第20話

高台にそびえる廃病院の前に、一台の黒塗りの車が滑るように到着した。

磨き上げられた車体は、夜の闇を反射して鈍く光る。

運転席からは吉良が降り立ち、冷たい視線を病院の入り口に向けていた。

続いて、部下が後部座席から、抵抗する音羽と是津を乱暴に引きずり降ろす。

音羽の顔には恐怖と怒りが、是津の顔には諦めと虚無感が入り混じっていた。

部下たちは彼女たちを容赦なく引きずり、廃病院の薄暗い入り口へと消えていった。


​それから数十分後、その入り口の前には尾根の姿があった。

彼の表情は硬く、視線は一点の曇りもなく、ただひたすらに廃病院の中を見据えていた。

そこに、真虎と浜崎、夜久の三人が合流する。

​マコ「遅くなって、すまない」

​真虎が声をかけると、尾根は静かに首を振った。

​おいね「いえ、自分もさっき着いたところです」

​彼らは言葉少なめに頷き合い、廃病院の中へと足を踏み入れていった。

その背中は、それぞれが抱える思惑と決意を物語っているようだった。


​さらに数分後、辺りを警戒するように視線を彷徨わせながら、若月が到着した。

彼はコートの襟を立て、周囲に不審な点がないか入念に確認する。

すると、一台のタクシーがこちらに向かってくるのが見えた。

こんな場所にタクシーが来ること自体が不自然だ。

若月は警戒を強め、いつでも動けるように身構えた。

​タクシーから降りてきたのは、予想外の人物、鵜飼だった。

驚きを隠せない若月。

なぜ彼女がこんな場所に?黒川から何か吹き込まれたのか?

いや、もしそうだとしても、彼女が簡単にここに来れるはずがない。

混乱する若月に対し、鵜飼は感情の読めない表情で静かに口を開いた。

​ウナポン「あなたの、力になりたい」

​その言葉は、まるで氷の塊が胸に落ちてきたかのように、若月の心を揺さぶった。

鵜飼が自分を道具としてではなく、一人の人間として見てくれている。

その事実が、彼に今まで感じたことのない温かさをもたらした。

言葉を返す間もなく、鵜飼は廃病院の入り口に向かって歩き出す。

若月もまた、彼女の後を追うように中へと入っていった。

​廃病院の内部は、外観から想像する以上に荒廃していた。

埃とカビの匂いが充満し、床にはガラスの破片が散らばっている。

先に着いた吉良たちは、最上階の元手術室に音羽と是津を連れてきていた。

手術台の上で怯える彼女たちを冷たい目で見下ろしながら、吉良は電話の相手を待っていた。

​ラオウ「...来たか」

​ポケットの携帯が震える。吉良は素早く画面を確認すると、静かに通話ボタンを押した。

電話の向こうから聞こえてくる声に、吉良の表情はさらに強張る。

ラオウ​「はい...承知いたしました。すぐにそちらに向かいます」

​通話を終えると、吉良は部下に音羽と是津を連れてくるよう指示した。

抵抗する彼女たちを無理やり立たせ、部屋から出ようとしたその時、廊下の奥から足音が聞こえてきた。


マコ​「吉良さん、随分と慌ててるじゃないですか」

​真虎の声だった。真虎、浜崎、夜久、そして尾根。

四人の男たちが、廊下に姿を現す。

吉良は舌打ちをすると、音羽と是津を部下に押し付けて前に出た。

ラオウ​「お前ら、なぜここに...!」

​マコ「その子達を取り返すために来たんだよ」

​真虎が拳を握りしめながら答える。

吉良は鼻で笑うと、懐から拳銃を取り出した。

​ラオウ「ふざけるな。この女たちは、大事な商品だ。お前らごときに邪魔はさせない」

​マコ「商品だと?彼女たちは人間だ!貴様、何のためにこの女たちを拉致した!?」

​真虎の怒りに満ちた声が廊下に響き渡る。


その時、廃病院の入り口から、また別の足音が聞こえてきた。

雨宮は冷静に状況を観察し、吉良の部下たちに目を向けた。

​パト「吉良、これ以上は無駄だ。彼女たちを解放しなさい」

​雨宮の声に、吉良は眉をひそめる。

​ラオウ「チッ、なんでこんな所にサツが…」

パト​「黒川から情報を得た。君がここで行おうとしていることは、警察として見過ごせない」

​その言葉に吉良の顔が引きつる。

​ラオウ「黒川の奴...!俺を売ったのか!」

​その隙を突いて、真虎が吉良に飛びかかった。

しかし、吉良は素早く体勢を立て直し、銃口を真虎に向ける。

​ラオウ「動くな!動いたらこの男を撃つぞ!」

​その場に緊張が走った。

誰もが息をのむ中、浜崎が叫んだ。

​ハマちゃん「ダメ...!真虎、下がって!」

​浜崎の叫びが、吉良のわずかな動揺を誘った。

その瞬間、尾根と夜久が素早く吉良の部下を無力化し、浜崎が音羽と是津の元へ駆け寄る。

​ハマちゃん「大丈夫?、音羽さん、是津さん」

​ラオウ「浜崎...!」

​しかし、吉良は銃口を真虎から浜崎へと切り替えた。

​ラオウ「俺の商品から離れろ!さもないと...」

​その時、背後から新たな叫び声と共に人影が飛び出してきた。


「ダメーーー!!」

そこには浜崎を庇うよに、両手を広げて前に出た赤羽の姿が。

浜崎はその後ろ姿を見て思わず叫んだ。

ハマちゃん「アカリン!?どうしてここに?」

アカリン「知らない番号から電話がきて、その人がここの場所と、ハマちゃんのお店で起きた事、そしてハマちゃんの身が危ないって教えてくれたの」

吉良を睨みつけながら会話をする二人。

ラオウ「黙れー!この状況で世間話とは、俺をナメるのも大概にしろや!もういい、お前らまとめて仲良く殺してやるよ!」

そう言って、興奮しながら拳銃の引き金に指をかけた時。

ワカ「そこまでです、吉良さん」

その言葉に​入口を見ると、そこには若月とその後ろに立つ鵜飼の姿が見えた。

鵜飼の顔には感情がなく、ただ静かに吉良を見つめている。

​ラオウ「若月...!それに、お前は...!」

​吉良は狼狽し、銃を持つ手が震え始める。

若月は一歩前に出ると、ゆっくりと口を開いた。

​ワカ「吉良さん、あなたの取引の相手は、おそらくこの状況をどこかで見て楽しんでいるはずです」

​ラオウ「何を言ってる!?」

​ワカ「彼らは、鍵を餌に黒川を使い、この場所に私達を集めた。そしてここに居る全ての人達の事情も、なにもかも把握していると見て間違いないでしょう。今あなたがその引き金を引いても、なんの解決にもなりませんよ」

​若月の言葉は、吉良の心臓を抉るように響いた。吉良は絶望的な表情で、彼らと銃口の先で怯える音羽と是津を交互に見る。

若月が大きな声で叫んだ

ワカ「今この瞬間も…そうですよね!?どこかで見ているのでしょう!?」

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