第5話

 今、ウェンディーズでハンバーガーを食べている。寝不足で手が震えている。正直、ちゃんと会社に出勤して、現在お昼ご飯を食べていることが奇跡のように思える。しかしわたしもよくここまでこぎつけたものだ。昨日飲み過ぎてたぶん午前3時くらい、少し気持ち悪くなったころに布団に倒れこむようにして眠った。朝目覚ましが鳴って、布団から手を伸ばして止めたとき、今日は会社を休もうと思った。どうせわたしはアルバイトなのだ。かわりはいくらでもいる。

 でも良く考えたら、先輩の手伝いをしているアルバイトはわたしだけなので、わたしが休むと仕事が進まない。先輩はたぶん土日も出勤して、ミスの分をなんとか取り戻したはずだ。ここでわたしが休んだら、今日も先輩は残業だ。

 いや、わたしが行ってもどうせ先輩は残業なのだ。だから休もう。こんな状態で会社に行っても、あまりお役に立てないだろう。でも月曜日に休んだら、あからさまにズル休みという感じがする。会社に電話をして、派遣社員の律子さんに冷たい感じで「お大事に」と言われるのも嫌だ。電話のあとに2度寝をして、お昼ごろ目が覚めたとき、なんとも言えないやりきれなさを感じるのも嫌だ。

「お天道様に」

 と、わたしは布団の中で言った。

「申し訳ない!」

 と言って、わたしはガッツポーズしながら立ち上がった。頭が超重い。死にそうだ。こういう時は意識をテレポートさせるのだ。とりあえず4時間後くらい、お昼ご飯を食べているはずのわたしまで、意識をテレポート!

 そしてわたしは今、ウェンディーズにいる。今思い出すと、二日酔いなのに駅まで走ったことや、新橋のホームでウッとなったことなど、とても懐かしい。過ぎし日の良い思い出だ。朝ごはんを抜いているのでハンバーガーがやたらとおいしく感じる。ゆっくりと味わって食べよう。となりに安い牛丼屋があるけれど、ほとんど浮気する気がおきない。いくら安いと言っても220円で牛丼は食べられないのだ。

 会社が終わるとズタボロに疲れている。今なら日比谷公園のベンチでも眠れる自信がある。仕事は全然はかどらなかった。でも月曜日に手をつけておいてよかった。今日ズル休みをして、火曜日から一週間が始まっていたらペース配分が危ないところだった。先輩はがんばっていたけれど、どうも要領が悪い。計算は速いけれど国語能力が無さ過ぎる。こまごまとした事は、わたしがチェックしないとやり直しになることが多い。なんだかまだ少し酒が残っているような気がする。今日はものすごく早寝をしてやろう。


 本日もウェンディーズより愛を込めて。100円ハンバーガーよ永遠なれ。先輩とわたしが少しづつミスをして、仕事のスケジュールがぎりぎりになってしまった。そもそもは先輩が一週間遅らせたわけだけど、余裕がなくなってきてわたしもあせってしまった。「申し訳ないけれど残業をしてもらえるかしら」と、課長に言われてしまった。たぶん週末まで一日12時間ぐらい勤務しないと間に合わない。こうなるとアルバイトがどうのこうの言ってられない。ウォーと伸びをしてウェンディーズを出る。

 夕飯は課長がおごってくれる。会社の近くのラーメン屋で、課長のお気に入りの店だ。なんでも頼んでいいわよ、と言われたので、とんこつチャーシューメン900円を頼む。お、恐ろしい値段だ。こんなの高給取りしか食べられないじゃないか。でも先輩もけっこうこの店に来るのだと言う。この人、食費高そうだな。

「もう社員になっちゃってよ」

 課長が豪快に、ズルズルと麺を吸い込んで言った。

「そうですよ。そしたら俺も助かります」

 お前がそれを言うな、と言う感じで、課長とわたしは先輩をにらむ。しかし全然こたえずにニコニコしている。

「だって残業……したくないです。責任も重いし」

 課長のお言葉はありがたいけれど、会社は嫌いだし。

「何言ってんのよマキちゃん。こいつを見なさいよ。自分で仕事を増やして楽しそうでしょう? 責任なんてどこ吹く風だし」

「いやほんと、すみません」

 そう言いながら、先輩はとても美味しそうにラーメンを食べている。素晴らしい性格をしているな。

「とにかく今週はがんばってちょうだいね。終わったらちゃんと慰労するから。なにか食べたいものはある?」

 食べたいものか……。なにか、あったような。

「焼肉とかどうっスカ? 俺、いい店知ってますよ」

 あんたには聞いてないわよ、と先輩が課長に言われている。焼肉もいいなあ。でも肉はウェンディーズで、ちゃんと摂取しているからな。それにしてもこのラーメン、ちょっと高すぎる。とてもおいしいけれど、もし自分で900円払っていたら、値段が気になっておいしさが霞んでしまいそう。地元の天昇軒なら、ラーメンを3杯食べられる。チャーシューメンなら約2杯。まあ、あそこは安すぎるのかもしれないが。

 でも立ち食いそばとかの値段を考えても、ラーメンはちょっとお高く留まっている感じがある。これもファーストフードのはずなんだけど。有名店がやたらにあってグルメとか言って、何か勘違いしているような気がする。みんなが900円とか払っちゃうからいけないのだ。なぜかラーメンになると、値段の高さがスルーされている。900円なら、それこそ焼肉定食とか食べたほうがいいよ。

 ウェンディーズを見て御覧なさい。200円でちゃんと食事になっている。そう考えたら、600円のハンバーガーもそんなに高くないのかもな。あくまでもラーメンに比べたらの話だけど。ラーメンとハンバーガーを比べる人はほとんどいない気がする。そこにウェンディーズの不幸があるのかもしれない。

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