第一章「仲介人」
第2話
魔女、その存在が囁かれ始めたのは今より六〇〇年以上も前の話である。
一般的には鷲鼻をした老婆がとんがり帽子を被り、得体の知れない液体を釜で煮込んでいる様子が思い浮かぶが、それは偏見だ。
魔女とは自然の力をねじ曲げ、操り、害を及ぼすとされた存在。
または悪魔と契約を交わし、得た力を持ってして災いをもたらすなど、世間の抱く魔女に対する概念は多岐に渡る。
「私たち魔女とは互いに認め合った悪魔と契約を交わし、その力を行使するもののことを言うのよ」
「あの、それって……ゲームとかの話じゃなく?」
「ええ、魔術とはなにも空想上の作り物ではないわ。実在する列記とした技術よ」
「悪魔が実在すると言うのは……」
「実在していないのならエクソシストなんて存在しないわよ。この世のものには必ず存在する意味がある」
「じ、じゃあその悪魔が私の身の回りでなにか良くないことをしてる、ってことなんですか?」
「まだ分からないわ。あくまでその可能性が高いと言うだけ」
「は、はあ……」
「すぐに理解するのは難しいでしょう。今はただ貴女の身の回りに悪魔がいるかもしれない、その危険性を取り除くために行動している。とだけ理解しておきなさい」
「そ、それは分かったんですけど……あの、どうして私はこんな格好をさせられてるんですか?」
……以上、現状を理解するに足るだけの知識を授けられた七種はしかし。
今この瞬間、自身が置かれている状況に関しては何一つ理解が及ばなかった。
黒をベースとした面積の少ない布地。
至るところにあしらわれたフリルが躍動感を放つその姿は、どこからどう見てもメイド以外のなにものでもない。
「だって貴女、学生でしょう? 大したお金も持っていなさそうだし、それに私のお店で取り扱っているのは基本お金じゃないし」
「だ、だからってこんな格好で……」
「本来私への依頼は高校生の給料なんかで賄えるほど安くないのよ。それでも現状無償で受けてあげたのだから、労働力くらい提供なさい」
「そ、それで私はなにをすれば?」
「そうね、とりあえず時間が来るまで簡単な掃除でもしてもらいましょうか」
「時間? なにかあるんですか?」
「ええ、これから人と会う約束をしているの。貴女の抱えている悩みを解決してくれる人よ」
フリルを揺らしながらアトリエ内を掃除する七種。
そんな七種の姿を役得とばかりに視線で舐め回す、同性でなければすぐにでも通報されかねない光景だ。
何故メイド服なんて持っているんですかと言う、至極真っ当な疑問すら挟む余裕もない。
「今回貴女の依頼は身の回りで起きる不審な現象の調査、だけどそれを解決するのは厳密には私ではないわ。私は
「ブローカー?」
「こう見えて私は顔が広くてね。お客さんの依頼に適した能力を持つ魔女を斡旋しているのよ」
「これから会うその人は、私の悩みを解決できる能力を持った方なんですね」
「ええ、厳密には調査依頼専門と言ったところね。私も個人的に用があったから丁度いいわ」
『イリア、そろそろ時間だ。出発するぞ』
「もうそんな時間なの? 七種、貴女も来なさい」
「あ、はい。……え、この格好でですか?」
「当たり前でしょう? 貴女は今このアトリエの研修生なんだから」
「い、いつから研修生に……」
未だ順応に至らない七種だがしかし、イリアに連れられて半ば無理やり、その格好のまま外の世界へと連れ出された。
モデルと見間違うかのようなスタイルをした少女に引き連れられた若々しいメイドと言う、あまりにも現実離れした光景に周囲の視線は釘付け。
今にも顔から炎でも吹き出しそうなほど真っ赤に染めて。
しかしそんなことはお構いなしとばかりに、イリアは肩で風を切っていた。
やがて一駅ほど歩いた先にあったのは、最近できたばかりの小さなカフェ。
しかし人通りの多い駅前にメイド服を着た少女が歩いているよりも、さらに不可思議な光景がそこには広がっていた。
駅前にあるカフェでありながら、店内には客どころか店員すらいないのだ。
しかし閉店はしていない。
何故ならその店の中にはただ一人、店員すらいないにもかかわらず平然とカプチーノを嗜んでいる少女がいたからだ。
「もしかしてあの人ですか? 約束の人って」
「ええ、あの人よ」
「あの、塔條さんもそうですけど、とても魔女には見えないんですけど」
「当然でしょう、一般人に魔女だと気づかれるような格好をしてる魔女なんて滅多に居ないわよ」
軽やかなベルの音とともに入店した二人。
入口にメニュー表はあれど、入店音を聞きつけて駆け寄ってくる店員の影は一つもなく。
イリアはずかずかと店内の奥、待ち人のいる場所へと歩みを進めた。
「お待たせ、待った? なんてお決まりのセリフはいいわよね」
「大分待ったの、まあいいの」
丁度飲み干したカプチーノのカップをテーブルに。
細く絞られた瞳孔からは人ならざる圧力。
ひとたびその視線に見つめられれば、微動だにできないほどの恐怖がまとわりついた。
太く編み込まれた三つ編みを肩まで垂らし、晒された右耳には大仰なピアスが吊るされている。
その華奢な体格を覆うケーブルニット。
長い手袖により、文字通りその手の内は伺い知れない。
七種は呼吸も忘れその場に立ち尽くすことしかできず、体感一〇分から二〇分ほど。
しかし実際にはものの三秒足らずの間を置いて、
「……後ろの小娘はだぁれ? 侍女?」
「今回の依頼人よ。名取 七種」
「ふぅん……儂は
「は、はい……」
「くははっ、そんなに緊張せずともよいの。なにも取って食ったりせんの」
「本当はいくつか話したいことがあったのだけれど、この子の方が急を要するみたいだから先にそっちから話させてもらうわ」
「ふむ、手短にの。
『は、かしこまりました』しゅるしゅる
どこからともなく現れた半透明のヘビが、蛇喰 レレンと名乗る少女改め、魔女の命令を受けてそそくさと厨房へ消えていく。
するとものの数分で三人分の飲み物とケーキが運び込まれた。
その光景一つで、七種は魔女と魔法の存在に納得せざるを得なくなる。
「────……ほむ、学校の帰り道に不審な出来事がのう。確かに不安だの」
「貴女なら原因を究明できるでしょう?」
「ふぅむ……まあこの程度であればの。しかし問題は報酬の方やの。この小娘にとても儂の仕事に酬いるだけのものが用意できるとは思えんがのう」
「その点は心配しなくていいわ。私の方から大部分を立て替えておくから。残りはこの子がバイトすると言う形で賄ってもらうつもりだし」
「えっそうなんですか……!?」
「言ったでしょう、私の依頼は高校生の給料じゃ賄えないって。それをただの労働で賄えるようにしてあげたんだから、文句言わずに働きなさい。そもそも、今の貴女に自分の身の振り方を選んでいられるだけの余裕はないでしょう?」
「そ、それは……はい」
「ふぅむ……お前さんがわざわざ立て替えてまで依頼を受けるとはの。まあ、娘の顔からしてそれなりに逼迫しているようだの。あいわかった。娘、お前さんの依頼はこの儂が引き受けたの」
「ほ、本当ですか……! ありがとうございますっ!」
「気にしなさんな、報酬はしっかり貰うの。それにお前さんからは良い未来の匂いがするの」
「未来の、匂い……?」
イタズラな笑みとともに覗かせた、ピアスまみれの舌。
二股に分かれたそれを遊ばせるレレンの手元に、突然一冊の本が飛び出した。
揺らめく陽炎に包まれたそれは、明らかにこの世のものではなく。
独りでにページが舞い踊っていく様子は、映画を見ているようだ。
やがて自らページを送る本が落ち着きを取り戻した頃。
同調するかのようにレレンの舌先に淡い光が集い出す。
「
「あ、あの塔條さん、蛇喰さんはいったいなにを?」
「貴女の情報を嗅いでいるのよ。厳密には貴女を取り巻くあらゆる情報源をあの舌先で感知して、お目当ての情報に辿り着こうとしているの。的中率は脅威の一〇〇%、まるで未来を見ているかのように欲しい情報を引き当てることから、先見の魔女と呼ばれているわ」
「でも情報源って、私まだ名前しか……」
「彼女にとって耳から聞いた情報は大した意味を持たないわ。彼女は目や耳ではなく、舌で貴女の情報を嗅ぎ取るの。必要なのは占いたい相手と対面していること」
「対面しているだけで……?」
「ええ、家族構成から本人も気づいていない病気までなんでも筒抜けよ。勿論今貴女を取り巻いている異変のことも、ね」
「ほむほむ……お
「え、あっはい、父と母は幼い頃に……」
「はわいほうにほう……んん? ほえか、お前はんお言っへは変なほとと言うほは」
「見えたみたいね、どう?」
「んべ……舌が乾いたからしばし待つの」
カプチーノを一口、どこからともなく現れた本はどこへやら。
影も形もなくこの場より姿を消している。
固唾を飲んで待つ七種をよそに、使い魔の持ってきたケーキまで摘んでしばらくした頃。
ようやくレレンは口を開いた。
「ふぃ、美味かったの。これ夕飯入らないかもなのね」
「あーもう、夕飯のことはいいのよ。それより、なにが見えたの?」
「お前さんはすーぐ急くの。シワが増えるの。コホン……結論から言うとお前さん、取り憑かれとるの」
「取り……? い、いったいなににですか?」
「うつけぇ、この業界で取り憑かれると言ったら一つしかないの。野良悪魔、それも中級以上なのね」
「野良、悪魔……悪魔って野良とかペットってあるんですね」
「……おいイリア、お前さんこの娘にちゃんと説明したの?」
「最低限のことしか教えてないわ」
「はぁ……おい娘、今から儂が魔女が何たるか、悪魔が何たるかについて教えてやるの。そのチーズタルトでも詰まってそうな耳よくかっぽじってよく聞いとくのね」
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