【完結保証】悪役令嬢な私が、あなたのためにできること
夕立悠理
第1話 お邪魔虫の恋
――それは、貴族が三年間を通うことが義務付けられている学園でのことだった。
私はいつものように、友人たちに笑いかけようとした。
「ねぇ、マリー……」
驚いたように、見開かれる黒の瞳。
当然だ、彼は友人ではない。
別の人物に話しかけたと、数秒経って、気が付いた。
「も、申し訳ございません!!」
慌てて謝ると、彼は柔らかく微笑んだ。
「大丈夫だよ、僕もよくするから」
「!」
――それじゃあ、また。
そう言って、彼が手を振る。
──目があったのは、一瞬で。
その一瞬で、強く惹き付けられてしまった。
私は、その瞬間、頭のなかを運命という言葉が駆け巡った。
運命とは、この瞬間のためにある言葉なのではないのかと。
しかし、私だけのようだったみたいだ。
彼はそのまま彼の友人の元へと去っていってしまった。
「ソフィアったら、おっちょこちょいなんだから……ソフィア?」
友人のマリーは、勘違いで彼に話しかけた私を笑ったけれど。
私はその場から微動だに出来なかった。
「……マリー」
「ん? どうしたのよ、ソフィア」
「私、運命の恋をしたわ!!」
それからの私は、彼──リッカルド様に夢中になった。
彼は間違いなく、私にとっての運命の人だった。
でも。
──リッカルド様には、リッカルド様の運命の人がいた。
侯爵令嬢のメリア様だ。
幼馴染だという二人。
二人はとても仲睦まじかった。
そして何より、リッカルド様の他の方には向けられない柔らかな笑み。
そんな笑みを向けるのは、メリア様だけだ。
――私は確信した。
この二人が、私たちの代の【女神の使い】なのだと。
【女神の使い】
――それは、神託が下りた、一組の男女だ。
その男女は、必ず夫婦にならなければならない。夫婦になることで、女神の加護をこの国にもたらすのだ。
私たちの国の女神は、恋の女神だから。
誰よりも恋しあう二人に、そして、その国に、加護を与えてくださるのだった。
◇
神託がおりるのは、学園の卒業式の日。
その卒業式の日に女神は告げた。
リッカルド様の名を。
……ああ、やっぱり。
私の中で、憧れにもあきらめにも似た感情が沸き起こる。
だって、リッカルド様の名前が呼ばれた、ということは、その相手は当然メリア様だろう。
私の予想通り、リッカルド様は微笑んで、メリア様の名前を呼んだ。
正確には、呼ぼうと、した。
――けれど。
女神の声にかきけされた。
女神は告げた。
リッカルド様と夫婦となるべき、女性の名前を。
「……え?」
ソフィア・ルーチェ。
──それは、メリア様ではなく。私の、名前、だった。
◇ ◇ ◇
「ど、うして……」
だって、リッカルド様には、メリア様が。
私はリッカルド様を自分の運命の人だと思っていた。
だから、私がリッカルド様のことを好きなことは有名だった。
……けれど。
リッカルド様とメリア様。
想い合う二人の仲を引き裂くような真似は一度もしていない。
だって二人は、はたから見ても、お似合いで、完璧で、運命だった。
引き裂けるとも、引き裂こうとも思わなかった。
……なのに、なぜ?
リッカルド様はもちろん、私も女神に何度も尋ねた。
本当に、相手は、私なのかと。
けれど、いくら私たちが尋ねても、女神は応えなかった。
――確かなことは、私たちが結婚しないと、女神はこの国を去るということ。
◇
そうして、一ヶ月後。
私たちは、今日、夫婦になる。
女神の使いの結婚式。
この国の誰よりも祝福されるはずの結婚式。
――でも。
「……これから、よろしくね。ソフィア嬢」
そういった、あなたの瞳は間違いなく絶望を映していた。
惹かれた黒の瞳に、光はなく。
深い悲しみと絶望だけがそこにあった。
それでも、ずるい私は構わなかった。
本当は、リッカルド様自身が選んでいたのはメリア様だと知っていた。
それなのに、こうしてリッカルド様の隣に並び立つことができたことを嬉しく思っていた。
そんな暗い喜びを噛みしめ、私は誓いのキスをした。
――今にして思えば、そんな私に罰が当たったのは当然だった。
義務的な初夜を終えて。
リッカルド様が、こっそりとメリア様と会っているのを知っていた。
……それでも良かった。
二人が恋しあっているのを知っていた。
女神も知っていたはずだ。
それなのに、女神は、私とリッカルド様を選んだ。
……ということは、いずれ、リッカルド様は私に好意を抱いてくださるということなのだ。
そうに違いない。……そう私は考えた。
少しずつでいい。
劇的な変化はなくとも、少しずつ緩やかに、穏やかに。
それでも、確実に。
――愛を育んでいこう。
どんなに新婚なのに、リッカルド様の帰りが遅くても。
リッカルド様からメリア様の香水の香りがしても。
リッカルド様はいつか、私を愛してくださるのだと信じていた。
一度だって、疑わなかった。
──そんな風に私が、目をそらし続けた結果。
「奥様!」
「どうしたの?」
顔を青くさせて報告に来た家令に首をかしげる。
また、リッカルド様の今夜は遅くなるという連絡かしら。
そんなの、いつものことなのに。
いえ、それにしては、このあわってっぷり。いったいどうしたの──。
「旦那様が、お亡くなりになられました」
――亡くなる、という言葉の意味をこの日ほど考えたことはない。
のどが渇いて、言葉が出てこない。
しばらくした後、私の口から出てきたのは。
「……うそ」
そんな、ありきたりで、無責任な言葉、だけだった。
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