第7話

 昼食はウェンディーズで。マラソンのように仕事をしている。そのマラソンにウェンディーズも組み込まれていて、ハンバーガー2個も、何か元から決められていたことのように感じる。わたしは何を決めるのにも、とても時間がかかってしまう人間だ。この前携帯を買ったときには、一週間ネットで検討してからお店に向かった。もう買う機種は決めていたのに、お店の中でまた迷う。午後3時にお店に行って、ようやく決めたのが午後6時。迷うのに疲れてお腹もすいて、もういいや、という感じで決心した。結局、最初に決めていたやつを買ったのだが。

 迷うのが好きなのかもしれない。あれほど迷って決めたということで、自分を納得させる材料にしているのかもしれない。めんどうくさい人間だなあ。

 そういうわけで、食事をする時も選択肢が多いと非常に迷う。外食の場合だと、お店を回ってへとへとになる。値段とおいしさのバランスを、頭の中で綿密に計算している。とはいえ、おいしさなんて数値にはできないので、計算というよりは妄想だ。そうやって無駄に頭を回転させて、気が付いたらお昼ご飯が夕ご飯になっている時もある。

 そこに我らがウェンディーズ。わたしに迷う隙を与えない。わたしはおいしさよりも安さを優先する。一食200円はなかなか無い。コンビニでおにぎりかパンを2個買うという選択もあるけれど、それではわびしすぎる。ただ単に安ければいいというわけでは無いのだ。ボリュームというよりも「食事をした」という感覚が欲しい。ウェンディーズならば、椅子に座ってゆっくり食事ができるのでその点も満たされる。飲み物も「大きい」を言い忘れなければ、十分なものが手に入る。というわけで、わたしにとってウェンディーズのお昼ご飯は、オンリーワンの選択なのだ。

 なんだかごたくを長々と並べてしまった。とにかく健康面はアレだけど、毎回頭をぐるぐるさせて、迷わなくて済むのはありがたい。あっ、そういえば、うどんのチェーン店で、200円のメニューがあったな。もしそれが会社の近くにあったとしたら、ウェンディーズと迷うだろうなあ。うどんもいいなあ。水もセルフサービスだし。あのうどん屋が近くになくてよかった……よな?


 夕飯は先輩がおごってくれた。ようやく仕事のめどがついたからだ。最後にもう一山あるのに、先輩はもう終わったつもりになっている。心配だなあ。

 夕飯もウェンディーズ。おごってくださるので文句は言えない。先輩はお昼抜きだったので食べる気満々だ。わたしはさすがに食傷気味。なんでも頼んでいいよ、と言われたので、ハンバーガー以外のサイドメニューで固めてみることにした。

「じゃあチリのラージと、このジャガイモチリと、あとサラダのラージで」

「えー、せっかくなんだからドーンといこうよ。もしかして遠慮してる?」

「わたしお昼もウェンディーズなんですよ。知ってるじゃないですか」

「そうだった。申し訳ない。でも俺、どうしてもハンバーガー食べたい気分だったんだよ」

 そう言って先輩は、パテが3枚も挟まれているモンスター級のハンバーガーを注文した。ポテトもラージ。コーラもラージ。先輩、勢いだけで頼んでるでしょう……。

「俺さあ、ちょっと太りたいんだよね。今年も絶対夏バテしそうだし。今のうちに肉をつけないと」

 確かに先輩、細っこいよなあ。身長が高いからよけいにひょろひょろして見える。羨ましいくらい色白いし。スーパーモデルみたいだ。顔以外は。

 夕飯時のウェンディーズはガランとしている。お昼の喧騒が嘘のようだ。確かに銀座を夜に歩いていて、ハンバーガーを食べようという人はあまりいないと思う。新橋や銀座は昔からのオフィス街だから、渋い居酒屋さんとか、コアな定食屋さんがたくさんある。チェーン店はどうしても色あせて見える。

「でも、すいてるウェンディーズ、なんだか素敵ですね」

「そう? まあ混んでるよりいいよね」

「なんだか他にはないタソガレ感がありますよ。マックだとこうはいかないです。アメリカ映画とかに出てくるじゃないですか。カウンターがあって、ウェイトレスもやる気がない、さびれたバーガーショップが。そういう退廃的な感じがウェンディーズにはありますよ。分かりませんか先輩」 

「分かる分かる。タイハイ的ね。ところでさ、マキちゃん、これ食べる気ない?」

 先輩……。ハンバーガー3分の1も食べてない。

「いやですよ。食べかけじゃないですか……」

「だよねー。でもほら、半分こにしたらダメ? 残したくないんだよ。このままだとなんだか救われないよ」

 意味が分からない。わたしはまあ、食べかけとかは気にしない人間なので半分貰うことにする。半分なのにすごいボリューム。ビックマックくらいある。わたしはぐわっと口をあけて、ハンバーガーにかじりつく。

 あれ……なにこれ。超おいしい!

「先輩!」

「うぉう。どうしたの? いきなり」

「めちゃくちゃ美味しいじゃないですか、これ!」

「うん、まあ、おいしいけど。うん、おいしいよね」

「違う、違いますよ。これ、こうやって食べなければダメだったんですよ。ほら、サンドイッチとかも、重ねて食べてこその美味しさがあるじゃないですか。ウェンディーズのハンバーガーもそうだったんです。あー、ちょっと感動。感動しました」

 そうなんだ。ウェンディーズはこれを伝えるためにアメリカから来ていたのか。

「このボリュームを一気に口にはこんで、味わってこそのハンバーガーなのかもしれません」

「なんだか食通の人みたいだねぇ。ずいぶん語るよなあ。でも確かに言われてみれば、すごいおいしいかもしれない」

「でしょう? これなら夜ご飯にしても問題ないですよ。納得のボリュームとおいしさです。そうか……ウェンディーズは夜に食べるべきだったのかも」

「それにしてはお客さんいないよな」

「そうですね。ウェンディーズの実力が発揮されてませんよね。実力あるのになあ」

「競争力を高める為に100円バーガーとかを出しているうちに、本質を見失ったということかもなあ。……俺、今すごくいいこと言ったよね?」

 せっかくいいこと言ったのに……。

「これを食べてしまったせいで、明日からお昼ご飯が貧相に感じられそうです……」

「そうだね……申し訳ない」

 おいしいと量も食べられるものだ。わたしは自分の分を食べた上に、先輩にもらったハンバーガーを簡単にお腹に収めてしまった。

 無駄に盛り上がったあと、ぐったりしてウェンディーズを出る。仕事はあとひとふんばりだ。しかし今日は大きな発見をしてしまった。もうあの小さいハンバーガーに戻りたくない。かと言って、高級ハンバーガーをたのむ経済力も無い。ウェンディーズが鬼門になってしまった。

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