第二章「その角、直進につき」

第33話

 翌日、七種の腕の中で目覚めたリジェは、そそくさと自分の部屋へと戻って支度を始めた。

 今日は予定していた協力者と合流する日。

 昨日リジェが調査していた事件現場を覆う結界を張っていた本人だ。

「……起きて、七種。おいてくよ」

「ん……んぅ……? あれ、リジェちゃん……いつの間に用意したの」

「七種が寝てる間。早くしないとおいてくから」

「わ、わっ! 待って今すぐ準備するから! わぁあっ!?」

「はぁ……師匠、ほんとにこんなのに負けたの?」

 派手にベッドから転げ落ちた七種を眺めて、リジェの肺からこれでもかとため息が絞り出された。

 結局準備が終わるまで待ってくれたリジェとともに、七種はホテルを後にした。


「うぅ、朝ごはん食べ損ねた……」

「……これしかない」ぽいっ

 リジェの小さなカバンから取り出されたのは、ブルーベリー味のシリアルバー。

 リジェが普段常食しているものだ。


 パウチに入ったゼリー飲料で食事を済ませているリジェの、この無駄に種類豊富な栄養補助食品こそが主食。

 貰った手前とやかく文句は言えないものの、七種の口はしばらくの間塞がることはなかった。

「そ、そう言えば今日会う協力者の人ってどんな人?」

「……ばか」

「えっなんで急になじられたの……」

「七種もだけど、違う。その人がばかなの」

「あっ私も」

 今回、仲介人たるイリアと霧の妖狐の両陣営が合同調査を行うに当たり、現地に滞在している魔女の協力を仰ぐ運びとなっているが。

 そんな魔女に対するリジェの評価は無情なる「ばか」の一点張り。


 ただでさえディリアンと言う厄介な魔女に調査の妨害をされている今、その協力者だけが現状頼れる唯一の希望。

 朝食が不十分だったこともあり、七種の気分はさらに下降した。


 しばらく海沿い近くの歩道を歩いていると、突然リジェが足を止めた。

「ここがその協力者さんとの待ち合わせ場所?」

「うん。お気に入りのバーガーショップらしい」

 リジェに連れられた七種が訪れたのは、小さなバーガーショップがある広場。

 海を見渡せる広場に、等間隔に並べられた白いテーブル。

 移動販売車よりファストフードを提供している様子は、海外にも似た非日常的空間を味わわせてくれる。


 子連れの家族層に紛れ、一人で顔よりも大きなバーガーに、顔ごとかぶりついている少女の姿が見えた。

 明るい金髪にライトグリーンのメッシュが入り交じるミディアムヘア、純粋無垢な子供のように碧眼を輝かせている。

 もはや聞くまでもない。

 彼女こそが協力者だと、面識のない七種ですらすぐに分かった。

「お待たせ、エリィ」

「むぐっ! もごもご、やっほーリジェ! 待ってたよー!」

「……まず顔拭いたら?」

 リジェから手渡された紙ナプキンで顔中を拭き取り、ようやく本来の素顔を覗かせた少女の名は、

「あらためて、あたしはエレニス・シルナグナ! エリィでいいよ! こっちはあたしのパートナーの」

『ダンタリオンだ、よろしく頼むよ』

「あ、名取 七種です。よろしくお願いしますね。それとこっちが」

『ストラスだよ! よろしくー』

 七種とストラスに挨拶を交わしたダンタリオン。

 そしてダンタリオンの眠る魔導書を手に、八重歯を覗かせて溌剌とした笑顔を浮かべる少女はエリィ。


 体格は七種よりも少しばかり大きく映る。

 リジェと比較すれば、親子と見間違えられても仕方がない体格差だ。


 サスペンダーより吊るされたショートパンツ。

 その裾から伸びる健康的な太ももは眩く、それを辿った先にはグレージュカラーのショートブーツが見える。

 豊満な胸元により一際強調されたくびれたウエストを、これでもかと見せつける丈の短いシャツは、彼女の快活とした印象をより一層引き立たせた。

「でへへ、おまたせ! てゆーかふたりも食べる?」

「あっせっかくだから」

「そんなことより、仕事の話」

「あぅ……」

「そーだった、そーいや昨日結界がこわされたってダンタリオンが言ってたっけ……リジェがやったの?」

「私じゃない」

「あ、ごめんなさい……それ、私がやりました」

「ふーむ……? キミが? あははっ、ジョーダンだよね、だってあの結界、ふつーの魔女が五人集まってもこわすのに一時間じゃ足りないよ?」

「……そんなことより」

「分かったよー、ごめんごめん。ちょーさ、だよね!」

 またもやまともな朝食を食べ損ねた七種を連れてエリィが訪れたのは、昨日ディリアンとの小競り合いで調査がままならなかった公園の一角だ。


 七種の爆撃のような広範囲攻撃を受けてなお、公園の地面が少し荒れる程度で済んでいるのは、エリィの(厳密にはダンタリオンの張った)結界のおかげだ。

『……確かに壊されている。いや、壊すどころか貫通している。にわかには信じがたいが』

「まっさかぁ。連絡にあった魔女とリジェがバトってたからでしょー」

「……七種は、多分」

「とーにかく! いまは三人いるし、ちゃちゃっとやっちゃお!」

「あ、あの今回の調査って確か変死体、を調べるんですよね? どこにも見当たらないんですけど」

「昨日私が戦った時に吹っ飛んだから」

「もー、めーわくだなぁ。だれだよリジェの邪魔したのー!」

「​──ジブンだったりして」

 まったく気配を感じさせず、七種とリジェの肩に腕を回し現れた黒い影。

 あれだけ致命傷を受けておきながら、未だ死と言う概念よりもっとも遠い場所に位置する魔女。

 ディリアン・スーは、露骨に驚き仰け反る二人を見てケラケラと笑っている。


 それは自身の再生能力と戦闘能力に対する圧倒的な自信、そして二人を明確に格下と見下している余裕の表れだ。

「あんれ、今日はお仲間さんもう一人連れてるじゃん。どなた?」

「あたしのこと? あたしはエレニ」

「どーでもいいけどさ、またなにしに来たん? あの肉団子なら昨日どっかの誰かさんたちが暴れたせいでどっか行ったけど?」

「関係ない、それでも私たちは調査をしなくちゃならない」

「ふぅーん……? んでオタク、すっごく震えてるけど? 大丈夫そ?」

「っ……そんなことない。私はっ」

「エ・レ・ニ・ス!」

「はぁ?」

 心の隙を見透かすかのように、恐怖を押し殺すリジェの瞳を覗き込んだディリアンだがしかし。

 それを強く押し退けたエリィの渾身の自己紹介が炸裂する。

 恐怖など欠片もない。

 自信と意思に満ちた瞳を携えて。

「エレニス・シルナグナ! 人になまえ聞いておいて、どーでもいいとか言うな!」

「せ、正論……」

「エリィ……」

「あっつ苦しいなぁ……うっざいわ。いいや、ちょうどムシャクシャしてたし、今度はオマエが相手してよ」

「オマエじゃない! イヤでも覚えさせてやる! エレニス・シルナグナの名のもとに命じる! 拓いちゃえ、魔導書っ!」

「昨日の誰かさんよりは楽しませてよね。ディリアン・スーの名の元に命じよっか。拓きなよ、魔導書」

 近くの二人を押し退ける魔力の奔流、迸る電流が周囲に広がる。

 双頭の竜が、無数の表情を浮かべた仮面がせめぎ合い、周囲を囲む木々がなぎ倒されんばかりに揺れた。


 両手のひらに掲げられたエリィの魔導書より姿を現したのは、無数の仮面が身を寄せ合ったかのような姿をした悪魔。

 仮面と仮面を繋ぎ合わせているのは、黒い煙のようななにか。

 その名はダンタリオン、上級悪魔の一体である。

「ま、まずそう……! 閲覧、開門オープン──星幽の門アストラルゲート!」

「七種、私……」

「ここは危ないよリジェちゃん、安全なとこに引こう!」

 意思に反して身体が震える。

 その場を退こうにも言うことを聞かない身体を、七種に連れられて離れるリジェ。


 その場は瞬く間に別世界へと移り変わる。

 星幽の門、それは魔女や悪魔だけが入ることを許された反転世界への入口。

 一般人や周囲へ一切の影響を与えることなく、魔女が存分に力を振るえる場所だ。


 そんなよそ者の介在する余地のないフィールドにて、二人の獣が牙を剥く。

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