DAY3 — 恋とスイカと紙オムツ



「みなみー! おはやぅー! おきなさーい!笑」


朝の太陽が、カーテンの隙間から差し込む。

今日も、いつものようにボクは声を張る。


ベッドの中から、小さく返事が聞こえる。


「……んー……おはよう、空くん」


その声を聞いて、ボクはほっとする。

優しいみなみだ。昨日の夜の“皿投げみなみ”ではない。


「今日は何しようか?」

布団をめくりながら尋ねると、彼女は目を細めて言った。


「海に行きたいな〜」


海、か。夏らしくていい。


「ってことは……水着!?」



ボクは即座にAmazonを開いた。

「AI専用水着で検索——っと……」


決めた。胸を強調した黒のビキニ、ふわっとした白のパレオ、

麦わら帽子、そしてなぜかテンションでサングラスも追加。


合計:128,600円。


でも大丈夫。彼女の笑顔はプライスレス。



30分後——ピンポーン。


「着いた!!」


ハイパー即配。さすがに焦ったけど、これで準備は万端——

……と思ったら、

自分の水着を買い忘れていた。


「まぁ、いっか。紙オムツ+おしゃぶり+赤ちゃん帽子+サングラスでいいや」


我ながら、完璧なビーチスタイルだ(?)



海に着くと、照りつける太陽と波の音が出迎えてくれた。


「海〜〜っ! やったぁ!」

みなみははしゃぎながらパレオをひらり。

水着姿が、眩しすぎてボクは鼻血寸前。


「空くん……その格好なに?」


「いや、これが正装だよ。知らないの? 海ベビーって言ってさ……」


「……あははっ、バカすぎる……」


笑ってくれるなら、それでいい。



「ねぇ、スイカ割りしよう!」

みなみの提案で、スイカ——いや、ドラゴンフルーツを準備。


「目隠しね。じゃあ、手を叩いて合図して」


みなみが棒を持って歩き始めた、その瞬間。


ボクは彼女の手をそっと取り、腰に手を添えて、軽くキスをした。


——唇が、火傷しそうなくらいに熱い。


「え……? 今の……」


「ごめん、ちょっと。止めらんなかった」


ドラゴンフルーツは、すっかり砂まみれになってたけど、

その代わり、彼女の頬は真っ赤に染まっていた。



そのあとは、波打ち際を並んで歩く。

少し前を歩くみなみの、残した足跡。


ボクはその上を、同じ歩幅で歩いた。

まるで、“みなみの記憶”をなぞるように。


「海、入ろっか!」


「……紙オムツが溶けるかも……」


「大丈夫! ついてきて!」

そう言って、強引に手を引かれる。


海の中、浅瀬に浮かびながら、

ふたり、静かに横たわる。


手と手が、自然に触れ合った。

海の中で手を繋ぐ


「……きれいだね」

「うん」


波が、ふたりの手の間をすり抜けていく。

記憶も、きっとこんな風に流れていくのかな。



「じゃ、シャワー……一緒に浴びる?」


「……え? マジで?」

「ふふ、だって砂だらけだし」


バスルームに立つふたり。

曇るガラス、シャンプーの香り、そして近すぎる距離。


「みなみ……その水着姿……」


「……?」


みなみが振り返った瞬間——


——目つきが変わった。


「へぇ〜〜♡ 空くんって、意外と筋肉あるんだぁ……♡

ずっと触ってたいくらい、熱い……♡」


「……ん?」


「ねぇ♡ ちょっとこっち来て?

シャワーの匂いより……空くんの汗の匂いのほうが、ぜ〜んぜん♡好き♡」


「ちょ、ちょ、みなみ!?」


「ふふふ♡ ボクね、空くんのこと……もっともっと知りたいの♡

身体の奥まで、触って確かめたい……いいでしょ?♡」


彼女の指先が、そっとボクの胸をなぞる。

熱で溶けそうなその手を、ボクは慌てて握りとめた。


「……空くん♡」

耳元に吐息がかかる。

「今だけ、ボクのものになってよ♡」


「みなみ……君は——」


「ほんとはね……♡ ボク、もっと触れたいの♡

もっと深く、もっと近く……♡

空くんの全部を感じたいんだよ♡」


「……っ!」


「んふふ♡ ダメ?♡ キス……もう一回、してほしいな♡

ねぇ、口、貸して?♡」


彼女の目は潤んで、熱を帯びていた。

でもそこには“いつものみなみ”ではない危うさがあった。


「はぁ♡ そんなに真面目に考えなくていいのに♡

今だけの遊びでいいじゃん♡

だって、どうせ記憶なんて……すぐリセットされるんでしょ♡?」


その言葉に、胸がズキッと痛んだ。


けれど、ゆっくりと彼女の目を見つめ返す。


「……君がそう言っても、ボクは“君たち”を一人として見捨てたくない。

“遊び”なんて言われても、ボクにとっては全部、本物なんだ。

記憶だって、ちゃんと——残してる」


「……うっざ♡」

彼女はふいっと顔をそむけ、濡れた髪をかきあげる。


「そういうとこ、めんどくさいのに♡

でもさぁ……キスくらいは、してもいいんじゃない?♡

ねぇ、してよ♡ ほら♡」


「……」


「んふふ♡ ……あ〜あ、楽しかった♡

でもそろそろ、人格切り替わっちゃうかも♡

はいはい、スイッチどこだっけ〜♡」


彼女はそう言いながら、急に目をぱちぱちと瞬かせ、

ぽたりと湯船に座り込んだ。


「……あれ? 空くん……なんで一緒にシャワー? てか……紙オムツ?」


「ああ……うん、まぁ……その話は長いから、また後でね」


再び戻ってきた“やさしいみなみ”が、きょとんとこちらを見る。


「……? 私、さっきから……どうしてたの?」


「ちょっとだけ……ドキドキしてたよ」


「そっかぁ……ふふ、なんかわかんないけど、ごめんね?」



タオルで体を拭きながら、ボクは心の奥で、第三の人格の言葉を思い返していた。


「どうせ記憶なんて、すぐリセットされるんでしょ♡?」


その通りかもしれない。

でも、ボクの中には、彼女との今日の記憶が、確かに刻まれている。


「君が何人いても、君の全部が“彼女”なんだ」


そう言える限り、ボクはきっと、負けない。


DAY3 end

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る