今日も彼女は無邪気に笑う
牧瀬 冬弥
第1話
無を題材
『今日も彼女は無邪気に笑う』
男女比率 1:1 時間目安15~20分
登場人物
夜長 月:(よなが つき)35歳、作家、初出版作品が大ヒットしたがその後は書けども書けども鳴かず飛ばずでスランプ気味に
神無 葉月:(かみなし はづき)24歳、夜長の大大大ファン、夜長の作品に憧れ追いかけるけなげな女性、とにかく夜長の新作が読みたい。無邪気に笑う姿がどこか目を引く…
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・テーマ
「無~あなたはなにもないところからなにを生み出しますか?」
テーマが無いのではなく「無」
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とある古本屋
夜長 N:きっかけは些細な事だった、大学でできた彼女と幸せなひと時を過ごし、卒業間近、このまま就職をして結婚などと考えていたころ…彼女と破局した。
理由は彼女の浮気だった、沢山の困難を乗り越え、笑いあい、熱い夜と時間を共にした自分よりぽっと出の将来性がある社長息子を選んだのだ…
そんな時に女性とはなんと無邪気に、無垢に、無常なのだろうかと感じた、自分が酷く無様で…
このふつふつと湧き上がるものを吐き出したく、手の動くままに原稿を書き上げ、投稿したものが出版社の目に留まり出版された。
それが新人賞を取り一時期はもてはやされたのだが…
夜長:今では古本屋のこんな隅っこで、投げ売りの一冊100円…か…
※棚に並べられた自身の本に手を伸ばす
神無:あっ
夜長:えっ?
夜長N:不意に伸ばした手が別の人の手に触れる、こんな落ち目の作家の本を手に取るもの好きがいるだなんて、いったいどんな人なのだろうか?
神無:あっ、ごめんなさい。探していた作者さんの本で、見つけた瞬間に勢い任せで手を伸ばしてしまったので(焦)
夜長:いえ、こちらこそ申し訳なかった、私も目に付いたとたんに手を伸ばしたものだから…
神無:…
夜長:…どうぞ
神無:えっ?
夜長:探していたのだろう?私は持っている本なので
神無:あ、ありがとうございます、確認だけさせてもらえれば大丈夫なので、少し失礼しますね
夜長:確認?
※本を手に取り最初と最後のページを確認していく神無
神無:はい、この作者さんが書いた本でサインが入っているものを探していて…これにもないか…こっちは…ない…
夜長:この作者は初版と増刷(ぞうさつ)された時に書店でのべ10回ほどのサイン会があったな
神無:お詳しいんですね、もしかしてそのサイン会に参加を?
夜長:あ~まぁ…参加は…していたな
神無:っ!本当ですか!?先生の見た目は?しゃべり方は!?お若いのでしょうか!?写真も載っていないから男性か女性かも分からなくて!それからそれから…
夜長:まぁまぁ落ち着いて
神無:あっ…、すみません、初対面の方にこんな…、でも、本当に憧れの先生なんです、この作品を知ったのも去年で、その時の衝撃が凄くてハマってしまったんです…
夜長:あの作品でそこまで想って褒めてもらえるのは久しぶりでなんだか、その、照れるが、嬉しいな…
神無:え?どういう…?
夜長:いや、すまない、申し遅れたが、その本の作者の…夜長 月(よなが つき)…です
神無:え…?こ…?え…?(声にならない声)
夜長:すまない、聞いていて私が作者です!とはなかなか言い出しづらくて、あぁそうだ、一応本人ですってことで名刺を…あれ・どこにやったかな?しばらく使ってなかったからな
神無:……す
夜長:っと、あった、少しヨレてるがこれで本人と証明できるだろうか?
神無:ずっと…
夜長:ん?
神無:ずっと!憧れていました!初めて作品を拝見してから!何度も読み返しました!主人公とヒロインの愛憎劇にここまで憎悪(ぞうお)を搔き立てられて主人公が狂気に壊れていく姿が事細かくて!
夜長:わかった!分かったから!そこまで読み込んでくれるとは…ありがたい限りだよ…
神無:本当に私の中で何かが弾けたんです、そしてこの本を書いた方はいったいどんな人なのだろうって思い始めたんです、そしたらこんな偶然があるなんて…
夜長:事実は小説よりも奇なりとはよく言ったものだね、折角の縁だ、サインが欲しかったのだったね?
神無:いいんですか?あの良かったらこれに、いつも持ち歩いているんです
夜長:あぁいいとも
夜長N:渡された本はデビュー作だった、綺麗なブックカバーをかけているが、中は本当に言っていた通り何度も読み返したのであろう跡がいくつもついていた、こんなになるまで読んでくれる、こんなにも嬉しい事なのに最近の自分の作品ときたら…
神無:…先生?
夜長:っ!?すまない、そういえば名前は?なんて書けばいいかな?
神無:えっと、神無 葉月(かみなし はづき)です。神様の神に無色透明の無に旧暦の葉月です
夜長:神無月(かんなづき)と葉月(はづき)か、旧暦が二つも入っていて綺麗な名前だね
神無:そんなこと言われたの初めてです、名前なんてただの識別するための記号と同じだと思っていたので…
夜長:そうか、綺麗な名前なのにもったいないな、…よし、これでよかったかな?
神無:ありがとうございます!飾って家宝にします!
夜長:そこまで大事にされると照れるな、しかし今じゃこんなに落ち目な奴のサインなんかでよかったのか?
神無:そんな!先生は落ち目なんかじゃないですよ!…確かにデビュー作は群を抜いてましたけど今は次の大作のために力を溜めているところなんですよ
夜長:また大きく羽ばたくって?そんな事、できるもんかねぇ?
神無:先生ならきっと大丈夫ですよ!因みにデビュー作を作った時は何がきっかけだったとかあるんですか?
夜長:あぁ、あれは当時付き合っていた女性に手痛い目にあってね…
神無:それであの作品が生まれたんですか…へぇ…(小さく)それならまた…
夜長:ん?なんか言ったか?
神無:いえいえ、こっちの話です
夜長:そうか?、でも最近はちょっとやる気が萎えてきてたからな、まだこうやって応援してくれる声があるって知れたから、もう少し書いてみるかな
神無:次の作品も楽しみにしてるんで、絶対!書いてくださいね!
夜長:まぁ気長に書いていくさ
ー間
神無:今日は本当にありがとうございました
夜長:いやいや、俺こそ嬉しかったよ、ありがとう
神無:そう言ってもらえて良かったです、…あの、またお見掛けしたら声をかけても大丈夫ですか?
夜長:かまわないよ、ここまで自分の作品を大事にしてくれてるファンに出会えて活力になったからね
神無:それでは今日はこの辺で
夜長:あぁ、また…
夜長N:まさか書き物の世界にあるような出会いが自分におこるとは思わなかった。
無邪気に笑う彼女がとても印象に残り、また新作への意欲がわいてくる。
夜長:帰ったらさっそくプロット練るか
ー間
神無:せ~んせい♪
夜長:うわっ!びっくりした、君だったか
神無:君だなんてそっけないです、葉月って呼んでくださいよ
夜長:私みたいなおじさんが君のような若い女性を名前呼びというのもなぁ
神無:いいんですよ、私がその方が呼ばれ慣れてるんで
夜長:でわ…葉月…くん
神無:ん~?
夜長:葉月、これでいいかい?
神無:ばっちりですよ、先生
夜長N:また無邪気に笑う葉月が腕に抱き着いてくる、驚きはしたが、今どきの子はこういうものなのかと納得しておく
世間体的にパパ活などというものに見えそうで心配だが悪い気はしない、どうやらこの無邪気に笑いかけてくれる葉月に惹かれてしまっているようだ
神無:今日はお買い物ですか?
夜長:あぁ、最近騒がれている新人がいるらしく気になってな
神無:そんな人がいるんですねぇ、なんて方ですか?
夜長:作者名が無名(むめい)といってね
神無:無名…創る側なのに名前がなくていいだなんて面白いですね
夜長:そう感じるのか?
神無:はい、作品に自分という存在はいらない、ただ書ければいいって感じが潔くてすきです
夜長:そうか、まぁこの作者、人というものをよく見て理解しているらしくてな
神無:へぇ…
夜長:人の心理や行動をうまく言葉で表現して話を回していくらしくてな、そういう奴はきっと推理小説などを書いてもうまいだろうな、才能があるやつがうらやましいよ
神無:新人ライバル登場ってやつですか?嫉妬とかしちゃいます?
夜長:次のでかい賞を狙って今書いているからな、まぁ気がかりではあるよ
神無:切磋琢磨(せっさたくま)ですねぇ
ー間
神無N:その夜珍しく先生の方から連絡がきた、買って帰った無名さんの作品を呼んで、よほど興奮したのだろう。普段口数が多い方ではない先生が絶賛し話が止まらないのだ
夜長:そして最後の言い回しだ!ここまでの伏線をしっかりと回収しながらこのセリフで締めていく、なんて作家だ…
神無:先生、言いたいことは終わりましたか?
夜長:はっ、すまない、つい興奮してこんなに長々と、退屈だったろう
神無:いいえ、先生の方から連絡くれたのも嬉しいですし、ずっといろんな感情でしゃべってくれる先生、可愛かったですよ
夜長:か、かわいいとは、私をからかうんじゃない
神無:えへへ、それで?実際のところどうですか?次の賞で勝てそうですか?
夜長:厳しい…だろうな…私にデビュー作を作った時のようなことが起きないか、この無名のように時代のニーズをしっかり把握して書けなければ…
神無:そうですか…先生、一つ提案なんですけど
夜長:なんだい?
神無:私、最近仕事を変えまして、この作家さんの編集の方とちょっとだけ面識があるんですよねぇ
夜長:なんだって?
神無:先生がお望みでしたら、情報、お渡ししましょうか?
夜長:そっ、そんな事、許されるはずがないだろう!
神無:言わなければバレやしませんよ、私は先生により良い作品を書いてもらいたい一心で提案しているんです
夜長:だからと言って、そんな盗作まがいなこと…
神無:また、脚光を浴びたいとは思わないんですか?
夜長:そ…れは…だがやはり
神無:このままじゃまた、埋もれてしまうんじゃないかって、思ってしまったんですよね
夜長:…
神無:そんな衝撃と衝動が抑えられなくて、連絡してきたんですよね
夜長:私は…ただ…
神無:書いても書いても終わらない孤独感、挫折感、虚無感、無力感、そしてぬぐえない不安感…物書きは一人で、寂しい仕事ですね
夜長:あ、あぁ
神無:私が、救いますよ…
夜長N:そのまま私は彼女の提案を受け入れてしまった、ダメな事だとわかっているのに、彼女の言葉に、逆らえなかった
ー間
神無:先生、いい作品が書けましたね
夜長:あぁ、葉月、君のおかげだ、ここまで出来るとは、君と出会ってから新しい世界が開いたよ
神無:そう言ってもらえて嬉しいです、先生のお役に立てるだなんて夢みたいです
夜長:どうせなら葉月に専属の編集者をやってもらいたいぐらいだよ
神無:あはは、嬉しいですけど自分の仕事もあるんで流石に難しいですねぇ
夜長:そういえば編集の人と知り合いとは、いったいどんな仕事をしているんだ?
神無:あぁ、まだ言ってなかったですね、新進気鋭でデビューしました無名って名前で活動させてもらってます
夜長:…え?
神無:先生に憧れて近づきたくて始めたら先生に沢山褒めてもらって感無量です
夜長:知っていて、だましたのか…?
神無:騙しただなんて人聞きが悪い、私は私のすきな先生の作品が読みたい、ただそれだけですよ
夜長:あ…あぁ(苦しい)
神無:さぁ先生、今の気持ちでもう一作書いてみましょう、きっと今回よりさらに素晴らしい作品になりますよ
夜長N:そう言い放つ彼女…葉月の顔はまた今日も、無邪気に笑っていた…
終わり
今日も彼女は無邪気に笑う 牧瀬 冬弥 @makisetouya
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