第29話

「ジブンはディリアン、最近この辺りを根城にしてんだけどぉ。なんか用?」

「ディリアン……? どこかで」

 黒のワイドパンツの裾を揺らして、だらけ切った体制でリジェを見下ろす魔女。

 へそと肩周りを露出させた独特のトップスに、ワイドパンツと柄を合わせたジャケットに袖を通しただけの出で立ち。

 お世辞にも育ちがいいようには見えない。


 その姿に見覚えはなかったが、その名だけは聞いた記憶がある。

 不死身の自殺志願者、そんな異名で呼ばれていた魔女がいた。

 名は​ディリアン・スー、不死の魔女だ。

「こっちが名乗ったんだからさぁ、そっちも名乗ったら?」

「リージェ・クルムナヴァ、拒絶の魔女」

「拒絶、リージェ……あーぁ、あの霧んとこの。それでぇ? 霧んとこの魔女さんがこんなとこになんの用?」

「調査任務、それ以上言うことはない」

「ふぅん、愛想ないの。さっきも言ったけど、ココはジブンが根城にしてんだよね。だから挨拶もなくウロチョロされると目障りなんだけどぉ」

「ひと声かけたら自由に調査していいの?」

「まっさかぁ、遊び相手になれってこーと♡」

 ……アウターの魔女が目についた相手になんの理由もなく喧嘩を売るなど、もはやわざわざ取り沙汰するほどのことでもない。

 誰もがなにかしら飢えを抱えている。

 心にくすぶるイラつきを、ぶつけようのない鬱憤を。

 都合よく目の前に転がってきたサンドバックを、見て見ぬふりができる者などいようはずがない。


「そんじゃ始めますか。ディリアン・スーの名の元に命じよっか。拓きなよ、魔導書」

 ディリアンがその毛先の遊んだ黒髪を溶かす手つきに合わせて、その手に一冊の魔導書が現れた。

 赤と黒の交わる禍々しい表紙。

 それを封じる透明度の高い鎖が、ディリアンの呼びかけに応じて解き放たれる。

 

 ディリアンの魔導書よりぬるりと這い出てきたのは、二対の頭を持つトカゲのようななにか。

 細かく振動する、体格にしては小さな鱗が背筋を冷やす音を奏でる。

 そのトカゲの名はウァラク、上級悪魔の一体だ。

『エサ、エサぁ……コイツ、かぁ? マズそうだな』

「まぁじ? それってつまり珍味ってことじゃん?」

「くだらない、すぐに終わらせる。……リージェ・クルムナヴァの名の元に命じる。拓け、魔導書」

 撃鉄を起こす動作で構えられた魔導書が、独りでにその鎖を引きちぎりページを開いていく。

 溢れ出したのはふわふわとした綿毛たち。

 そしてそれを吹き飛ばすかのように首をもたげた猛牛の体躯。

 そんな強靭な肉体と、重みを感じさせない羊毛の折り重なった一体の人形、のようななにかだった。


 右肩辺りより闘争心に満ちた唸り声を漏らす牛頭オックスが、その反対側には微笑みをこぼす羊頭アフツァが並ぶ。

 個の名はバラム、二体の獣の混在する三つ首の上級悪魔である。

『どこにいても避けられないものね、戦いは……』

『舐められたモンだな、我々に喧嘩を売るとは』

「任務は調査、無駄なことに時間は使えない。召喚サモン​──エグゼクリード」

 手のひらに細かな岩の破片が渦巻き、形作られたそれは二丁の銃。

 リジェの小さな手に携えられた銃のフレームは、黒と銀の織り成す冷たい様相をしている。


 銃の名はエグゼクリード。

 遂行するものと言う意味を込めて名付けられたリジェの魔装である。

「うーわ物騒、んじゃジブンも。召喚​──バルトアンデルス」

『ンンン​──ガパぁ……ぁあっ』

 ウァラクの喉より引き抜かれるようにして現れたのは、異様なまでに刃の湾曲した片手斧。

 薄汚れた包帯がグリップに巻きついただけの、殺意をむき出しにした刃の側面には、袋の中で絡まり合うトカゲの紋様が描かれている。


 斧の名はバルトアンデルス。

 形なきものの意味を持つその刃には、ディリアンの内包する狂気をこれでもかと投影していた。

「霧の連中とやれる機会なんて稀だし……あぁーゾクゾクするわぁ」

「愉悦なんていらない、ここで絶つ」

 アウター同士の勝負に開始を告げるゴングなどない。

 あるのはただ一つ、KOを告げる鐘の音のみ。


 エグゼクリードより放たれたのは、先端を尖らせた鋭利な岩の破片。

 リジェの持つ土属性の魔力を弾丸として装填しているためだ。


 たかが岩、されど岩。

 全属性中最高硬度を誇る土属性の魔力によって形作られた岩の弾丸を、亜音速によってうち放つ殺傷力など語るべくもなし。


 合計三発放たれたその弾丸をしかし。

 ディリアンは重心の読めない体捌きで躱しては、バルトアンデルスの刃で打ち砕く。

 本来であれば最初の一発で終わっていた。

 それをさも当然かのように生き残った彼女に、リジェもまた顔色一つ変えることはない。

「殺す気じゃん、いいねぇ。お願いだからジブンを殺し切ってよぉ?」

「ご希望通り。牟羊の散撃オクツァードショット

「おっと、それは避けきれないな。双蜴尾尖脚ドレイクブリッツァー!」

 エグゼクリードより次の矢として放たれたのは、初撃と同じ岩の弾丸。

 しかし先ほどと違うのはその数。

 岩の弾丸が撃鉄に叩かれると同時に、無数の礫となってディリアンの視界を埋め尽くしたのだ。

 その名の通り散弾、先ほどよりも小さな岩の破片が逃げ場を奪う。

 

 依然として問題はない、とあくまでディリアンの余裕に満ちた表情が崩れることはなかった。

 それもそのはず。

 逃げ場などあろうはずもない散弾を目の前に、ディリアンは両手のひらを地につけてその場で回転。

 足にまとった高密度の魔力で散弾を弾き飛ばしてみせた。


 逃げ場の有無は関係ない。

 それがディリアンと言う魔女だ。

「次は? ねぇ次はなに? もっとあるでしょ、霧んとこの魔女ならさぁ」

「……気に入らない」

「んーん? なんて?」

「その呼び方、気に入らない。私は拒絶の魔女、リージェ・クルムナヴァだ」

「はっ、それで? リージェちゃんはジブンにどんな死に方をプレゼントしてくれるのかーな?」

「少なくとも、絵に書いたような死に方は約束できない。すぅ​──契約締結コントラクト

『あらあら、本気になっちゃって……』

『……血が騒ぐ』

 ディリアンの飄々とした態度が虎の尾を踏んだ。

 否、羊と牛の臀を蹴り上げたのだ。

 

 リジェを中心として渦巻く砂嵐。

 地面が砕け断層が剥き出しとなり、リジェの身体は地中へと飲み込まれた。


 フリルの折り重なった衣装、身体のラインを浮き上がらせるタキシードは、白と青の共演。

 舞台に相応しい衣装へと変貌を遂げたと同時に、リジェは地表を突き破りその姿を顕にした。


 首から下より一部の隙もなく肌を覆うその衣装。

 そんなリジェの周囲に、二つの仮面が浮かび上がった。

 宙を舞う羊の仮面は微笑み、牛の仮面は怒りの形相を浮かべている。

「はぁ……人の仮面ヴェークフェイス

「へぇー? それがオマエの締結状態コンクルージョン? じゃあちょっと味見いっとく?」

 地を蹴り這い寄るように距離を詰めたディリアンが、その手に携えた戦斧バルトアンデルスを振り下ろす。

 特段速さは目立たない。

 しかしその不規則な動きが重心を読ませず、タイミングを掴ませず、結果意識の隙間を縫うように距離を潰される。


 生身ありながら締結状態となったリジェの懐に入り込んだディリアン。

 その無防備な首筋にバルトアンデルスを突き立て​──

「​──っかは……!?」

「だから言った。私はリージェ・クルムナヴァ、拒絶の魔女だと」

「どう、なって……」

 エグゼクリードの射線を掻い潜り懐へ入り込んだはずのディリアンは、気づけば背後の木に激突させられていた。

 リジェが迎撃した様子はない。

 それどころか身動き一つとっていない。

「これが私の能力、あらゆる物体を反射する。誰も私を傷つけられない」

「っはぁー? チートじゃん!」

『落ち着け、ディリアン……感知能力を研ぎ澄ませよ』

「……あーぁ、なーる。相手が悪かったねぇ」

「あなたは私に対抗するすべを持たない。諦めるのなら追いはしない。どうする?」

「いーやいや、こっからでしょ」

 ただ一度、たった一度攻撃を防がれただけで、ディリアンはリジェの能力の穴に気づいていた。

 最強の盾と名高いリジェの能力の穴に。


 木にぶつかり崩れていたディリアンは、膝の力だけで不自然な体制から起き上がると、服についた埃を払って何事もなかったかのように首の間接を鳴らした。

「さーて、遊ばせてよね。双蜴乱舞ドレイクダンス!」

 無策にも見える猪突猛進っぷり。

 ディリアンは再び戦斧バルトアンデルスを手に、リジェへと無謀な特攻を始めた。


 無論リジェもまた避けられると分かっている相手に向けてわざわざ弾丸を放つなど、無駄に魔力を浪費する手段をとることはない。

 敵が無謀に突っ込んできてくれるならなおさらだ。


 リジェが自身の持つ能力を発動しているだけで、ディリアンは勝手にダメージを受けてくれる。

 現にディリアンの振り下ろすバルトアンデルスの刃は、ただの一度たりともリジェに掠りもしない。

 近づいた瞬間、見えない壁のような何かに突き飛ばされている。


 しかしディリアンも簡単には折れない。

 弾き飛ばされると同時にすぐさま体制を整え、明らかに不十分な体制からでも着実にリージェの視覚を狙う。

「何度やっても無駄」

「無駄? おかしいねぇ、無駄ならなんで​──そんなに息上がってんの?」

「っ……それは」

「誤魔化さなくていいよ、オマエの能力が長期戦には不向きだーなんて、最初に食らった時に気づいてたしぃ」

 リジェの持つ能力、反射。

 それは物理攻撃に限らず、魔力を用いた攻撃を含め、リジェの認識したありとあらゆるものを弾き返す力を持っている。

 しかし認識したものを無条件に弾き返すには、それ相応の魔力が必要。


 早い話が、リジェの能力は燃費が悪いのだ。

 最強の盾と名高いリジェの能力は連続使用には向いておらず、インターバルこそないものの、発動できる回数には制限がある。

 先ほどからすでに幾度となくディリアンの無謀に見えた特攻を防ぎ続けいたリジェは、早くも魔力の残りに余裕がなくなっていた。

「言ったっしょ? 相手にならないって」

「くっ、舐めるな……! 牟羊の​乱撃オクツァスパイル!」

「おーちょいちょい、弾幕張るのやめな? ふつーに死ねるから」

「殺すつもりだから問題ない。そのまま死んで」

「殺意たか! マジじゃん! ぅあっぶなっ」

 リジェの手に携えられたエグゼクリード。

 その二丁拳銃でもって絶え間なく放たれる無数の岩の破片が、ディリアンの逃げる先へと吸い込まれていく。

 先ほどのショットガンのような単調な軌道ではない。

 二つの銃口が常に狙いを定め、リロードの隙さえ潰す連続射撃。


 ディリアンは避けるだけで精一杯、とても先ほどのような無謀な特攻などに転じる余裕はない。

 だから避けることをやめた。

 避けると言う、を。

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