第10話

 後日よりインナーとアウターによる負の蕾トゥーバッドの調査が本格的に始まる運びとなった。

 王権より調査が依頼され、その報告書を提出する期日は今日。


 昨夜ようやくエリスの力を借りて調査が進展すると思いきや、それと同時に提出期限を迎えると言う皮肉にイリアは頭を抱える。

 また、それを聞いてレレンが腹を抱えて笑っていたのは言うまでもない。

「ほんっとにどうしようコレ……どう考えても間に合わないでしょ」

「あの、王権の方に期日を伸ばしてもらうように頼めばいいんじゃないですか?」

「間に合わないから期日を伸ばせなんて言ったら沽券に関わるわ。この仕事は信頼がすべてよ、受けた以上は必ず依頼を遂行する」

「でも、エリちゃんの力を借りれたのは昨日だし、流石にもう……」

「──ばっかだぁ〜ブローカー、王権からの依頼はなんて?」

「エリス……! 貴女、どこから」

「どこからもなにも、ふつーに正面入口からだけど?」

「あの、ちゃんとノックしてましたよ、エリちゃん」

 期日に追われ頭を抱える様はさながら漫画家。

 などと腹を抱えるエリスに、今の今まで気づけなかったイリアは再び頭を抱えた。


 依頼に追われ周りが見えなくなるのはいつものこと。

 今回ばかりは内容が内容のために、声にならない唸り声を上げているわけだが。

「それでブローカー、王権の依頼内容はなんなのさぁ〜」

「あのね、仮にもこれはビジネスよ? 依頼には守秘義務が」

「これがビジネスってんなら、うちはあんたのビジネスパートナーってことになる。業務提携してる相手にまで情報秘匿してどうする。先見には言ったみたいだし、今更立場に拘ってたりしないよね?」

「何故私がレレンにだけ依頼内容を話したと?」

「あんれぇ? それでうち頼ってきたんじゃないの? 秘密を暴く、それがうちの相棒の能力の一つだよ」

『──キキッ、俺の前で隠し事はできねェ。俺ァグシオンだからな』

「グシオン……秘密を暴く悪魔」

「まー心配しなくてもさ、別に情報盗んで悪用するってわけじゃないよ。あんたの頭痛を治してやるから情報よこせって取引じゃんか」

「エリちゃん……塔條さん」

「……王権からは、負の蕾トゥーバッドについて私とは異なるパイプを持つ貴女に情報収集を頼みたい、と」

「ふぅ〜ん……? それってさ、真相を解き明かせなんて言われてないんじゃん?」

「え……あ──」

「あんた一人で背負い込みすぎなんでない? 要するに現時点で判明してる情報まとめて、そっから分かったことを少しでも教えてくれってことじゃん」

「わ、私としたことが……」

「それじゃようやく周りが見えたとこで、うちから頭痛薬のプレゼント。コレ、昨日連絡取れた仲間のアウターから集めた情報だよ。とりまこれ編纂して王権に提出すればクエストクリアでない?」

「昨日って、あんな時間から……!?」

「アウターって夜型多いからねぇ。ま、期日の時間がいつか知らないけど急ぎなよ」

「エリちゃん、ありがとね」

「べっつにぃ〜。業務提携してる以上、協力を惜しむなんてセコい真似はしないよ」

「業務提携、ね……報酬を貰わずに提携なんて、とんだ慈善団体だわ」

「そっちもね、ブローカー。あぁ〜お腹空いた。ななちゃ〜ん、なんか食べに行こ」

「え、でも……」

「いいわよ、行ってきなさい。どうせ私はしばらく編纂につきっきりだし、少なくとも今は何もやることはないわ」

「分かりました、じゃあ行ってきますね」

「ええ、気をつけてね」


 ──秘密を暴く悪魔と言われているグシオンの能力は、視認した対象が隠し事をしていたり嘘をついている場合、それに反応し認識できると言うもの。

「ねぇななちゃ〜ん……なんか隠してない?」

「へ──別に隠し事なんて」

 

 だから先ほどイリアにカマをかける時、エリスは「何故先見のみに情報を開示したのか?」と問うたのだ。


 もし実際に情報を開示した相手を把握しているのなら、そこに同席していた七種も含まれていなければならない。

 イリアが依頼内容を開示したのは、レレンと七種の二人だからだ。

「さっき見たよね、うちの前じゃ隠し事できないって。うちの相棒はグシオン、秘密を暴く悪魔だよ」

 にも関わらずエリスが嘘の内容まで事細かに把握できるのは、裏の世界で長く生きてきたが故。

 巧みな人心掌握術を身につけているからに他ならない。

 やがて七種はイタズラを暴かれた子供のように苦笑して、

「……敵わないな、エリちゃんには」

「だぁ〜ってななちゃん分っかりやすいんだもーん」

「実は、塔條さんに──」


 それは昨夜、エリスがアトリエ〈いりあ〉を出たあとのこと。

「ねえ七種」

「はい、なんですか?」

「貴女──魔女になってみない?」

「────……ふぇ?」

 唐突に、想像だにもしていなかった話をもちかけられた七種の脳裏には、いくつもの疑問が浮かび思考を塗りつぶしていた。


 鳩が豆鉄砲を、などと言う表現がもっとも適しているかのような驚きようで硬直している七種へ、畳み掛けるようにイリアの言葉が連なる。

「魔女になるためには悪魔と契約する必要があると言うのは前にも説明したわよね。それに」

「あ、あのっ」

「なに?」

「魔女って……なれるんですか? その、一般人が。それも、女子高生が」

「そう言えばそこも知らないのよね、当然と言えば当然だけど。レレンやエリスも、元はと言えばただの人間よ」

「人間、だったんですか……」

「人を化け物みたいに言うんじゃないの。……ま、否定はしないけど」

「……魔女になると、どうなるんですか?」

「身近な変化としては寿命が極端に伸びるわ。契約した悪魔と寿命を共有するから。そして伸びた寿命に合わせて、老化スピードも引き伸ばされる」

「歳を取らないってことですか?」

「まあそんなところね。勿論完全な不老になるわけじゃなく、あくまで寿命が伸びるだけだから普通に怪我もするし死にもするけどね」

「寿命……」

「そしてもう一つ……貴女にとってはこっちの方が分かりやすいかもしれないわね。魔女になれば魔法が使えるようになるわ」

「ま、魔法ですか……!」

「露骨に目の色が変わったわね……魔法、まあ厳密には魔術だけど。種類に関してはあまりにも多いから省くわ」

「でも、どうしてそれを私に勧めるんですか?」

「いろいろあるけれど、主な理由としては貴女には素質があるから」

「私に、素質?」

「ええ、今ならレレンの言っていた良い未来の匂いって意味が分かる気がするの。貴女からは──崩れる音が聞こえないもの」

「崩れる、音……?」

「気にしないで、まあ今すぐ魔女になれって言っているわけじゃないわ。ただ貴女には魔女になる素質があるから、もしなりたいと言うなら応援するってだけよ」

「……よく考えてみます」

 昨夜の記憶はここで締めくくり。

 規則正しい生活を送る七種が久々に夜更かししてしまうほど、それは七種の心に深く強く響いていた。


「──へぇ、そんなこと……」

 エリスは思わず苦笑を洩らした。

 七種に対するイリアの提案にではない、七種の騙されやすさにだ。

 先見の魔女レレンは最低限の情報を元に、過去から未来までを見通すと言われているが、飢餓を冠するエリスは違う。


 未来も見えなければ、その対象の過去を覗くこともできない。

 悪魔の等級や痕跡が見えるわけでもない。

 ただ欺瞞の有無を見通し、自身の技術でもってそれを暴く。

 それが飢餓の魔女エリスの持つ能力の一つだ。


 だからこそエリスが秘密を暴くためには、エリス自身の技術が必要不可欠となるわけだが。

 七種に対してはそんな仰々しいものを用いずとも、容易く情報を引き出すことができてしまう。


 普段一筋縄ではいかないような連中ばかりを相手にしているエリスにとって、それは赤子の手をひねるどころの話ではなかった。

「ねぇエリちゃん、私って魔女になれるのかな……もしなれるなら、塔條さんや蛇喰さんにお礼できるかな」

「ななちゃん……ほんっとにお人好しってかなんてゆーか」

「だって、ずっと困ってた私を助けてくれた人だもん。まだ雑用くらいしか恩返しできてないし、もっとちゃんと役に立ちたいんだ」

「────……ねぇななちゃん、明後日だけどちょっと付き合わない?」

「ふぇ? どこかお出かけ?」

「うん、ちょーど何日か前に依頼があってね。ちょっと職業体験ってか、ぶっちゃけななちゃん魔女がどんなことしてるか全然知らないでしょ」

「う、うん。普段雑用しかしてないし、蛇喰さんが悪魔を退治してくれたとこくらいしか見たことないかも……」

「でしょー、だからうちが見せてあげるよ。それから決めればいいんじゃないかな、魔女になるかどうかとか」

「……うん、行くよ。私もっと魔女のこと知りたい」

「決まりだね、必要なものはあとでメッセしとくから」

「分かった!」

「それじゃ今はとりまご飯食べに行こ。もうお腹がぐ〜ってうるさーい」

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