こわいものずき
神田 るふ
こわいものずき
好きというものについて、一席、お話申し上げます。
標題のとおり、私が好きなものは、こわいもの。
世に様々な愛好の徒があれど、恐ろしい、怖いというものを好きになるということは、間違いなく特異な嗜好でありましょう。
なにゆえこわいものずきは奇特な存在であるか、そして、恐怖を愛することにどのような意義があるか。
少々、お付き合い願えれば幸いです。
もちろん、こわいと言っても、いろいろございますね。
ナイフを持った男に襲われる、という生命の危機という恐怖。
失敗や失態で自分の地位を失うかもしれない、という社会的な恐怖。
その他諸々ありますが、普通、「恐ろしい」「怖い」といえば、
もちろん、私もこの手の怖さの愛好家であることは言うまでもありません。
真夏の
これを好きと言わずして、なんと言いましょう。
奇特な愛好の徒であります。
それにしても。
恐怖を好むという嗜好は、まずもってイレギュラーなスタイルではないでしょうか。
何故か。
例えば、グルメが好きな方は美味しいお店に行き、美味しい料理を堪能します。
スポーツが好きな方はトレーニングに勤しみ、試合を通じて達成感を得ます。
旅行が好きな方は計画を立て現地を旅し、かけがえの無い思い出を作ります。
しかし。
恐怖はどうでしょう。
本来、恐れは人間にとってネガティブなもの、忌避すべきものです。人間に楽しさや幸福感を与えてくれるものではありません。
そもそも、好きという思考は極めて能動的であり、自発的なものです。
例えそれが人であっても、動物であっても、事物であっても、現象であっても、自分からアプローチをしかけるのが、好きというものであるはずです。
人から強制されるような好きは、好きではありません。
好きとは、自分の意志で選択するものなのです。
私が冒頭で「恐怖を愛する嗜好は特異なものである」と述べたことが、おわかりいただけたでしょうか。
怖いを愛するということは、人間にとって好まざるものを自らの手で選び取るという、極めて特殊な楽しみ方なのです。
では、恐怖を愛することに、どのような意義があるのでしょうか。
恐怖愛好家からは様々な一家言が飛び出してきそうですが、私はこう答えましょう。
心を豊かにしてくれるからだ、と。
恐怖と、そこから発生する幽霊、妖怪、怪物、怪異等々の《《こわいもの》》は、心の余白から生じるのだと、私は思っています。
心の余白を生み出すものは、心の余裕です。
一説によれば、ホラー映画や妖怪ブームなるものは、人間社会が落ち着き、平穏である時期に起きやすいとされてます。
実際、戦争や大災害、大事故が発生すると、ホラーを扱った作品は下火になるそうです。逆に、日本を例にとると、江戸時代や昭和初期、戦後の昭和から平成にかけての比較的社会が平穏だった時期に怪談や心霊、オカルトブームが流行する傾向があります。
逆説的ですが、恐怖は平和の指数でもあるのです。
平穏によってもたらされる心の余裕は、恐怖を受け入れる余裕を与えてくれます。
心の余白はフリーダムな領域であり、空想力や妄想力の土壌です。
学生時代、皆さんもノートの余白に落書きをしたり、とりとめもない雑文を書いていたこともあるでしょう。
心の余白も、同じです。
入り込んだ恐怖はフリーダムな心の余白によって、姿形や物語を与えられます。
人間は心の余白で恐怖を味わい、楽しむのです。
そして、心の余白は感性によって磨かれ、広がります。
かつて、小説家のH.P.ラブクラフトは
「人間の感情の中で、何よりも古く、何よりも強烈なのは恐怖である」
ひょっとしたら、恐怖は感性を動かす、最大の要素なのかもしれません。
そして、感性の鳴動によって心の余白は広がり、心の余裕すらも大きく、豊かにしてくれるのではないでしょうか。
価値観が多様化した現代。
金銭や地位が人間に幸福を与えてくれることは否定しません。
しかし、金銭や地位では得られない幸福を、心がもたらしてくれることも間違いありません。
恐怖は心を豊かにし、人生を豊かにしてくれる。
人間が恐怖を受け入れることができるのは、社会が平和であることと、心に余裕がある、つまり、心が健やかな状態であるからです。
願わくば、人間が自由に恐怖を楽しめるような日々が、一日でも長く続きますように。
こわい話に耳を傾ける時、こわい本を表紙を開くと時。
私はいつもそのことを想いながら、大好きな恐怖と戯れています。
こわいものずき 神田 るふ @nekonoturugi
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