第28話 帰還
「ベルベット殿、今日は楽しかったよ。」
「アトラス辺境伯、今日は有意義な話が出来てよかったです。」
「ははは。これからもよろしくな。」
本来、貴族家の者本人が商家の人間を外まで見送るなんてことはない。が、例外はあるももで懇意にしている商家や気に入った者に対してはしばしば外に見送ることもある。
今回、アトラスはベルベットによって楽しい時間を過ごせたらしく、機嫌よく自身の手ずから見送りまで来た。今までも深い関係を築いていたがより一層の関係の強化を出来たようだ。
「はい、是非私どもをよろしくお願いいたします。」
「ほら、プリマも挨拶を。」
「ベルベット様、アイン様。今日はお越しいただきありがとうございました。またお会いできる日を楽しみにしております。」
プリマは庭園の姿とは一変して貴族としての姿勢を崩すつもりはないようだ。廃墟で見せた姿に、庭園で見せた姿。それらが彼女の本来の姿であろうに、父であるアトラスにもいつごろからか見せることはなくなった。
「ははは。こちらこそ愚息のお相手をしていただき大変光栄です。」
「アトラス辺境伯、プリマ嬢今日はお招きいただきありがとうございます。またお会いできる機会に恵まれましたら、その時はよろしくお願いいたします。」
プリマの貴族の姿勢に合わせてアインもお貴族様に頭を垂れるように深々と礼をする。庭園で話した姿が嘘のように二人の間には関係が見えてくることはない。
二人の様子を満足そうに見つめる二人の父だけが隠された本来の姿を見れてはいない。
「ははは。うむうむ。仲良くなったようでよかったよ。今後もよろしくな、アイン君。」
「はっ、有難き幸せです。」
「では、私どもはこれにて失礼させていただきます。」
「ああ、また会う日を楽しみにしている。」
一通りの挨拶が終わるとアトラスは屋敷の方へと振り返り歩き出した。プリマはアインとアドルの様子をちらりと一瞥だけすると、アトラスの背を追って歩き出した
ベルベットとアインは二人の姿が屋敷の扉の中に消えるまで頭を下げ続けた。
「どうだった?」
「いや、何も。プリマ嬢は恐ろしい方だな。」
「ほう、そうか。……詳しくは家で聞こう。すぐ出発するぞ。」
ベルベットはアインがプリマのことを恐ろしいと称したことに興味がそそられたが、今は貴族家の屋敷前である。どんな目や耳が隠れているか分かったものではない。好奇心を心の奥底にしまい込むと身支度を進めて馬車へと入り込んだ。
馬車は順調に村への道を進み、行きと同じく子供だけで一つの馬車に乗っている。どこか警戒心を張っていたアインとエレナはしばらく馬車で走ったところで、ようやく警戒を解いた。
「アイン、プリマ様はどうだったかしら?」
「あの女マジでいかれているな。」
「こらっ、お貴族様のご令嬢だわ。滅多なことは言わないでちょうだい。」
明け透けもないアインの言葉にきょろきょろとエレナが焦ったように辺りを見渡した。二日前の廃墟でプリマに対して呼び捨てにしたとは思えない挙動である。
「本当に2日前の少女がお貴族様だったんだね。」
「ああ、俺も最初は疑っていたが、どうにも本当らしい。あまり関わり合いにならない方が身のためだぞ。」
先ほどの庭園でのやり取りを思い出したのか、アインはげっと顔を苦々し気に歪めて警告する。そんなアインの様子にエレナは苦笑いでもって答えた。
「そうね。アドルには身が重いと思うわ。私たちは商家でお貴族様に対しても身を護る術があるけれど、アドルはないわよね。」
「お貴族様にお目にかかるなんて、そんなの夢に見たこともなかったよ。でも、お貴族様も一人の人間なんだね。」
アインとエレナの懸念にアドルはどうやら思い至らない様子で、どこか夢に浮かされたようにぽーと宙を見つめている。アドルの頭にあるのは貴族としてのプリマか、それとも廃墟でのプリマか。
どちらにせよ貴族という特権階級を指して一人の人間とは中々に攻めた発言である。
「アドル……。」
「ど、どうしたの、アイン?」
「あまり貴族を舐めない方がいい。あいつらは俺たちとは根本的に違う生き物だ。一人の人間なんて貴族の前で言ってみろ。首をはねられて即死だぞ。」
アインのぴりついた雰囲気にアドルは戸惑いの表情を浮かべた。そんなアドルを見て増々イラつきを強めて、貴族という生き物がどういうものかを滔々と語った。
「えっ……冗談でしょ?」
「本当だ。お前はいつから貴族と対等の立場になったんだって激怒されるぞ。その場は逃げられても表の世界では生きてはいけなくなる。」
「裏の世界でもだわ。お貴族様の影響力は裏の方がもっと根深く色濃いものだわ。暗部に昼夜問わず狙われることになるわ。」
「それって……どこも生きるところがないじゃないか。」
冗談のような話を聞いてアドルは目をぱちぱちと瞬かせる。どうにも記憶の中のプリマとにこやかな表情を浮かべるアトラスの両名共に繋がらないようだ。
しかし、アインとエレナの言葉は残念ながら本当である。貴族と平民は別種の生き物であり、思考も在り方も同じくしていない。下手な人間の首を簡単にはねてしまえるのが貴族というものだ。
「ああ。死ぬしかないな。それか貴族をも圧倒する力でねじ伏せるか、だな。」
「どちらにせよ、今のあなたでは無理だわ。出来るのは合わないように祈ることだけだわ。」
「……。」
アドルはあまりにも理不尽極まりない話に釈然としないようで、険しく顔で額にしわが寄っている。今まで生きていた常識とは明らかに外れているのだから、そうなるのも仕方がない。
「そんな理不尽なとでも思っているのか?」
「それは……。」
「元々俺たちは理不尽な環境にいるだろうに、忘れたのか?」
「忘れたなんて、そんなこと……。」
アドルはアインの言葉に思わず言葉が詰まる。今まで生きてきて理不尽なことなど星の数ほどある。しかし、最近は状況が改善してきて、自分が普通に近づいているとそう心のどこかで思っていた。
「嘘だな。少し状況が好転したように思えるかもしれないが、理不尽って言うのはいつでも襲い掛かってくる。二日前も気まぐれに殺されてもおかしくなかった。」
「っ……!!」
「な?忘れていただろう。俺たちは村でなんて呼ばれている?俺たちは一般人とも、お貴族様とも違う化け物だぞ。」
二日前は死んでいてもおかしくなかった。二人が殺す気であったなら、あの場の三人ともが何もできずに殺されていただろう。ヘレン=ローザーにプリマがバフをかけていたら、元々圧倒的な戦闘力にさらに開きが出るのだ。
化け物とは言われていても、アドルとアインはただの子供なのである。戦闘経験が豊富で、才能があるヘレン=ローザーと比べるのは酷というものだろう。
「くっ……。」
「アイン……。」
「エレナ止めるな。認識を間違えば死ぬんだぞ。こいつはそれを忘れていたんだ。」
「エレナ……。アインの言う通りだよ。ははは、確かに僕は化け物だ。だからこそ、普通を、一般人をよく知らないと。」
アインの言葉に否定する言葉もなく、アドルはうなだれる。確かにアインの言う通り、アドルは気を緩めていた。二日前に生死をかけた戦いがあったのに死ぬ可能性がなかったというだけで、この有様だ。
「アドル……そうじゃないだろ。一般人を知るとか、そうじゃないだろ。化け物は化け物の生き方があるって……!!」
「アイン。違うよ。化け物だからこそ、普通になるように努力しなくちゃ。化け物でも一人の人間だ。どうしようもなく、一人では生きていけない人間なんだ。」
「くっ……。アドル。」
対立する二人の理屈に二人はばちりと視線と視線の間で火花を散らした。ぎりっと音がするほどアインは歯を噛みしめて、アドルの方を半ば睨むように見つめる。
「アイン、アドル。やめなさい。」
「エレナぁ。」
「私に歯向かうのかしら?」
一番強いエレナが暴力によって解決するといえば、二人は止まらざる負えない。エレナからしたら、二人の不仲を心配して話し合いを止めたのだろう。
しかし、アインは不満を顔にありありと浮かべながら馬車の窓から外を向いて黙り込んでしまう。行きとは違い馬車の中には重々しい空気が流れ続けた。
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