夜の街を憶えて
加虎
夜の街を憶えて
カタカタ、カタカタ、タンッ
キーボードと布の擦れる音、それだけだった。
「ふぅ」ひとつため息を残し、残業を終えたのは
ガラス越しに見える空はすっかり黒に染まっていた。会社には彼のデスクの灯りだけがポツンと光っていた。
車に乗り込み、お気に入りのチルプレイリストを再生する。小さく口ずさみながらハンドルを切った。町の光り輝く街灯を通りすぎていくたび、
◇
この学校では毎年クラス替えをする。2年の途中から転校してきた僕は中学3年になってほとんどのクラスメートが話したことのない人だった。そんななか最初に話しかけてくれたのが前の席の安藤カイトだった。ちょっと怒りっぽいところはあったけど一緒に弁当を食べてくれたりするいいヤツだと思っていた。だが僕はある日を境に安藤達にいじめられ始めた。原因はきっと体育の授業だろう。
その日はクラス内でいくつかのチームに分けてバスケットボールの試合があり、安藤と同じチームになった僕達はみんなで勝ちきろうと意気込んだ。第一試合。どちらも接戦でとても白熱していたからだろう、僕はボールを受け取り無我夢中にドリブルした。隣で「パス!」と大きな声をあげる安藤の姿が目にはいった。(いや、ここまで自分だけ1点も点を入れられていない、僕だってみんなに貢献するんだ!)そう思い、おもいっきりレイアップシュートでゴールへと突っ込んだ。ボールはゴールを越えて相手のチームの手にあっさりと渡ってしまった。いつもそうだ、運動神経は人に大分劣るのに責任感だけ無駄にあっていつもこうなる自分が恨めしい。
「おい、パスしろってあんだけ言ったのに何でわかんねぇんだよ!おまえマジでしゃばんな!おまえに決められるわけないだろ、俺にしたがっときゃいいんだよ!」
ああ、そういうことか。自分は安藤の一人の従者にすぎなかったんだ。ジュースを買ってくるとご飯を共にしてくれていたのもただのパシリにされていたってことか。
ハーフタイム中、体育館裏の水道で水を汲み帰ろうとしたとき安藤が同じチームのみんなになにやら耳打ちをしているようだった。
後半が始まるとボールは一切僕のもとへ戻ってくることはなかった。
それから今日まで明らかに意図的にぶつかってきたり、遊ぶふりをして叩かれたり蹴られたり、仲間はずれにされたり、無視されたり、冷やかされたり、からかわれたり、裏で悪口を言われたり……。安藤がクラスの中心的な存在でもあったため、この話題は広まりもともと根暗であったためクラスからも冷ややかな目線が送られることになった。
ある日教室に入ると僕の机には安藤が、椅子には連れの小森が座っていた。二人は僕が来たことに気づいたがそこを退く様子はなかった。「ちょっとwやめてあげなよw」周りにいる女子はそう言いながらもニタニタとした顔でこちらを見ている。
「ど、退いてよ」
無視。二人は映画の話を続ける。
「ここ僕の机なんだけど…」
無視。二人はゲームの話を続ける。
「ちょっと…」
「あ?」上から睨み付ける彼の顔を見てなにかが切れる音がした。
「ボクッ!」
「本当にうちの子がすみません!」安藤の親と先生に母は何度も頭を下げた。「待ってよ、僕だってあいつらに殴りかえされたんだよ。なんで、何でボクだけ責められるんだ!」先生も親も自分がいじめられていたことなんか知らずにただただ始めに殴りかかった僕を責めた。「安藤さんの子供は鼻の出血が止まらなかったそうよ?あんたは血なんて出てないじゃない。」は?流石に呆れた。痛みは出血の量とは比例しないだろ。僕だっていたるところにあるあいつらに仕返しされた打撲だって痛いし、何よりいじめられてきたこの精神的痛みは誰よりも痛い。それらの痛みを知っているからこそ再び仕返しされることが頭にちらついて、いじめられていたことは誰にも口には出せなかった。
もう自分の居場所なんてないんだと感じた。
その日の夜、僕はなにからも逃げ出したくなったのか深夜に家を抜け出してみた。一人でこんな夜中に外に出たのは初めてだった。
夜風が切り傷に触れて痛い。
中心街に歩いていくと自分以外にもベンチに座っている人、道端に腰を下ろす人、酔いつぶれる人、そして街灯やネオンが新しい街を彩った光景、夜の町は自分の唯一の場所だと感じたと同時に、自分は一人じゃないと背中を押してもらえた気がした。
コンビニでアイスを買って食べた。あのとき食べたアイスの味は大人になって立派に働いているいまも、夜の街を歩く度に思い出す。背徳感と愉悦感におかされ全身の痛みは消えていた。
◇
「あっ、昔の俺よ」と運転中に見かけた一人歩く少年に自分を重ね合わせていた。
夜の街を憶えて 加虎 @11Komichi35
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