第3話

 また次の日ウェンディーズに行くと、会社の先輩がレジの前に並んでいた。まずい、逃げよう。そう思った瞬間に先輩と目が合ってしまった。わたしは今初めて気が付いたように「お疲れ様です」とにこやかに言う。ああ、お昼休みに会社の人に会うなんて……本当に疲れちゃう。先輩は明るくてフレンドリーなので、当然のことのように一緒に食べることになる。席があったよ! と先に注文を終えた先輩が、満員のウェンディーズの中でわたしに向かって手を振る。恥ずかしいくらい元気だな。

 ポテト食べていいよ、と先輩が言う。これはたぶん、700円くらいするセットだ。100円じゃないハンバーガーと、小さなサラダとポテト、そして大きなコップに入ったコーラ。お店の人も喜んで大きなコップにコーラを注いだことだろう。

「ウェンディーズ、けっこうおいしいよね」

 と先輩がにこやかに言う。

「値段も安いです。わたし毎食220円です」

「マジで? 俺、680円も払っちゃったよ。損したなー。ハンバーガー3個でもいいよね。300円だもんね」

「4種類あるので、マックより食が豊かです」

「あー、そうだよね。ウェンディーズいいよね。俺、今度それにしよう」

 先輩は社員なので別にセットでもいいとは思うけれど、ウェンディーズのよさが分かってもらえたようでよかった。しかしこれでウェンディーズは、セットを買ってくれるお客を1人失ったことになる。ウェンディーズ、申し訳ない。しかしわたしのせいではない。ウェンディーズの自業自得だ。 


 先輩と一緒にお店を出る。お昼休みはまだ30分残っている。わたしは特にやることがないので、また日比谷公園でも行こうかと思う。先輩は社員なので、食事が終わったらすぐに戻らなければならない。本当は社員のほうが自由が利くはずなのに、ものすごく忙しいので食事中も頻繁に携帯に電話がかかってくる。先輩は早朝に出勤して終電で帰っているそうだ。

「もう、まいっちゃうよ」

 アハハと笑って、手を振りながら先輩は会社に戻って行った。あまりストレスを感じない人種なのかもしれない。羨ましいことだ。そう言えば先輩は、上司に怒られても顔が笑っていてさらに怒られていた。もう、まいっちゃうよと言いながら始末書を書かされていた。


 次の日ウェンディーズに行ってハンバーガーを2つ食べていると、先輩が「ここいい?」と言ってわたしのテーブルの前に座った。お昼時のウェンディーズはほぼ満席なので、2人がけのテーブルを1人で独占することは許されない。わたしは「どうぞどうぞ」と言った。これは偽りの無い気持ちだ。

 先輩がテーブルの上に置いたトレーには、100円のハンバーガーが3つと、とても小さなコップが乗っていた。先輩はわたしの真似をして水を頼んだまではよかったけれど、肝心のセリフを忘れてマニュアルの餌食になってしまったのだ。これはわたしにも責任があるかもしれない。普通の人は、わざわざ水を頼むのにコップのサイズまで指定しない。

「お水、小さいですね」

「そうだねー。アレ? マキちゃんの水、大きいじゃん。どうして?」

「わざわざ頼まないとダメなんですよ。大きいコップでお水をくださいって」

「マジで? うわー、そうなんだ。ウェンディーズ、せこいよな。いや、俺らがせこいのか」

 そう。わたしたちがせこいのです。ウェンディーズに罪は無い。あるとしても、マニュアルにしか罪は無い。

「3つ食べたらお腹いっぱいですよ」

「だよね? これ超お得じゃね? 俺やったーって気になるよね」

 わたしのを真似しただけなのに……。まあ、喜んでもらえてよかった。

「ごめん。俺、先に戻るわ」と言って先輩がウェンディーズを出て行った。別に一緒に食べる約束をしていたわけではないので謝らなくていい。先輩はハンバーガー3個をあっという間にお腹に入れた。水を節約して飲んでいたけれど、最後のハンバーガー1個の所で水不足になって苦しそうだった。

 わたしより後に来て、わたしより先に帰るという。今日のお昼休みは15分ぐらいだろうか。よくやるもんだなあ。わたしも仕事を手伝っているけれど、あと30分、しっかりお昼休みを取って戻ろうと思う。

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