第14話 夢の続き

「一週間ぶりだね。あの後大丈夫だった?」

「大丈夫ですわ。まだ夢見が悪いですが、今日できっと解消いたしますわ。」


 アドルの心配そうな顔つきはからからと明るい笑みを浮かべるエレナを見ると、瞬く間に笑顔へと変化していく。そしてアドルは心配をもうしなくてもいいと思うと、エレナを頭の天辺から足のつま先までじっくりと見る。


「そうだといいね。それより、強くなった?」

「あら、感じますか?ふふ、見てください。」

「わっ、火の粉?綺麗だね。」


 エレナの立ち姿はもう武人のそれであった。一週間しか経っていないはずなのに圧倒的な圧を感じさせて、もはや子供とは思えないほどだ。男児三日会わざれば刮目してみよとは言うが、あまりにも短い間で変化し過ぎである。

 そんなエレナの変化に一早く気が付いたアドルはそわそわしながら、強くなった秘訣を聞こうとする。そんなアドルにエレナは全身から火の粉を舞わせることで答える。


「ただの火の粉じゃないわ。魔纏いというものらしいわ。」

「へぇ、魔纏い……。」

「変質させた属性魔力を全身に行き渡らせて、身体能力と属性魔法の性能を向上させるとか。」


 魔纏い。別名、属性纏い。魔力としての質、傾向を偏らせてその魔力を魔力操作によって全身にくまなく行き渡らせる。その結果、本来の魔力での肉体強度の向上と重複して属性魔力での肉体強度の向上を発揮できる。

 また、魔力の傾向を偏らせているためにその属性の発動速度、威力などの基礎的な性能の底上げを実現できる。反面、偏らせた属性以外での属性は発動速度、威力などの基礎性能が低下して、属性耐性も下がってしまう諸刃の剣である。

 その性質上、保有する属性が少ないほど効果が向上し、多いほどに効果が低下する。ほぼほぼ単色の属性で占められるエレナの魔力とは特に相性がよく、魔纏いの向上効果も他の術者よりも高い。


「す、すごいね。そんなレベルで魔力操作を?」

「ふふふ。どうやら天才というものらしいですわ。真似できなくても仕方ありませんわ。」

「いやー、凹むね。そのレベルに至るのにどのくらい掛かるだろう。」

「んふふふ。アドルなら半年あれば血液に沿って魔力を循環できるのではないかしら?」


 エレナはがくりと肩を落としたアドルを見て楽しそうに笑う。エレナの励ますように続けられる言葉は事実ベースの言葉で、アドルにはエレナとの差を明確にする言葉であった。

 あまりに遠いその差に愕然とした気持ちを持ちながらも、アドルは明確な期限がもたらされたことに喜んでいた。先の見えない修練よりも、終わりが見えている修練の方が身も入るというものだ。


「半年か。魔纏いが出来るまでは?」

「んー、おおよそ3年から5年らしいわね。」

「先が長いね。焦らず頑張るよ。」


 7歳しか生きていない子供である。3年から5年という言葉は殊の外重く、アドルの心の奥に楔を打つように突き刺さった。果てのない時間のように感じて、遠くなる意識を懸命に持たせる。


「それがよいわ。それで今日の予定だけれども、森の最浅層に入ろうと思っているわ。」

「森に?僕が言うのもおかしいけど、危険じゃないかな?」

「今の私達ならば問題ないですわ。アインにも声をかけてありますわ。」

「そう。アインにも……。」

「……。」


 妙な沈黙が二人を包む。特にアインに確執があるわけでないエレナだが、今日はアドルの前で特別にアインのことを口に出すのが重かった。

 それもアインのことを聞くとどうしても意識してしまうアドルが悪いのであろう。アインの名を耳にするとどうにも顔がこわばり、声も固くなってしまう。特に嫌いなわけではないが、どうにも穏やかではいられないのだ。


「ははは。森には何をしに行くんだい?」

「……んー、夢の続きを見に……かしら。」

「夢の続き?」

「ほら、夢見が悪いならその夢を根本から壊せばよいのですわ。」


 なんとも脳筋的な発想。お嬢様から出る発想とはとても思えないが、しかし自分中心で、芯が強く、負けず嫌い。直情的で、激情家。そんなエレナから出るものとしてはなんともらしい言葉だ。


「ふふっ、あはははは。乱暴だね。」

「なっ、もうっ。わたくしは真剣ですのに。」

「うん。僕も……アインもきっと君の助けになるよ。」

「ええ、私は信じておりますわ。」


 エレナは照れを表情に浮かべて、拗ねたようにそっぽを向いた。今日の会話の中で一番年相応の表情だ。今日のエレナは明るく振舞ってこそいるが何処か暗く、いつも通りでなかった。

 アドルはそれもすべてが夢のせいであるのなら、助けることこそ正しいと満面の笑みを浮かべて、助けることを決意した。


「任せておいて。それでアインは何処なんだい?」

「先に森に入る、と。」

「へぇ、そうなんだね。また後で合流する感じかな。」

「そうですわね。私達も別々で入りましょう。」

「ん?別々で……?」


 エレナは普通なら3人で行動した方が危険が少ないはずであるのに、わざわざ別々で行動することを提案する。そのことに引っ掛かりを覚えたアドルは首を傾げて意図を聞こうとした。


「ええ、私この後で少しばかり用事がありますの。ですので、また後で合流いたしましょう。」

「用事。それは聞いても大丈夫なことかな?」

「ええ。別に……いえ。ふふっ、乙女の秘密としておきますわ。ミステリアスな方が魅力的でしょう?」

「ははっ、いいね。また今度聞かせてね。」


 アドルはミステリアスな方が魅力的なんて言葉が少女の、それもエレナの口から飛び出たことに心の底より笑みが湧き出てきた。あまりに年に相応しくなく、それでいてどうも似合ってしまっていて、おかしくておかしくて仕方がない。


「ふふふ。ええ、ええ。その時が来ましたらお聞かせいたしますわ。」

「楽しみにしておくよ。」

「では、御機嫌よう。」

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