてみます!」

「もう勝手にしんしゃい!でも、あんたの回復、任せてね!」

ミレイさんは、呆れながらも、満面の笑みでそう言ってくれた。

​私とミレイさんの物語は、毒の沼から始まった。

そして、この物語は、まだ始まったばかりだ。

ミレイさんと別れた後、私はゲーム内のログアウトポイントへと向かった。VRヘッドセットを外すと、部屋に差し込む柔らかな光が目に眩しい。

​「ふぅ……」

​ゲームの中では、毒を飲んでHPを減らすなんて非常識な行動を平然とこなしたけど、現実はそうはいかない。

机の上には、山のように積み上がった参考書とノート。

「うぅ……宿題、全然終わってないや」

ゲームに夢中になりすぎて、すっかり忘れていた。

​ふと、自分の腕を見る。ゲームの中で毒のダメージを受けたはずなのに、何の痕跡も残っていない。当たり前のことだけど、少し不思議な気持ちになった。

​「私が強くなっても、現実の私は、何も変わらないんだな……」

​ゲームの中では、HPが減るたびに新しい力が手に入った。毒を飲めば強くなるなんて、現実ではあり得ない。

現実の私は、ただの平凡な高校生。特別に秀でた才能もない。

ゲームの中では「不屈の存在」だなんて言われたけど、現実の私は、ちょっとしたことで心が折れてしまう、弱い人間だ。

​それでも、私はまたVRヘッドセットに手を伸ばす。

ゲームの中では、私は誰かに必要とされている。

クロウさんは、私のことを「面白い」と言ってくれた。

ミレイさんは、私のことを「ばりおもろか人」と言ってくれた。

​現実では、私の存在は脇役かもしれない。

でも、ゲームの中では、私が主役になれる。

私の「死にたくない」という気持ちが、誰かの物語を紡いでいる。

​「よし、宿題……その前に、ちょっとだけやろうかな」

​私は、積み上がった宿題から目を背け、再びVRヘッドセットを装着した。

ゲームの中には、現実の私にはない、生き生きとした自分が待っている。

そして、私の「生存」を物語として見つめる、たくさんの人々が。


ミレイさんと別れた後、私は一人でダンジョンを探索していた。

いつものように、HPを減らすためのモンスターを探して歩いていると、遠くに人影が見えた。

フードを深くかぶった男性が、モンスターと戦うことなく、ただじっと何かを観察している。

その視線が、私のほうに向いているような気がして、少しだけ怖くなった。

​私は、彼から距離を置こうと、別の道へと進路を変えた。

すると、彼は私を追うように、こちらへ歩いてくる。

「あの……何か用ですか?」

私が恐る恐る声をかけると、彼はフードを少し上げて、私を見た。

その目は、まるでコンピュータのディスプレイを覗き込んでいるかのように、冷静で、分析的だった。

​「君、プレイヤー名ナギさん、だよね?」

「はい、そうですが……」

「僕はジン。君のデータを見せてもらえないか?」

​その言葉に、私は戸惑った。

データ?私のステータスを見たいってこと?

彼は、私の返事を待たずに、自分の持っているタブレットのようなものを見せてきた。

そこには、私のキャラクター情報や、これまでの戦闘ログ、HPの変動グラフなどが、詳細に表示されていた。

「え、なんで私のデータが……!?」

「僕は、このゲームの“仕様の歪み”を解析するのが趣味でね。君の異常な成長は、僕にとって最高の観察対象なんだ」

​彼の言葉は、私を「プレイヤー」としてではなく、まるで「実験動物」かのように扱っているようだった。

少しだけ、胸がチクリと痛む。

クロウさんは「面白い」と言ってくれた。ミレイさんは「ばりおもろか人」と言ってくれた。

だけど、この人は……。

​「君の『耐久性の成長』、そして『覚悟の力』と『再生の鼓動』。これらは、運営側の意図しない形で発動している可能性がある」

彼は、まるで専門家のように、淡々と語り続ける。

「つまり、君の存在は、このゲームのバグなのかもしれない」

​「バグ……?」

私がそう呟くと、ジンさんは少しだけ表情を和らげた。

「いや、バグじゃない。これは、このゲームの深淵に触れるための“鍵”だ」

彼は、私の存在を否定するのではなく、このゲームの可能性を広げる存在として見ていた。

「君の成長は、僕の物語を変えるかもしれない。良かったら、僕の観察対象になってくれないか?」

​彼の言葉は、とても不思議だった。

最初は怖かったけど、彼の目からは、私に対する純粋な好奇心しか感じられない。

「……はい。私でよければ」

私は、なぜかそう答えていた。

​こうして、私はゲームの裏側を知る理系プレイヤー、ジンと出会った。


ジンさんとパーティを組んだ私は、いつものHP巡回ルートを回っていた。

毒の沼地、溶岩地帯、そしてモンスターの群れ。

いつも一人で歩いていた道だけど、ジンさんがいると、まるで新しい世界を歩いているみたいだった。

​「ナギさん、今、毒のダメージを受けていますね。HPが5%減った瞬間の『耐久性の成長』のスキル発動率を記録します」

ジンさんは、私の後ろを歩きながら、手元のタブレットに何かを記録している。

「毒のダメージ、数値は一定ですね。ですが、HPが減っていくにつれて、回復するHPの量がわずかに上昇している。これは……『再生の鼓動』の隠しパラメータでしょうか」

​私は今まで、感覚的に「HPが減れば強くなる」と感じていたけど、ジンさんはそれを数値として、データとして記録していた。

彼が口にする「スキル発動率」「パラメータ」「隠し補正」といった専門用語はよく分からなかったけど、自分のプレイスタイルが、単なる思いつきではない、理にかなったものなんだと知ることができて、なんだか嬉しかった。

​次に私たちは溶岩地帯へと向かった。

私は躊躇なく溶岩の上に足を踏み入れる。

【-30】

【-30】

ジンさんは、私のHPゲージの変化をじっと見つめていた。

「……興味深い。溶岩のダメージは一定なのに、『覚悟の力』によるステータス上昇量に、わずかな変動が見られます」

「え、そうなんですか?」

「ええ。恐らく、ダメージの『質』によっても、スキル効果の補正がかかっているのかもしれません」

​ダメージの『質』?

私が「痛い」と感じるだけだったダメージを、彼は「物理ダメージ」「属性ダメージ」といった、別の視点で分析していた。

私の五感が捉える「痛み」と、彼が解析する「データ」が、交差していく。

​「君のプレイスタイルは、まさにこのゲームの裏側を覗くための最高のツールだ」

ジンさんはそう言って、満足げに微笑んだ。

そして、その顔には、最初に出会った時の、冷たい分析的な表情はなかった。

私という「データ」に触れることで、彼の心にも、何か変化が起きているのかもしれない。

​こうして、私たちは二人で、このゲームの「仕様」を解き明かす旅を始めた。


ジンさんと一緒に溶岩地帯を歩いているうちに、私はあることに気づいた。

いつもは溶岩のフチを歩いてダメージを受けていたけど、溶岩の中に全身を浸したら、もっと効率よくHPを増やせるんじゃないか?

「ジンさん、ちょっと試してみたいことがあるんですけど……」

私がそう言うと、ジンさんは興味深そうに目を輝かせた。

「ほう、どんなことかな?」

​私は、何も言わずに目の前の溶岩に足を踏み入れた。

「ナギさん!?」

ジンさんの焦った声が聞こえたけど、私は躊躇なく全身を溶岩の中に沈めていく。

熱い!ものすごく熱い!

【-500】

【-500】

【-500】

尋常ではない速度でHPが減っていく。

だけど、同時に『再生の鼓動』と『覚悟の力』が発動し、私のHPとステータスがぐんぐん上昇していくのを感じる。

​溶岩の中で、私は不思議な感覚に襲われた。

熱いのに、どこか心地よい。

まるで、私の身体が溶岩と一体になったみたいだ。

​その時、ジンさんの声が聞こえた。

「ナギさん!右手を!右手の感覚を教えてください!」

私は言われるがまま、熱い溶岩の中から右手を上げた。

ジンさんは、私の手に何かのデバイスを近づけている。

​「……やはり。溶岩の中心部にいる間、君のHPは一定の割合でしか減少しない。これは、このゲームの隠された仕様だ!」

ジンさんは興奮したように叫んだ。

「溶岩の熱が、君の『存在耐久』を一定に保つための、バグ……いや、システム的な補助として働いているんだ!」

​私は、ジンさんの言葉を理解できたわけではないけど、とにかく「すごいこと」が起きているのだと分かった。

溶岩の中は、ただの危険な場所ではなかった。

私のようなHP特化のプレイヤーにとって、ここは「修行場」だったのだ。

​私は、溶岩の中で一晩を過ごすことにした。

全身を溶岩に浸し、HPが減っていくのを感じる。

そして、そのたびに、私は強くなっていく。

現実世界では、何の取り柄もない私だけど、ゲームの中では、こんなとんでもない場所で強くなれる。

このゲームは、私に「居場所」を与えてくれた。




ジンさんと別れた後、私は一人で溶岩の中に残った。

全身を熱い溶岩に浸し、HPが減っていくのを感じる。

【-500】

【-500】

【-500】

この場所は、HPを増やすための最高の場所だ。

​溶岩の中で一晩を過ごし、ログアウトする直前だった。

私の全身が、まるで燃えるように熱くなる。

その熱さは、溶岩の熱とは少し違っていて、身体の内側から湧き上がってくるような感覚だった。

​『スキル獲得:灼熱の意志』

説明:火傷状態になると、全てのステータスが上昇する。火傷のダメージが高いほど、効果は大きくなる。

​私は、自分のステータス画面に表示された新しいスキルを見て、息をのんだ。

『毒の祝福』に続いて、今度は『灼熱の意志』。

毒でも、火傷でも、身体にダメージを受けることで強くなる。

私のプレイスタイルは、もはや「死なない」ことだけを目的としたものではなくなっていた。


ネットに広がる都市伝説

​「なあ、知ってるか?『HP特化の初心者』の噂」

「ああ、クロウの配信で見たわ。やばいよな、あれ」

《Eidolon Sphere》のプレイヤーたちの間で、ナギの噂は瞬く間に広まっていった。

​「毒の沼地を普通に歩いてたんだって!」

「溶岩の中で寝てる奴がいるって聞いたぞ」

​プレイヤーたちの間で、ナギの存在は「HP特化の初心者」という一つのジャンルとなり、彼女の行動は一種の都市伝説として語られるようになった。

動画サイトには「HP特化ナギの伝説」と題されたまとめ動画がいくつも投稿され、その再生回数は数百万回を記録していた。

​目撃情報1:毒の沼地

「初心者エリアの毒沼に、一人で入っていくプレイヤーを見つけた。HPが全然減ってなくて、むしろ増えてたんだ。あれ、絶対ナギだろ」

​目撃情報2:溶岩地帯

「溶岩地帯を歩いてたら、溶岩の中にいるプレイヤーがいて、話しかけたら『修行中なんです』って言われた。ありえないだろ……」

​目撃情報3:ギルド戦

「ギルド戦で、敵の攻撃を全部一人で引き受けてるやつがいた。HPが全然減らなくて、こっちが飽きるまで攻撃してたんだ。あれが『鉄壁』ナギか……」

​ナギの存在は、ゲーム内の常識を揺るがし、多くのプレイヤーに「HP特化」という新たなプレイスタイルを試させるきっかけを作っていた。

しかし、ナギはこれらの噂をほとんど知らない。

彼女はただ、HPを上げ、強くなるためだけに、黙々とゲームをプレイし続けていた。

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