第6話 とある海兵のバイク

 チピチピ……チピ……


 朝5時半、鳥の囀りと共に、ベッドから飛び起きます。


 つい軍の癖で早起きしてしまいましたが、いい質のベッドだからか、いつもの疲労感がなく、ぐっすり眠ることができました。


 今日、私はこの街を出る予定です。やることはやりました。もう、心残りはありません。


 荷物をまとめ、予定を立てます。


 外はまだ誰も出歩いていないので、もう少しゆっくりしていてもいいかもしれませんね。


 そう大きく伸びをしていると、外からトタトタと足音が聞こえてきました。



 そーっとドアを開けます。

 すると、トレイを持って、廊下を行ったり来たりするマキさんの姿がありました。


「あらおはようアレン!今から朝ごはん用意するから少し待ってて!」


 マキさんはそう言って2階へと階段を上がっていきました。

 内心マキさんの早起きに驚きながら、朝ごはんを楽しみに腹を空かせます。


 昨日はあまりに疲れていて、夜ご飯を食べるのを忘れてしまったために、今はお腹がペコペコでした。




「おっまたせ〜!」


 30分程経った頃、マキさんがトレイを片手に部屋に突入してきました。


 そして、テーブルに2人分の食事を置き、私の前へと座りました。


「どうせなら一緒に食べない?まだ沢山話したいし」

「もちろんです」


 今日の朝ごはんは、レタスのサンドイッチ、そしてほうれん草と卵のスープでした。

 きらきらと輝くその料理達を見て、思わずお腹がキュルキュルと鳴ります。


「あははっ、凄いお腹すいてるじゃない!ほら、早く食べましょ」

「お言葉に甘えて……」


 思いきりサンドイッチにかぶりつきます。


「!おいひい〜!」

「あら、そんなに喜んでくれるなんて嬉しいな……」


 マキさんは、照れくさそうにスープをすすりました。


 軍ではパサパサとした携行食が当たり前。時には死体の横で雑草を口にすることもありました。


 戦後直後といえど、ここは元港だったこともあり物流がスムーズなのでしょう。

 柔らかなパンとしっとりとしたレタスの感触が、口の中で広がっていきます。


 私は食べる手が止まらず、どんどんサンドイッチを口に運んでいきました。


「本当にそんなに美味しいの?」

「当たり前じゃないですか!これは“生きてる料理”ですよ!」


 そこまで言って、ハッとします。思わず喋りすぎてしまった……と後悔しました。


 しかしマキさんは、前のめりになり次の瞬間、吹き出しました。


「ぷっ…あはははは!生きてる料理って…そんな事言われたの、生まれて初めてよ!」


「……? 本当に美味しいんですよ」

「ふふっ…!わかったって!ありがとうね」


 マキさんはニコニコとした表情で、スープを飲み込む私のことを見つめていました。


 そして次に、少し落ち着いたトーンで言いました。


「ねぇ…アレン、貴方さえ良ければなんだけど……」



「うちで、働かない?」



 その提案に、一瞬時が止まります。


 マキさんは、変わらない瞳でこちらを見つめていました。


 食べる手を止め、無言で考えます。

 静かな部屋に、外から聞こえる鳥の囀りだけが響いていました。


 それは、行くあてのない私には、凄く有り難い提案でした。働く場所ができる、というのは、この戦後の世の中で一番大切なことなのです。



 でも、私は……



「提案、ありがとうございます。でも、私は、旅に出ようと思うんです」


 皆の分まで生きて、沢山の人々を救う。私は、そんな旅を選びたかったのです。


 皆の紡いだ物語の続きを書けるのは、私だけですから。


「うん……。アレンなら、そう言うと思ったわ……」


 マキさんは悲しそうな、嬉しそうな、変な顔をしてそう言いました。

 そして、私におかわりのスープを勧めながら大きな声で言いました。


「…よーし!そうと決まれば、“足”の用意が必要ね!」

「足?」

「旅の足といえば〜?」

「…車……いえ、バイクとかでしょうか?」

「そう!」


 マキさんは私のことをビシッと指さし、また元気な声で言いました。


「私、いい場所知ってるんだ。荷造りが終わったら、宿のカウンター前に集合ね!」




 ――荷物が詰め込まれたバッグを手に持ち、カウンター前に立ちます。


 少し経つと、軽装に着替えたマキさんが2階から階段をつたり降りてきました。


 マキさんは何が帽子のようなものを片手に持ち、1つに結われた髪を揺らしながらドアを開けます。


「よし!行こう!」


 そして、元気な足取りで、店の外へと足を踏み出しました――。





「まだあんまり人はいないわね〜」


 外は、朝早くということもありあまり活気に溢れていませんでした。


 それどころか、いつの間にか鳥の囀りも消え、辺りは静寂に包まれていました。


「ここを曲がったところよ」


 マキさんは瓦礫の横を曲がり、立ち止まります。

 そして、前に向かって手を広げ言いました。


「じゃーん。どうかしら?」



 ―――そこには、古びた車屋さんがありました。


 店の前に並べられた、錆びたバイクの残骸。

 そこら辺に散らばる工具…、積み上げられた色々な大きさのタイヤ……。

 そこは全体的に、どこか“懐かしさ”を感じました。


 そして、店の前のベンチには……



 昨日出会った、あのおじさんが座っていました。


「おはようグレイさん。お客さん、連れてきたよ」

「おぉ……って、あの時の嬢ちゃん!」

「あら、知り合いだったの?」

「まぁな、昨日会ったんだ」


 おじさんは葉巻をふーっと吹かし、立ち上がってこちらへ近づいてきました。


「で、どうしたんだいこんな所に。ここはよっぽどの車好きか、旅人しか来ないような場所だよ」


 おじさんは、まるで私が旅に出るわけないとでも言いたげな表情で、葉巻の煙を私の顔に吹きかけました。


 そんなおじさんに、マキさんは私の肩に手を添え、声を張って言いました。


「ちょっとグレイさん!この子…アレンは、を乗りこなせるかもしれないのよ」

「はぁー?何馬鹿なこと言ってやがる」


 グレイさんが笑いながら葉巻を吸い込みます。そんなグレイさんに、マキさんはムッとしたように少し声を荒げて言いました。


「本当よ!だってこの子はね、軍人さんなのよ。それも、最前線の生き残りよ!」

「なっ……この嬢ちゃんがか……!?」


 おじさんは目を丸くさせ、私の方をじっと見てきました。そんな様子を見て、なぜかマキさんが誇らしげに胸を張ります。


 何だか少し照れくさくなっていると、おじさんが決心したように、口を開けました。


「そうか………。なら、アイツを乗りこなせるかもしれねぇな」

「でしょう?」

「アイツ……?」


 おじさんが指す“アイツ”とは何なのか、首を傾げます。

 するとおじさんは店の奥へと入り、ガコガコと音を立て、何かを引いて戻ってきました。




 ――それは、古びた大きなバイクでした。


 恐らく、軍用でしょう。


 深緑の迷彩柄の厳ついフレーム。ボロボロのタンデムシートに、少し欠けたフェンダー……。

 少し錆びたマフラーからは、ドロっとした何かが滴り落ちていました。


 しかし、タイヤには張りがあり、目立った傷も無く、“しっかりと整備されている”ことが伝わってきました。


 そしてそのバイクは、ただの鉄の塊ではなく、戦場の音をまだどこかで覚えているような――そんな気がしました。


「これはな、昔、とある海兵から預かった代物なんだ。整備は時々していたから、まだ動くはずだが……。どうだ嬢ちゃん……。これ、乗ってくれるか?」


 グレイさんのその顔は、まるでこのバイクの持ち主を探しているようでした。


 そして、その問いに私はもちろん、こう答えました―――。


「……はい。私に乗らせてください」

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