第3話 真北悠真
チャイムが鳴り、今日の授業が終わった。
各人部活に行ったり友達と遊んだり、思い思いの時間を過ごしている。
俺はというと、部活に入っていないから時間はたっぷりある。
ゆっくり帰ろうと思ってノートをカバンに詰めていると――。
「武司ー!」
明るい声とともに、俺の肩にどん、と誰かが体をぶつけてきた。
反射的に顔を上げると、目の前には友人の真北悠真がいた。
あまり友人が多くない俺にとっては唯一の中学からの友人で、今では親友と呼べるほどになっている。
「よぉ。今日ひま? ゲーセン寄って帰ろうぜ」
「……おまえ、ぶつかってきたと思ったら開口一番それかよ」
「放課後にやることなんてそんなもんだろ? 青春は無駄にするもんじゃないんだぞ」
「いや、ゲーセンが青春かよ」
ため息をついたその時。
「ねえ武司、聞いた? 購買、今日だけドーナツ入荷してたんだよ!」
横から唐突に声を差し込んできたのは朱里だった。
「……知らねえよ」
「限定なんだって! すぐ売り切れちゃったけど」
「じゃあ俺に言う必要ないだろ……」
俺が呆れかけたところで、悠真がきょとんと朱里を見る。
「ん? 武司、こいつ誰?」
「"こいつ"じゃなくて、紗倉朱里。幼馴染だよ」
「あ、これが噂の紗倉さんね。はじめまして!」
「"これ"じゃないだろ……」
悠真はにかっと笑って手を差し出す。
朱里は一瞬ぽかんとしたけれど、すぐににっこり笑い返した。
「紗倉朱里です。よろしく、真北くん」
「お、名前まで覚えてくれてんの? 」
「だってほら、真北悠真。野球部でしょ? 最近レギュラー入りした」
「……おい、なんでそんなこと知ってんだ」
悠真が目を丸くすると、朱里は涼しい顔で肩をすくめる。
「情報屋だから」
「情報屋?」
「そう。しらないの?学園の情報は紗倉朱里にお任せ!ってね」
俺は仕方なく説明を補足する。
「朱里は誰が誰を好きとか、どこで何してるとか、詳しいんだよ。で、欲しいやつに教えてやって、その代わりに菓子とかノートとか受け取ってんの」
「マジか。なんか怪しい商売してんな」
「怪しくないもん!」
朱里は頬を膨らませる。
「需要があるから供給してるだけだよ。みんな喜んでるし」
「ふーん、じゃあ武司もなんかあげて情報もらったりしてんの?」
俺が答えようとすると、割り込むように朱里が答えた。
「いや、武司は特別だよ!幼馴染だからね〜」
「へ〜」
何故かにやにやしていた悠真はふと顎に手を当てて、真剣な顔をしたあと――
「じゃあ俺も特典でタダにしてよ!」
「は?」
俺と朱里が同時に声を上げる。
「だってさ、武司が幼馴染特典で無料なら、俺も"武司の親友特典"でいけるだろ? 公平に!」
「なにその理屈」
俺が言うと、朱里はくすっと笑って、
「却下」
「えー! なんでだよ!」
「親友は親友でしょ。でも幼馴染は幼馴染。年季が違うの!」
「年季て……。俺だって武司と長い付き合いだぞ!」
「だめ〜。真北くんはちゃんと"対価"払ってね」
悠真はわざとらしく肩を落とす。
「今まで情報屋のこと知らずに困ってなかったんだろ?だったらいいんじゃないか」
「シビアだなあ……。なあ武司、なんとかならん?」
「ならん。巻き込むな」
「冷てぇ!」
そのあと、結局ゲーセンに行くのはやめて、三人で校門まで帰ることになった。
「でさ紗倉さん、情報屋って言うけど、ほんとに需要あるの?」
「あるある。さっきもね、ノートと交換で情報渡したんだ」
「へぇ、すごいな。なんかゲームのアイテム交換みたい」
「でしょ? だから私の情報は“通貨”みたいなものなんだよ」
「ほーん……。じゃあさ、次の中間テストの範囲とか、そういうのも教えてくれんの?」
「さすがにそれは先生に聞きなよ!」
朱里のツッコミに、悠真が腹を抱えて笑う。
その隣で俺は、初対面のはずなのにこんなにも打ち解けている2人に驚きながらも、どこか悪くないと思っている自分に気づいていた。
朱里が楽しそうに笑い、悠真が大げさに嘆いて、俺がその間でツッコミを入れる。
(なんか、青春って感じだな)
終わらない会話を楽しみながら、俺はそんなことを考えていた。
⋯⋯ふと思ったのだが、朱里は何であのタイミングで俺に話しかけてきたんだろう?
---
次回、もう1人新キャラ登場です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます