どんぐり戦争のつづき
田中U5
どんぐり戦争のつづき
どんぐりだよ。どんぐり。
さっき、引っ越しの荷物を整理してた。炊飯器を段ボールから出してさ、冷蔵庫の上に置いてみたら、なんか座りが悪くて。で、持ち上げたの。そしたら下からマテバシイの実がひとつ、転がって出てきた。お椀がついたままのやつ。レアだぜ、これ。
しっかし、入居前に業者が清掃してるだろうになあ。どんぐり。
え、なんで引っ越しなんかしてんのって? いいじゃない、そんなことどうでも。あんまり人に言うことじゃないよ。話したところで、面白くもない。
まあ、ちょっと仕事でトラブってさ。
鉄砲玉って知ってる? さすがにそのぐらい知ってるか。俺、それ。
ああいうのってやることやったら自首しないといけないんだよ。警察に。でも、怖くなっちゃって。やるのは怖くなかったのに、不思議だよね。結局、逃げちゃった。
だから、今は追われる身なの、俺。
拳銃? まだ持ってるよ。見る? 弾こめればすぐ撃てるよ。弾はね、どこだったかな。さっき見つけて、台所の引き出しにしまったんだっけ? ここの。
あら。
まただよ。また、どんぐりが出てきた。これ、コナラかな。なんで引き出しに入ってんだ。あれか、前に住んでた家族の子どもが、家のあちこちに隠してたやつか。
ほら、小さいころって、どんぐり集めに夢中になることあるでしょ。俺にもあった、そういう時が。でも、どんぐりって言ったら、やっぱ杉山くんだよ。
いたの、そういう子が。近所に。
学年はみっつぐらい下だったのかな。早生まれで。俺らからすると、すげえチビでさ。顔もちっちゃくて、ひ弱そうなのに、口の利き方はいっちょ前で、生意気なの。可愛かったな。
杉山くん、ひとりっ子で近所に同い年の子どもがちょうどいなかったから、俺たちよく遊んであげてた。俺たちってのは、青木とか佐々木とか椎名とか。たまに岡本とか伊達くんとか。まあだいたい五、六人ぐらいで。
俺らはその時、もう小学校の五年生だ。ふだんは野球やサッカーで遊んでたんだけど、杉山くんはまだルールもわからないから、もっと簡単な、鬼ごっことかケイドロにしてあげた。けど杉山くん、走るの遅いから、すぐ捕まっちゃう。それで、捕まっても捕まってないことにしようってなったの。おみそ、とか、おまめって言うでしょ。あれよ、あれ。
あぶら? それは聞いたことないなあ。
遊ぶのは、いっつも同じ公園。セメントのライオン像が入口にあってさ。座れるやつ。だから通称ライオン公園。そんなに広くはない。ブランコに滑り台、鉄棒と砂場と、あと球体のジャングルジムみたいな、ぐるぐる回せる遊具があった。なんて言うの、あれ?
へえ、グローブジャングルって言うんだ。初耳。
一度、杉山くんをそのグローブナントカにつかまらせて、俺たち、目いっぱいの力で回したの。そしたら杉山くん、遠心力で足が浮いちゃって、真横になっちゃった。ほんと漫画みたいだったぜ。両手で必死に手すりにつかまってるんだけど、そのうち力つきて離しちゃって、そのまま綺麗にすっ飛んでったよ。びっくりしたよな、あの時は。植えこみに突っこんじゃって。大丈夫かって駆けつけたら、杉山くんゲラゲラ笑ってた。変な子だよね。
そんで秋になると、どんぐり。公園にはコナラとかマテバシイとか、どんぐりの木がたくさんあったから、その時期になると、地面に茶色くて光沢のある木の実がうなるほど転がってる。それをせっせと拾って、やるの。どんぐり戦争。
戦争って言っても、どんぐりをさ、輪ゴムと木切れを組み合わせたパチンコで飛ばして、ぶつけ合うだけの単純な遊びなんだけどね。
二つの軍にわかれて、公園の端と端に木の棒立てて、そこが陣地。その棒を倒されたら負けなの。開始の合図と同時に、ポケットいっぱいにどんぐりつめてさ、滑り台の上から狙ったり、ブランコの陰に隠れたり。そんで撃たれた奴は、陣地まで戻って二十秒数えないと復活できない。シンプルだけど、けっこう熱くなる。だって痛いんだぜ、ぶつけられると。どんぐりのあの尖ったところがちょうど当たったりすると、大変よ。危ないから、顔面は禁止ってことになった。ソッコーで。どっちにしても杉山くんは、おまめのまんまだったけど。
そのうち青木がパチンコを改造して、五メートルぐらい飛ばせるようにしてたな。竹筒にバネ仕込んでライフルみたいなの作ってきてさ。すっげえ飛ぶの。でもノーコン。全然、当たんないから、すぐに使うのやめちゃってた。
伊達くんは凝り性だったな。なるべく真っ直ぐ飛ぶどんぐりの研究とかしてた。近所ではあんまり見かけなかったけどクヌギのやつが一番よく飛ぶって言って、自転車で他の公園まで出かけて探してた。
ところが、それがよくなかったみたいでさ。よその公園でどんぐり集めてたら、因縁つけられたんだって。地元のグループに。そいつらもどんぐり戦争やってるんだってさ。思ったよりも流行ってたみたい。
この公園のどんぐりは俺たちのだから、勝手に持っていくなって言われて、伊達くんも気が強いから、公園はみんなのものだ、って言い返して、完全に平行線よ。
しばらく話し合った結果、なんでか知らないけど、どんぐり戦争で勝った方の言い分が通ることになった。そんなこと後から知らされて、俺たちもびっくりしたよ。
なんだか、本当に戦争みたいになってきたなあって。
そんで勝負は、五回戦でやることになった。三本先取した方が勝ち。
人数は五対五だ。こっちは青木と佐々木と伊達くんと椎名と俺の五人。岡本は塾があって来られないって。杉山くんもいたけど、さすがに出すわけにはいかない。
翌日、俺たちは向こうの公園に自転車で乗りつけた。なかなか広くて、真ん中に土を盛った小山があって、それを取り囲むみたいに遊具が並んでる。外周にぐるりと植えこみがあって、そこにどんぐりのなる木がたくさん植えられてた。
さすがに緊張したね。遊び慣れてない公園だもん。駐輪所に自転車とめて、入ったら、相手のチームが小山の上に、ずらって並んで腕組んでた。それ見た青木が「だっせ」って小声で呟いてさ。おかげで、固くなってた気持ちが、ちょっとほどけた。
俺たちも、ずっと仲間内でやってきたんだ。そこそこ自信はある。椎名と佐々木は足が速い。二方向から相手陣地に飛びこめば、どちらか一方は棒を倒せるかもしれない。その間の守りを、残った俺たちがやる。伊達くんと青木は射撃が得意だし、この公園は隠れるところも多いから、いけるかなって。
だけど一本目は惨敗だった。相手は始まってすぐに小山の高台を取った。椎名と佐々木がまわりこんで相手陣地に向かったけれど、高いところから一方的に撃たれてやられた。焦って前線を押し上げたのが、さらによくなかった。一人ずつやられて、逆に押しこまれた。慣れない場所で、どんぐりを集めるのもうまくいかず、弾が切れてしまって負けた。
二本目は、さっきの反省から、小山を先に取ることにした。椎名がやられたけど、佐々木と俺で、どうにか小山は占領できた。でも、そこで弾切れ。補充しようにも、どんぐりのある植えこみまでは距離が離れてる。助けに来た青木が待ち伏せでやられて、手薄になった陣地をいっせいに攻められて、また負けた。
これで、二本取られた。もう一本も負けられなかった。
ちょっとタイム。作戦会議だ。
「やっぱり重要なのは、弾になるどんぐりの量と補給線だよ。弾が切れたら有利な状況になっても負けちゃう。でも、必死に撃ち合ってると弾はすぐに切れる。どんぐりを拾いに行くと、攻めにも守りにも参加できず、手薄になる。そこをどう解決するかだよ」
伊達くんが提案した。
「杉山を使おう」
みんなはすぐに反対した。でも伊達くんにはなにか考えがあったみたいで、相手のチームのとこに行って、なにか話して、帰ってきた。
「よし、俺が抜ける代わりに杉山はおまめで参加してもいいって。杉山、お前を弾拾いと補給係に任命する」
相手はすんなり二本勝てたから、こっちのことを、ちょっとなめてたんだね。伊達くんの要求は簡単に通った。
いつも弾切れで苦しんでたから、補給に専念するやつがひとりいるのは助かる。しかもそいつが撃たれても死なないんだから、最強だ。おまめは攻撃もできないから、撃ち合いの人数が不利になるけど、悪くないアイデアだと思った。
でも杉山くんって子も不思議だよね。聞くのよ。
「どんぐり、どんぐらい拾ってくればいいの?」って。
「あ? 無限にだよ。無限」
杉山くん、聞いたこともないって顔してた。
「無限、わかる?」
「知らない」
「とにかく、ずっとずっと、すっげえたくさん、きりがないぐらいってこと」
「わかった。ずっとずっと拾ってくるよ」
そうそう。物わかりがよくて助かる。
これでタイム終了。
三戦目。開始早々、小山のまわりで撃ち合いが始まった。こっちも相手の動きには慣れてきた。青木がひとりやって、俺もひとりやった。人数が有利になって、押してはいたんだけど、不安だったのは弾の数。案の定、相手を陣地前まで追い詰めたところで、弾が切れた。青木も弾が切れたらしく、集中砲火を受け、自陣に走って逃げてった。続けて椎名がやられた。
戻ってきた佐々木に弾をもらおうとしたけど、やっぱり佐々木も切らしてた。このままだと負ける。そう思った時だ。
「みんな! これ!」
見ると、杉山くんだ。どこで拾ってきたのか、破れかかった白いビニール袋を抱えて走って来た。もうパンパンの袋。で、中に手をつっこむと、こっちに向かってバラバラって投げつけてきた。どんぐりだ。飛んできたやつを慌ててひとつキャッチして、パチンコに装填する。俺は横っ飛びに倒れこみながら、目の前のひとりを撃ち倒した。
そいつが残った敵の最後のひとりだった。他の奴らは陣地の中でまだ数を数えてる。
「佐々木! ダッシュダッシュ!」
佐々木がパチンコ投げ捨てて、相手の陣地に飛びこんだ。植えこみの柵に引っかかって転けそうになりながら、なんとか棒を蹴り倒した。
やったぜ。
俺たちの勝ちだ。やっとの思いで勝ち取った一本だった。
でかいよ、これは。俺たちはすっかり自信を取り戻したもんね。
そっからは、負け知らずの三連勝。杉山くんがどんぐりを無限に拾い続けてくれたのが、完全に功を奏した。
おかげで公園はみんなのものになりましたとさ。めでたし、めでたし。
この日ばかりは杉山くんがヒーローだったよ。本人も気分よかっただろうね。今までおまめ扱いばっかりだったけど、はじめて仲間のひとりになれたって感じたんじゃない? 帰りの道々、興奮しながらずっと、どんぐりの唄、歌ってたもん。どんぐりころころって。
で、秋が終わって冬になると、どんぐりはもう見かけなくなった。戦争は終わり。
なのにさ、杉山くんは、まだどんぐり探してた。どこで拾ってくるのか知らないけど、会うたんびに俺に渡すのよ。はい、どんぐりって。
いや、もういらねえよ、って思ったけど、頑張って探してるのも知ってたからさ、むげにするのも可哀想かなって。だから受け取っちゃったの。ありがとうって言葉もそえて。
よくなかったなあ。
杉山くん、毎日どんぐり持ってくるようになっちゃってさ。だいたいどっかで捨ててから帰るんだけど、たまに忘れて、脱衣所でズボン脱いだ時とかポケットの中から出てくるの。しょうがないから、その辺に転がしておいたら、家の中からどんぐりがちょこちょこ出てくるようになっちゃった。
これだけだったら、子どもらしいエピソードですね、ほっこり、で終わりなんだけどさ。
ずっと続いたんだよね。それ。俺が中学校に上がっても。
杉山くんさ、俺の下校時間とか調べてたらしくて、ちょうど家の前で待ってるの。
「はい、今日のぶん」
そう言って手を開くと、どんぐり。ちょっとどころじゃない。もう不気味だよ。
さすがに「いらねえよ!」って怒鳴ったの。
そしたら杉山くん、きょとんとした顔で聞くの。
「なんで? 無限じゃないの?」って。
「いや、無限ってのは、あの時だけのことだろ」
「無限は無限だよ。ずっとのことだよ」
「はあ? 勘弁してくれよ」
「いつかまた必要になるって」
「なわけねえだろ、どんぐりなんか」
「あの時はあんなに必要だったのに?」
「だから、あん時はあん時だよ。もうどんぐり戦争は終わったの」
「またやるかもしれないだろ。どんぐり戦争」
「やらねえよ。中学生だぞ、俺」
てんで話にならない。もう来るんじゃねえよ、って言ったら、寂しそうな顔してさ、とぼとぼ帰ってった。さすがにね、ちょっと胸が痛んだ。
ようやく、これでどんぐりともおさらば、って思ったんだけどさ。それからも、ちょいちょい家の中からどんぐりが出てきた。郵便受けの中に入ってたりとか、窓の桟に挟まってたりとか。
気味は悪かったけど、実害はないから、放っておいた。
どうせ、もうすぐ家出るしなあって。
うん。中学卒業したら、住みこみで働くの決まってたんだ。オヤジの知り合いが紹介してくれたとこ。社宅のある大きめの町工場でね。
はじめてのひとり暮らしは、なかなか大変だった。工場の仕事も全然、覚えられなくて。しょうがないから掃除ばっかやらされてたよ。工場ってさ、鉄の削りカスがいっぱい出るんだ、旋盤とかやってると。それを掃き集めるの。それこそ無限に。
なんか杉山くんの気持ちが、わかっちゃった。工場だと、おまめさんだもん、俺。
結局、長続きしなくて、すぐやめちゃった。行くところなくて、実家にも戻りづらくて、ぶらぶらしてるうちに、こんな感じ。
そういや工場の敷地に、でっけえカシワの木が生えててさ。そのせいか、部屋の中に、よくどんぐりが転がってた。ころころ、って。
杉山くん、今頃、なにしてんのかな。まだ、どんぐり探してうろついてんのかな。
あれ、しんみりしちゃったね。実は寂しかったのかな、俺。
……。
ん。
なんか物音しなかった? 外階段をのぼる音がしたよな。
やべえ、来たかも、お迎えが。
チャカ、あるよな。よし。
突然、ドアが乱暴に蹴破られた。そこから三人、目出し帽をかぶった連中がなだれこんでくる。
「なんだ、てめえら!」
そいつらは手にさげてた拳銃の銃口を、物も言わず俺に向けてきた。
俺も負けじとズボンに挟んでたチャカを引き抜く。
あ、弾がねえや。どこだっけ、弾、弾。
俺はポケットに手を突っこみ、まさぐった。指先に、先の尖った固い感触。
あった。
手を引き抜き、装填しようと見たら。
茶色いどんぐりが、ひとつ、俺の手のひらにのっていた。
弾だ。これで助かったよ。
って、なわけねえだろ。
頼むよ。杉山くんさあ。
あーあ。
【了】
どんぐり戦争のつづき 田中U5 @U5-tanaka
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