第35話:デマ

 翌日、朝から庭で素振りをしている柳をクイナと二人でぼーっと見ながら、クイナに話しかける。


「山田アリス。アイツ、深見と連絡先交換してただろ。ちょっと頼んで教えてもらっていいか?」

「どうしたんです? 深見クノウの電話番号でマッチングアプリに登録でもする感じですか?」

「違うが。……ちょっと用がな」


 クイナはジッと俺を見て首を傾げる。


「……仲良くするつもりですか? ……昨日少し話した感じ、悪い人ではないのかもしれませんが」

「悪い人だよ、深見クノウは。……チンピラみたいな小悪党じゃないんだ。世界を巻き込む大革命家で思想家。……人間としての魅力があるから多くの人が付いていく、話せば愉快で隣にいれば安心する。だから……世界を壊せる」


 少し話せばなんとなく好意的に見てしまう。

 この人に頼ればなんとかなるのかもしれない。

 案外悪いやつじゃなさそうだ。

 仲良く出来るんじゃないか?


 …………世界をめちゃくちゃにしていると誰もが知っているのに、会えばそう感じさせてくる。


「悪の組織のボスなんて、愉快で楽しいやつじゃなければ成り立たない。……怪物だよ。偏見を持って接しているぐらいじゃなければ取り込まれるぞ」

「……肝に銘じておきます」

「山田アリスと連絡先を交換したのは愛知や平林を通さずに俺と話すためだろうな。直接俺と連絡先を交換したら怪しまれるが、合コンという場で女の子と連絡先を交換しておいたらその女の子越しに俺と連絡を取れるだろ」

「そうなんですか? てっきり、山田さんに欲情しているのかと。めちゃくちゃおっぱい見てましたし」

「普通に考えろ。ラスボスみたいな男が女子中学生のおっぱいに夢中になるか? 演技に決まってるだろ


 クイナはジッと俺を見て、コクリと頷く。


「裏ボスみたいな男の人が夢中になってるので、まぁあるかな……と」

「…………。まぁ、若い女の子に惹かれるのは男の本能的なところがあるからな。それはともあれ、深見の立場ならよりどりみどりだろうに、わざわざこっちの知り合いと親交を深める意味もないだろ?」

「女の子をたくさん選べても、たった一人が大切になることはあるかと」

「いやまぁそれはそうなんだけど、アイツそういうやつじゃないから。……毒気を抜かれすぎだぞ、気をつけろ」


 とにかく、と、俺は言う。


「俺と連絡を取りたがっていて、俺も交渉したいことがある。取り次いでくれるように頼んでほしい」

「まぁいいですけど……。んー、今日は休みですし、ヤクさんとゆっくり過ごしたいんですけど」

「……じゃあまぁあとでもいいけど」

「いいんですか」

「そこまで急ぎでもないしな。……けど、山田アリスにはあんまりやりとりするなとは言っとけよ。好かれても嫌われても面倒な相手だ」


 クイナはコクリと頷いてから柳の方を見る。

 刀に手をかけた瞬間、近くに落ちてきた木の葉が粉々になるまで斬り裂かれる。


「……私よりも歳下なのにすごいですね。キリちゃん」

「まぁ、異能力者じゃないのに機関のボスだった奴の後継だからな。異能力抜きならまぁ最強クラスだろうな」


 愛知には負けていたが……まぁアレは相性差は大きく、時の運もある。

 ぷにぷにしてて可愛いしずっとあわあわしているが、純粋な戦闘能力だと俺を除いた自警団の誰よりも強いだろう。


「はあ……これからどうなるかなぁ」

「どうとでもなりますよ。どうなってもいいですしね、あなたとなら」




 ◇◆◇◆◇◆◇



 官邸の会議室の中は、その人数では不気味なほどに静まり返っていた。

 呆れてしまうほど分厚い資料の山が並べられているが、その資料はどれも数合わせの見せかけなどではなく十分に情報が詰められた代物だった。


 この会議中に全てを読むことは不可能であり、事前準備も不可能なほど急な話だ。


 若手議員が冷えるほどの空調の下でそれでも冷や汗を流す。


「総理、これはあまりにも……」


 真中イバラの公表したスキャンダルは異常な量だ。

 未成年を戦わせていることから始まり、異能を使った組織犯罪者への拷問じみた聞き取り調査、犯人が確定していない状態での拘禁、職員の犯罪とその隠蔽、杜撰な会計管理。


 古くから続いておりほぼ世襲制であったこともあり体制のあり方や倫理観は一世紀は遅れており、真中イバラは二十年以上その中心にいた。

 破壊しようという意志を持って。


 当然、溢れるように出る大量のスキャンダル……。

 何をどう考えても「この有り様」が国民に許されるはずもなかった。


 総理は若手議員の言葉をあえて無視するように口を開く。


「──官房長官、現状説明を」


 総理大臣からの指示を受けた男は用意してあった資料に目を落とすこともせずに状況を語る。


「はい。政府直属の【異能対策機関】の行っていた刑事罰の対象となるだろう行為の数々が【五天一刃】の真中イバラの手によって公表されております。既にテレビネット新聞、各種メディアによって拡散されております」


 官房長官の淡々とした語り口に議員達は押し黙り、空気は一段と重くなる。

 端に座る、真中イバラと同じ【五天一刃】のひとりはただただ沙汰を下されるのを待つが、彼のことを誰一人として見ていなかった。


 もはや誰が悪いという話ではない。

 そんなところを話している暇はない。


「総理、どうされますか」

「──無理……だな。到底庇い切れるものではない。国民も許しはしないだろう」

「ですが……日本をこの国を守ってこられたのは彼等あってのものです。これらも大半は腐敗ではなく異能力という超常に法律が合わなかったことによるもので!」

「元々、深見クノウ……テロリストに押されていたことで国民からの支持を大きく失っていた。庇うことは不可能だ。倫理の話ではなく、事実として」

「ですが! その深見クノウをどうやって抑えるのですか!?」

「新たな組織を再編するしかない。異能力者は代えが効かないが、それ以外の職員全てと上層部を切れば見かけは大きく変わったように見えるだろう」


 言ってしまえば看板だけすげ替えるような行為であり、国民も馬鹿ではないそんなものもすぐにバレるだろうが……少しの期間は持つ。


「再編までの時間はどうするのですか? 機関が機能を停止すれば深見クノウはもちろん他の異能犯罪者も抑え込めませんよ。警察や自衛隊には対応ノウハウがありません」

「再編までの時間は……稼ぐ。斎藤くん」


 総理が若手議員の名前を呼び、彼はびくりと体を揺らす。


「な、なんでしょうか」

「録音しているね」

「そ、それは……」

「いや、いいんだ。他のものも録音をして今からの言葉を保存するんだ。……まだ君たちは若く未来がある」

「……総理?」


 総理大臣は一度水を口に含み、それからゆっくりと顔をあげる。


「デマをばら撒き、世論を混乱させ、再編までの時間を稼ぐ」

「──は? 総理!?」

「新聞社テレビ局に圧力……いや脅迫をする。グレーを渡るのではなく、明確な犯罪として手段を問わず脅迫する。なんとしてでもデマを書かせろ」

「な、何を馬鹿なことを!? そんなことが許されるはずが!」

「責任は私が負う。この党は解体されることになるだろう。任期を終えれば私は処罰を受けることになるだろうが──。再編までの数週間の時間を稼げる。異能対策の空白期間は、この国が、国民達の生活が全て壊れてしまう」


 会議室が異常な空気に包まれる。

 過激すぎる言動に反発するもの、賛成するもの、理解出来ずに狼狽えるもの、これからの身の振り方を考えるもの。


「事が済めば録音を公開し、私の独断によるものだとリークするんだ。これからの日本をよろしく頼む」


 深く深く頭を下げたあと、具体的な組織の再編とデマを煮詰めていく。


「……あとは……深見の動きを止めることさえ出来れば」

「それが一番、難しいのですが」


 会議室に笑いは起きなかった。

 会議はそれで終わった。

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